第44話 夜のレストラン

 空が赤く色づき、太陽がより一層輝きを増す時間帯。

 黒い睫毛が震え瞼が上がり、美しい目が現れる。サナの膝の上で、アルベルクはようやく目を覚ました。サナは、初めて見る寝起きのアルベルクをガン見する。それはもう、血眼になるくらいに。


「サナ……?」


 舌っ足らずに名を呼ばれる。パァンッと何かが弾け飛ぶ音が聞こえる。サナの中で何かが爆発したのだ。思いがけず新しい扉を開いてしまいそうになるが、なんとか堪え忍ぶ。


「よ、よく眠れましたか? アルベルク様」

「……あぁ、熟睡してしまった」


 アルベルクは目元を擦りながら、上体を起こす。太腿の温もりと重さが消えてしまったことに、若干の寂しさを覚えた。


「すまない。足が疲れただろう?」


 アルベルクはサナを労り、彼女の太腿をドレス越しに撫でた。その手つきに、サナの体がビクッと跳ね上がる。アルベルクはすぐさま手を引き、彼女の顔をまじまじと見つめた。


「申し訳ございません。突然触れられたので驚いてしまって……」

「っ……。い、いや、俺のほうこそ悪かった。女性の足を急に触るなど、叩かれても文句は言えない」


 アルベルクは頬を夕日色に染めて俯く。足の疲れを労ってくれた彼に決して他意はなかったのに、サナばかりが意識してしまった。だが仕方ない。好きな人に突然触られたら誰だって感じてしまう(?)ものだろう。


「もうそろそろ夕食の時間だな……」

「そうですね。アルベルク様さえ疲れていなければ、街のレストランに行きませんか?」


 勇気を出して誘うと、アルベルクは口角を上げる。風に黒髪をなびかせて、瞬きをした。


「あぁ」


 その姿が、まるで絵画のように美しくて。この世界に写真という概念が存在するならば、すぐにでもカメラを向けて撮るのに。それがまだ、この世界の技術では不可能なのが悔しくて悔しくて仕方がない。世界の名だたる画家を招集して、今のアルベルクの美しさをより細密に表現できた画家に破格の金額を支払うのも良いかもしれない。題名は、「夕日の君」だ――。

 絶妙にダサい題名を思いつきひとりニヤニヤとしているサナに、いつの間にか立ち上がっていたアルベルクが手を差し出す。


「行くぞ」


 我に返ったサナは、急いでアルベルクの手を握った。




 サナとアルベルクはエルヴァンクロー公爵家の家紋が記された漆黒の馬車に乗り、レストランに向かった。

 サナが事前に貸し切ったレストランは、サナの行きつけ、アルベルクの両親が生前頻繁に訪れていたレストランである。以前、アルベルクとデートした際にも、訪れた場所だ。

 オーナーや料理人、ウェイターに出迎えられたサナとアルベルクは、以前座った席と同じ、窓際の席に着く。海が一望できる景色は、相変わらず美しい。

 巷では、エルヴァンクロー公爵夫妻がお忍びの夜デートで訪れたレストランと話題になり、過去最高の売上を更新し続けているらしい。

 いつもと同様、コース料理が準備に運ばれてくる。季節が秋へと移り変わったことにより、それぞれの料理に秋の味覚が多く使用されている。どれもサナの口に合うものだった。


「美味しいな」

「はい、とても美味しいです」


 アルベルクと会話をしながら、食事を楽しむ。


「今日はなぜ、俺を誘ってくれたんだ」

「……え?」

「前と同じようなデートがしたかったのか?」


 アルベルクの問いかけに、サナは首を傾げる。

 今日でアルベルクは、21歳。無事に誕生日を迎えたのだ。サナは未だ、彼に「おめでとう」と言えていない。だが今日なぜ誘われたのかくらいは、彼も分かっているものだと思っていた。もしかしてアルベルクは、自分の誕生日を忘れているのだろうか。

 エリルナやハルクからは、アルベルクの両親が亡くなってからというもの、アルベルクが自身の誕生日を祝ったことはないと聞いている。使用人たちが祝福の言葉を投げかけても、いつもと変わらない仏頂面をしているらしい。公爵城でパーティーも開かなければ、使用人たちからささやかに祝福されることも好まないみたいだ。だからと言って、自分の誕生日まで忘れてしまうものだろうか。


(なんだかムカつくから、来年はもっと規模を大きくしてみようかしら)


 プクッと頬を膨らませながら、来年のアルベルクの誕生日に思いを馳せた。

 サナはフォークとナイフを置いて、口元を拭う。


「なぜ私がアルベルク様を誘ったか、このあとすぐにでも分かると思います」


 アルベルクは、サナの意味深長な未来予知に疑問を抱いたのであった。

 コース料理も終盤となり、サナはウェイターたちと視線を合わせる。キランッと目を光らせると、ウェイターたちも同様に目を光らせ、頭を下げてから何かを準備し始めた。

 待つこと数分。


「お待たせいたしました」


 運ばれてきたのは、アルベルクの誕生日を祝うためのホールケーキだった。

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