番外編
皇城のパーティー ①
サナとアルベルクは、無事に一年目の結婚記念日を迎えた。丸一日仕事を休み、デートしたあと、ベッドで熱い夜を過ごした。
これからも
南部のリーユニアから皇都に向かうためには、馬車や列車を乗り継ぐ必要があり、片道でもそれなりの時間を要する。多忙を極めるアルベルクは出席を避けたかったようだが、皇帝直々の招待となれば断ることも難しい。断りたいがそうともいかない現状に、アルベルクは酷く苦悩していた。
そんな彼と離れ離れになることは、サナからしてみれば少し寂しい。しかし彼が不在の中、領地を守るのは女主人の役目。寂しい気持ちと共に、やる気にも満ち溢れていた。
「何を言っている。サナも俺と一緒に皇都に来るんだ」
アルベルクの一言により、サナは皇都行きを余儀なくされた。確かにアルベルクと離れ離れになるのは嫌だが、だからと言って皇都に行きたいわけでもないのだ。皇都と言えば、思い出すのも
サナの必死の言い訳もアルベルクには通用せず、結局彼と共に皇都に向かった。久々に降り立った皇都は、一年見ない間に急速な発展を遂げていた。
サナは、皇都の上に広がる夕焼けをバルコニーから見つめながら、リーユニアの夕焼けのほうが美しいと肩を落とす。
「冷えるぞ」
そんな言葉と共に肩にかけられるジャケット。アルベルクが着ていた物だ。
「お気遣いありがとうございます」
サナは礼を述べて、ジャケットに顔を埋める。アルベルクの匂いが肺いっぱいに広がった。
「邸宅は気に入ったか?」
「はい。さすがはエルヴァンクロー公爵家ですね。皇都の一等地にこんなにも大きな別邸を構えているとは……」
皇都にいる間は、この邸宅、エルヴァンクロー公爵家の別邸に滞在することになっている。
「一年に二回使えば良いほうだ」
アルベルクはバルコニーの手すりに腕をかけて呟いた。黒髪が風になびく。その横顔は、この世のものとは思えないほど美しかった。
アルベルクの美しさに目を奪われていると、ふと視線が合わさる。直後、強引に唇を奪われた。五秒にも満たない短い口付けだったが、住み慣れた城ではない場所でキスをしているという事実に、謎に興奮した。
アルベルクがサナの髪を触る。
「すまない」
「……何がですか?」
「一日早くこの邸宅に到着したかったのだが、予定通りにいかなかった」
アルベルクの手が離れていく。今度はサナが彼の髪に触れた。アルベルクは気持ち良さそうに目を瞑る。彼の目の下に薄らと隈ができているのを発見し、そっと指を這わした。
「仕方がありません。出発直前までお仕事に追われていましたし、天候のせいで列車も遅延しましたもの。アルベルク様は何も悪くありませんよ」
「……明日の夜にはパーティーが始まる。久々に皇都に来たのだからもっと楽しみたかっただろう。パーティーが終わっても何日か滞在するか?」
アルベルクが小首を傾げる。
「いいえ、すぐに帰りましょう。私は皇都よりもずっと、リーユニアの地が好きですから」
サナが微笑むと、アルベルクは
リーユニアの地は既にサナの故郷となりつつある。皇都で暮らしていた時よりも何倍も何十倍も居心地がいい。リーユニアでの生活は、叶わない恋に苛立ちを覚えながら生きていた過去とは比べ物にならないくらい幸せなのだ。できることならば、パーティーに出席せず、今すぐリーユニア行きの列車に乗り込みたい。が、皇帝から直々に招待を受けている以上、そんな愚行は許されない。数日にわたって開かれるパーティーを終えた暁には、さっさとリーユニアに帰りたいものだ――。
「お前の意見を尊重しよう。好きにするといい」
アルベルクはサナの頭を撫でる。頬が赤くなっているのは、きっと夕日の光で誤魔化せているはず。そう思い込んで、彼からそっと目を逸らすと、頬に手が添えられる。
「あ、アルベルク様……」
「口付けもそれ以上もしているのに、頭を撫でられることに照れるとはな。サナの魅力は底のない沼のようだ」
「……からかってますか?」
「人聞きが悪い。可愛がっていると言ってくれ」
夜空の瞳が、夕日の光を吸収して幻想的な色味に染まる。そこには、明らかな熱が含まれている。エルヴァンクロー公爵家当主アルベルク・ド・エルヴァンクローの熱い眼差しを堪能できるのは、この世でサナだけ。これまでも、そしてこれからも。そう信じてやまないサナは、彼の唇を奪った。
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