第49話 愛し合う者の朝 ※直接的な表現はございませんが、行為を示唆する表現がございます

 何か、熱いものがうなじに触れた気がした。

 重たい瞼を無理やり押し上げると、眩い光が入り込んでくる。


「ん……」


 意識の覚醒を急かす、身を焼こうとする光から逃れるよう、身動ぎする。寝返りを打つと、こちらに背を向けて眠るアルベルクの姿が目に入った。サナはムッとした表情を浮かべる。愛する妻と初めて夜を共にしたというのに、翌朝がこれではあまりにも悲しいではないか。


「背中を向けるなんて……あんまりだわ。普通はハグしてるはずなのに」


 文句を垂れながら、アルベルクとの距離を詰める。隆々りゅうりゅうとした筋肉が美しい背中には、昨晩の痕が残されていた。サナが彼の背中に縋りついた時にできた引っ掻き傷だ。よく見ると首や肩、腰にも引っ掻き傷やキスマークが刻まれている。愛する女性を抱いた男の勲章くんしょうとも言えるかもしれないが、随分と生々しく見える。サナは昨晩の情事を鮮明に思い出した。

 数え切れないほどキスをして、愛を交わした。わざわざ「好き」だとか「愛している」とか言わずとも、互いの体温や息遣い、乱れる姿で何を言いたいのか伝わる。だとしても、夢中になって「愛してる」と伝え合うことは、極上の時間だった。

 触れて、触れられて。随分と長い時間焦らし合い高め合ったあと、ようやく繋がった時に押し寄せた快感は、言葉には表せないくらい幸せだった。サナもアルベルクも初めてだからか、余裕がなかったが、それでも満足のいく初めての瞬間を過ごすことができた。高揚感と疲労感に浸かるサナにアルベルクが覆い被さってきたのは意外だったが、サナはそれを受け入れた。しかし、行き過ぎた快楽は、苦痛を伴う。そろそろ無理だと音を上げ始めたサナに対して、アルベルクは元気いっぱいだった。彼の背中を軽く叩いてみても、腕や腰を抓ってみても、彼は欲情し続けた。そう、ギブアップだとサナが白旗を上げても、彼はその白旗を奪い取って真っ二つに折ってしまったのだ。とうとうサナは意識を手放してしまったわけだが、アルベルクは思う存分彼女をいじめて満足しただろうか。これで満足していないとほざいたら、シーツでぐるぐる巻きにして急坂で転がしてやりたいくらいだ。

 サナは軽く溜息を吐いて、アルベルクの肩をするりと撫でる。手のひらによく馴染む肌。あれだけ汗をかいたというのに、彼からは良い香りがした。


「もしかして、私が気絶したあと自分だけお風呂に入ったのかしら」


 アルベルクの肩口に顔を寄せ、すんっと匂いを嗅ぐ。石鹸せっけんの香りの中、彼の匂いがする。下腹部が僅かに疼くのを感じ、サナは両脚を擦り合わせた。


(嘘でしょ? 昨日あれだけ情熱的な一晩を過ごしたのに、まだ足りないの?)


 もう気持ちいいのは嫌だ、辛いのは嫌だと思うのに、体は素直なようだ。今から?回戦を繰り広げるのは体力的にも厳しいが、触れるくらいなら問題ないだろう。

 サナは、アルベルクの腕をするりと撫で下ろして、そのまま彼の胸を触る。その瞬間、アルベルクがぶるりと震える。


「え?」

「………………」


 アルベルクの顔を覗き込む。頬が朝焼けのように真っ赤に染まり、タンザナイト色の目は、熱を含みながら左右に揺れていた。口は真一文字に結ばれている。何かを必死に我慢しているその顔は、サナの悪戯心いたずらごころを擽った。アルベルクの耳に唇を寄せる。


「起きていらしたのですね? 昨晩は散々私のことを好き勝手してくださいましたが、案外主導権を握られるほうがお好きなのでしょうか?」


 妖艶ようえんな笑みを浮かべて、とびっきりの甘い声で囁く。赤くなった耳をパクッと口に含み、弄ぶ。


「サナっ……!」


 アルベルクは抗議の声を上げる。昨晩の復讐ふくしゅうを成し遂げてやろうか、と彼の体に手を這わした刹那、形勢逆転。サナは一瞬にして、ベッドの天井を見上げる羽目になった。


「俺をいじめたいなら、体力をつけて意識を保てるようになってからだ」

「なっ!?」


 今度はサナが顔を赤らめる番だった。


「最後まで責任も取れないのに煽るだけ煽るとは、やはりお前はタチが悪い」

「そ、それはっ……」


 手のひらにキスをされ、手汗がどっと溢れる。手を引っ込めようとするが、瞬時に指を絡み取られてしまった。


「あ、あなたの最後はいつまで経っても訪れないではありませんか!」

「……それもそうだ」


 アルベルクに抱きしめられる。頭、額、目尻とキスをされ、髪先にも唇を落とされる。


「好きな女とベッドを共にしてるんだ。終わりにしろと言われても無理だろう」


 唇を奪われる。強引で乱暴なキスは、サナの悪戯心を完全に摘んでしまった。いじめたいという欲求ではなく、いじめられたいという欲求が芽生える。それを汲み取ったアルベルクは、サナの手首を掴む。


「今日は一日中、お前から離れられそうにない」


 情事の痕が色濃く残るベッドにはふさわしくない、アルベルクの優しい微笑みに、サナの心が屈服する。


「……一日だけですか?」


 そう問いかけると、アルベルクはさらに破顔する。サナと同じ色に染まった潤んだ唇が開く。


「いいや」


 アルベルクがかぶりを振る。



「この先も永遠に、俺はお前のものだ――」





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『旦那様! 私と愛し合いましょう!』


【完結】



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読者の皆様


いつもI.Yの小説を読んでくださり、ありがとうございます。


『旦那様! 私と愛し合いましょう!』が第49話をもって完結いたしました!


最後まで読んでくださり本当にありがとうございます。

冷めきった結婚生活から、様々な誤解を解いて、最終的には身も心もゴールインしたサナとアルベルクの日常を楽しんでいただけましたでしょうか?

I.Yの小説の中でも最も短い話数で完結いたしましたが、その分いつもよりはだいぶ読みやすいのではないかと思います。

さらっと読める小説に憧れていたので、その目標を実現させることができてよかったです。またこんな話を書いてみたいなと思います!


番外編も5話用意しておりますので、そちらもぜひ読んでくださると嬉しいです。番外編は本編と同様、1話ずつ投稿して参ります。


これからも読者の皆様への感謝を忘れずに、日々精進して参ります。皆様の日々に、少しでも彩りを授けることができますように。


電子ノベル好評配信中+コミカライズ(WEBTOON)決定作品に関しても何卒よろしくお願いいたします。詳細はX(@I_Y____02)でお待ちしております!


新作品に関しては、準備中です。

準備ができ次第、告知いたします。

お待ちいただけると幸いです。



I.Y

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