第42話 ティータイムと恋

 アルベルクの誕生日当日。

 雲ひとつない快晴。秋の香りを運んでくる涼やかな風が吹く中、サナは白色のドレスを身に纏っていた。

 腰元から足元にかけて舞い落ちる青色のオーバースカートが高級感に溢れる。腕元のパフスリーブが可愛らしい。

 何時間もかけて準備を終えたサナは、緊張から嘔吐おうとしそうになる中、なんとか西の温室〝天使の楽園〟に向かった。エリルナと一緒に不備がないか確認したあと、ひとりソファーに腰掛けて待つ。

 〝天使の楽園〟の中でも最上級に美しいここは、来賓らいひんをもてなすために使用されることが多いお茶会専用の場所だ。広々とした空間には、特注品の座り心地抜群の白いソファーが置かれている。その目の前にある透明のテーブルは、ただのテーブルではない。透明のガラスの下には、色鮮やかな花たちが水の上にプカプカと浮いている。ソファーやテーブルの周りは、季節の花でめいいっぱい彩った。あとはここに、主役が来れば完璧だ。

 既に、約束の時間を過ぎている。アルベルクの到着を今か今かと待ちびていると――。


「サナ」


 アルベルクの声がして、反射的に立ち上がる。


「待たせてすまない」

「い、いいえ! 全然待ってませんからお気になさらず!」


 サナは、アルベルクを全力で出迎える。雪白色の生地に、ところどころ青色がちりばめられている服を纏ったアルベルクは、とんでもなくかっこよかった。この世界どころか、サナがいた前世の世界も制覇できてしまいそうだ。サナは、アルベルクの美しさに魅了された大勢の人々が彼に服従ふくじゅう平伏ひれふす姿を思い浮かべ、誇らしくも複雑な気持ちになった。


「アルベルク様、今日はいつもと雰囲気が違いますね」

「……そうか? ハルクとエリルナにアドバイスをもらったのだが、そう言えばお前のドレスと似ているな」

「あら、本当ですね」


 サナは口元に手を当てながら、クスクスと笑う。アルベルクはそんな彼女に釘付けになった。彼の視線を独り占めしているとも知らず、サナはティーカップに紅茶を淹れ始める。

 ウェディングドレスかと見まがうほど、真っ白なドレスを着て、手馴れた様子で紅茶を注ぐサナを見たアルベルクは、ふと結婚式の日を思い出した。結婚式の際も、サナは純白のドレスを纏っていた。惚れた女性が「あなた色に染まります」と暗黙に伝えてくる姿は、アルベルクの心を穿うがつのに十分だった。


「アルベルク様?」

「っ……」

「考え事ですか?」

「……お前との結婚式の日を思い返していた」


 サナは激しく狼狽える。幸い、紅茶はこぼさなかったみたいだ。


「結婚式の日、ですか?」

「今のように白いドレスを着ていただろう」

「あぁ、それで……。結婚式の日、アルベルク様も私と似た格好をしていましたね」


 サナは平常心を取り戻しながら微笑み、アルベルクに紅茶の入ったティーカップを差し出した。手を引こうとすると、突然手首を掴まれる。



「綺麗だ」



 淡く色づいた形の良い唇から紡がれた一言は、サナの鼓膜に、そして心に響く。


「初めて会った結婚式の日も、今も、変わらず綺麗だ」


 アルベルクの顔を見ると、彼の頬は赤らんでいた。ユーラルアの地から見ることができる圧巻の夕日のように。

 お世辞だなんて、嘘でも言えなかった。その顔を見ればお世辞ではないことくらい分かるから。


「ありがとう、ございます……」


 なんとか小声でお礼を伝えると、アルベルクの手が放れる。サナはソファーに座り込み、俯いた。アルベルク以上に赤みが増している顔を見せるわけにはいかないと、長い髪で必死に顔を隠した。


「変なことを言って悪かった……。少し疲れているみたいだ……」


 アルベルクは眉間をつまんでそう言う。確かに、目の下に薄らとくまができている。眠れていないのだろうか。


「だいぶお疲れのようですね」

「徹夜で仕事を片付けたせいだ」

「……え? 徹夜で、ですか?」


 アルベルクは頷いてから、ティーカップに口をつける。サナの淹れた紅茶の美味しさに驚いている様相だった。


「お前に誘われたからな」


 アルベルクは今日、サナのために時間を空けてくれた。今日の午後の分の仕事を徹夜で片付けてくれたわけだ。


「申し訳ございません。私のわがままで……」

「いいや、構わない」


 アルベルクはかぶりを振る。徹夜で仕事を片付けたということは、相当疲れが溜まっているだろうに、今の彼はその疲れを感じさせない。むしろ、どこか嬉しそうだった。誕生日効果だろうか、それともサナに誘われたのが嬉しかったのだろうか。


「アルベルク様が今飲まれている紅茶は、疲労回復の効果もあります。どんどん飲んでくださいね!」


 アルベルクは何度か瞬きする。何も言わない彼に、サナは焦り始める。


(どんどん飲んでくださいって、お酒でもないんだから……)


 今しがた、してしまった発言を後悔していると、アルベルクは口角を上げた。


「あぁ、お前が淹れた物なら全部飲もう」


(ずるい)


 飾りつけていた花びらがぽとりと落ちる。

 サナはまた、アルベルクに恋をした。自分ばかりが彼を好きな現状に、少しの悔しさと諦めを覚える。いずれアルベルクが自分を好きになってくれたとしても、彼にはどうせ敵わない。サナはこの先、何年、何十年と、アルベルクに惚れ続けるだろうから。

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