皇城のパーティー ④
パーティー初日を終えたサナとアルベルクは、滞在中の別邸に帰ってきた。
入浴を終えたサナは、寝間着に着替え、ベッドに寝転がる。エルヴァンクロー公爵城のベッドとはまた違うが、スプリングがよく効いているところが気に入っていた。今夜は安眠できそうだ。そう思いながら、瞳を閉じると、部屋の扉が開かれる。近づいてくる足音と気配。嗅ぎ慣れた匂いがふわっと香ると同時に、髪を触られる。
「もう寝ているのか? サナ」
柔らかな声が聞こえる。アルベルクの声だ。彼に髪を触られる感覚が気持ちいい。寝たフリをしているだけなのに、本当に眠ってしまいそうだ。
「寂しいな。今日はまだ、お前としたいことがあるというのに」
全身が痺れるような甘い声色。情事中を彷彿とさせる声に、サナは思わず肩を震わせる。しまった、と思いながら開眼し、顔を上げると、とんでもなく眩い美貌が視界に飛び込んでくる。
「ま、眩しっ!」
両手で目元を覆う。指の隙間からアルベルクの顔を見ると、彼は目をぱちくりとさせて驚いていた。
「ごめんなさい。アルベルク様があまりにも美しくて……」
「それを言うなら、お前のほうが綺麗だ」
アルベルクはサナの手を優しく掴み、顔の前から退かせる。彼の前に、真っ赤な顔を晒す羽目になったサナは、わなわなと唇を震わせた。
「俺の顔に弱いのか?」
「……い、今気づいたのですか?」
サナの問いに、アルベルクはフッと口角を上げて笑う。ふとした時に笑った顔も、とてつもなく可愛い。
「なんとなく前から思ってはいたが……それは俺も同じだからな」
「え?」
顎の下をこしょこしょと擽られ、サナは声を漏らして片目を瞑る。アルベルクに簡単に手なずけられてしまったことに、羞恥心を抱く。
アルベルクはサナの顎を軽く掴み、上を向かせる。
「お前の顔が好きということだ」
タンザナイト色の瞳子に煌々とした光が宿る。その光は、アルベルクの言葉が嘘偽りでないことを物語っていた。
アルベルクは、サナの顔が好き。サナも令嬢時代は、社交界一の悪女と謳われるならば、美貌も社交界一だと騒がれていた。性格に重度の欠陥があっても、顔だけは群を抜いて整っていると不名誉な内緒話をされていたほどなのだ。もちろんサナも自分の美しさに気がついているが、改めてアルベルクから「顔が好き」と言われることは、想定外の出来事だった。
アルベルクはサナの顔が好きで、そしてサナも、アルベルクの顔が好き。ベルガー帝国では、美人は三日で飽きると言われているが、それはまったくの嘘。これから先も、ふたりはお互いの顔に惚れ続けることだろう。
「例えば……私の顔でどんなところが好きですか?」
サナは、意地悪な笑みを浮かべる。アルベルクは彼女の額に触れた。
「まずは、程よく膨らんだ額だな。次は眉毛だ。キリッとした感じが好きだ」
親指で眉毛に触れられ、目元を撫でられる。
「目元を縁どる長い睫毛も、くっきりとした二重幅も、ルビーの宝石のような色味の目も全部綺麗だ」
目元に唇を落とされ、チュッと可愛らしい音が鳴る。続いて、頬に手を添えられた。
「柔らかでもちもちな頬もいいな。化粧をしていないのに赤く色づいているのが可愛らしい。それから、鼻も好きだ」
人差し指の腹で鼻先をつつかれる。その拍子にアルベルクの匂いが香った。アルベルクの目線が、唇に注がれる。
「一番好きなのは、唇だ」
そっと唇を撫でられる。潤いは微かにあるものの、緊張からカサついてしまっている。しかしアルベルクは、そんなことお構いなしに、サナのぷっくらとした唇にキスをした。アルベルクの前髪がサナの額を擽る。
「今日のパーティー、この唇を見て何度キスを我慢したことか……」
「我慢なんてせずに、奪ってくださればよかったのに」
サナはアルベルクの首に腕を回して、引き寄せる。再度、唇が触れ合った。子供騙しのようなキスなのに、ぬるま湯に浸かっているかの如く気持ちがいい。ずっとこのままでいたいと思った矢先のこと、寝間着の中に手が入り込んでくる。目をカッ開き、アルベルクとのキスを中断させる。
「え、え?」
「………………」
混乱した声を上げるサナとは反対に、アルベルクは無言で彼女の体をまさぐり始める。寝間着が脱げかかり、下着が見えたところで、アルベルクはピタッと手を止める。そして、上目遣いでサナを見つめた。
「サナ、駄目か?」
「ん゛!」
変な声が出てしまった。アルベルクのような美丈夫に「駄目か?」と上目遣いで問われて「駄目です!」なんて答えられるわけがない。よっぽどのことではない限り、アルベルクの夜の誘いを断ることなんてできないだろう。
サナは咳払いして喉の調子を整える。
「あ、明日もパーティーがありますから、ちゃんと加減してくださるのであれば構いませんよ」
「あぁ、お前の言う通りにしよう」
「あっ、ちょっ!」
制止の声を振り切ったアルベルクにとことん愛されることとなるのだが、次の日のパーティーではほとんど身動きが取れなかったのは言うまでもない。
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