第43話 長閑なひととき
ティータイムを楽しんだあと、サナはエリルナを呼びつけ、彼女にとある指示を出した。そしてアルベルクと一緒に、庭園にあとにする。
本当はこのあと街に出ようかと思っていたが、アルベルクが徹夜で仕事をこなした影響から疲労が蓄積しているということを聞いたため、少し予定を変更しようと考えていた。
「このあとはどうする」
「本当はこのあとすぐに街に出かけようと思っていたのですが、予定を変更します」
素直に告げると、アルベルクは目をぱちくりとさせた。
サナはアルベルクを連れて、西の温室〝天使の楽園〟のすぐ近くにあるガゼボに向かった。巨大な湖の上に位置するガゼボ。リリアンナとレオンと短い会話をした場所である。そんなガゼボと澄んだ湖が一望できる草原に、エリルナとほかの侍女たちが総出で大きな敷物を敷く。サナはヒールを脱いで敷物の上に乗り、その場に座った。
「アルベルク様、お昼寝の時間にしましょう」
サナはアルベルクを見上げて、笑いかける。意図が未だよく分かっていないアルベルクの腕をクイッと引っ張り、自身の膝の上をポンポンと叩く。サナの言葉の意味と彼女の意図を理解したアルベルクは、口元を腕で覆った。
「お疲れでしょう? お膝を貸して差し上げますから、眠ってください」
有無を言わさない声色。拒絶しては、サナのせっかくの厚意を
「どうしてそちらを向いているのですか?」
アルベルクに呼びかける。数秒後、アルベルクはゆっくりと体を
一際強い風が吹き、サナは髪を押さえる。頬に紅葉を散らしながら、微笑を湛えた。タンザナイト色の瞳に負けず劣らず美しいルビー色の眼は、
一笑。たった一笑で、サナはアルベルクの心を完全に盗んでしまった。もちろんそうとも知らない彼女は、アルベルクの美顔に惚れ惚れとしている。
「今日も、かっこいいですね」
サナはアルベルクの髪に触れる。柔らかくサラサラとした感触。指の隙間をすり落ちていく黒髪は、光に反射して青く光って見えた。
彼女に髪を触られるのが気持ちよかったのか、アルベルクは突如睡魔に襲われる。眠気に晒されながらも、彼は口を開く。
「今日も……?」
「今日も、ですよ。初めてお会いした結婚式の日から、アルベルク様はずっとかっこいいです」
サナは本音を囁く。
今日はほかでもない、夫のアルベルクの誕生日。彼が喜ぶことはなんでもしてあげたいし、言ってあげたい。サナ自身も、素直になりたい。今夜のために――。
「サナ。お前も、綺麗だ」
アルベルクは僅かに目を開ける。とろんとした目を見て、今にも寝そうなのだと理解した。
「結婚式の日から……いいや、初めてお前を見た時から、綺麗だと思っていた」
「……え? どういうことですか?」
「お前は俺の唯一の女性で、生涯の妻だ」
質問の答えにならない言葉を伝えてきたアルベルクは、夢の世界へ旅立っていった。絵画のような美しい風景と、心地いい風、そしてサナの膝枕の効果により、安眠を決め込んだらしい。しばらくは起きそうにない彼の頭を優しく撫でる。
唯一の女性で、生涯の妻。それは、アルベルクと政略結婚したサナにとっては、本当に嬉しい言葉だった。だが一個だけ気がかりなことが。アルベルクは確かに、結婚式の日ではなく、初めてサナを見た瞬間からサナを美しいと思っていたと打ち明けた。結婚式の前にも、彼はサナを見る機会があったのだろうか。
(肖像画とかかしら……)
首を傾げる。
記憶だと、サナの父のバルテル伯爵は、アルベルクに結婚のための肖像画を送ったことはないはず。サナも彼の肖像画を見たことはない。南部リーユニアを統治するエルヴァンクロー公爵はもっぱら人付き合いをしないが、とんでもない美丈夫であることで有名だったが。
「もしかしてアルベルク様。私を見かけたことがあるのですか?」
アルベルクに問いかけてみても、規則正しい寝息が聞こえるだけで返事はない。
もし、もしもの話だが、彼がサナを一方的に見かけたことがあり、その時から「綺麗な人」と思ってくれていたのなら……悪女と噂されろくな嫁ぎ先のなかったサナを娶った理由も頷ける。
(アルベルク様にはなんの利益もない結婚だと思っていたけど、実は違うのかしら。私がタイプだったから結婚を申し込んだということ?)
サナは都合のいい考え方をしてしまう自分に嫌気が差したが、アルベルクを膝で寝かしつけている今だけは、許されるだろうと思ったのであった。
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