第41話 約束
リリアンナを見送ったサナは、彼女との計画通り、エリルナやほかの侍女たちの助けを借りて早速準備に取り掛かった。
あと三日で、アルベルクの誕生日がやって来る。そしてその日、サナはアルベルクと夜を共に過ごすつもりだ――。
西の温室〝天使の楽園〟にて、侍女たちと一緒に飾り付けを行うサナは、高鳴る鼓動にそっと耳を傾けた。
「奥様」
エリルナに呼ばれ、顔を上げる。
「旦那様のお誕生日当日の件ですが、旦那様のご予定は伺いましたか?」
エリルナの問いかけに、サナは手に持った花を落としてしまった。絶望に染まる表情を浮かべると、周囲の侍女たちも同様の表情になる。〝天使の楽園〟が〝悪魔の楽園〟になったかのようだ。
すっかり忘れていた。アホだ。アホすぎる。計画を立てる前に、まずはアルベルクの予定を聞くべきだったのに。
リリアンナと優雅にワインを飲みながら、夜更かしして計画を立てた。エリルナや侍女たちには、自分が準備したいからそこまで手伝ってもらわなくていいとまで
「三日後となれば、少し難しいかもしれません。ですが、今からでも遅くはないでしょう。奥様、旦那様のもとへ参りましょう」
「え、ええええぇ」
動揺しすぎて変な返事になってしまったが、どうか許してほしい。
サナは落とした花を拾ってほかの侍女に預けると、エリルナを連れて、アルベルクがいる執務室に向かった。
アルベルクの執務室に到着する。呼吸を整えてノックしようとすると、「奥様?」と声をかけられる。
「ハルク」
サナを呼んだのは、ハルクだった。
「旦那様にご用ですか?」
「えぇ。急用なの」
「旦那様は今、鍛錬場のほうにいらっしゃいます」
どうやら執務室にはいないらしい。
鍛錬場は、エルヴァンクロー公爵家の人間や公爵家に仕える騎士たちが日々鍛錬を積む巨大な練習場だ。
「……私も行ってもいいかしら」
「もちろんでございます。ご案内いたしましょうか?」
「いいえ、エリルナがいるから大丈夫よ。ありがとう」
サナはハルクに微笑みながら、エリルナに目で合図する。エリルナはすぐさま頷き、鍛錬場がある方向へと歩き始めた。
目的地である鍛錬場に到着する。サナとエリルナは、安全な場所である二階部分から、鍛錬場を見下ろす。エルヴァンクロー公爵家に仕える大勢の騎士たちが鍛錬している中、剣を構えたアルベルクの姿を発見する。彼は、六人の騎士に囲まれていた。直後、試合開始の合図と同時に、アルベルクが動き出す。瞬き一回。そう、それは一瞬の出来事だった。
「え……?」
サナが間抜けな声を漏らした時には、アルベルクは既に、剣を鞘に収めていた。彼の周囲では、六人の騎士たちが至るところを押さえて苦痛に悶えている。
アルベルクはたった一瞬で、剣を極める騎士たちを地面に沈めたのだ。初めて見た彼の剣技に、サナは圧倒される。
「鈍ってるんじゃないか?」
「……勘弁してください、公爵様。公爵様が強すぎるのです」
「俺のせいにするとは。まだまだ修行が足りないな」
「えっ、ちょっ、それはちがっ!」
「二人一組になって一対一の模擬戦を百回。終わったらまた別の者と組んで百回だ」
六人の騎士たちは一斉に返事する。彼らの顔は、恐ろしく青ざめていた。彼らを気の毒に思った時、サナはとある光景に目を奪われる。なんと、アルベルクが服の裾を捲り上げていたのだ。神々しい太陽の光の下、ほんの少しだけあらわになる腹筋。美しい
「サナ?」
名前を呼ばれる。白目を剥きかけていたサナは、瞬時にアルベルクに焦点を合わせた。アルベルクはほかの騎士からタオルを受け取って、剣を預け、サナがいる二階へと上がってくる。空気を読んだエリルナは、何歩か後ろへ下がった。
「どうした」
騎士たちに話す声とはまったく違う。甘くもあり優しくもある声色に、サナの心臓が分かりやすく跳ね上がる。
「急に訪ねてしまい申し訳ございません。ハルクから旦那様が鍛錬場にいらっしゃると聞いて……」
「構わない」
アルベルクはタオルで額の汗を拭いながらそう言った。ふわふわの白いタオルに吸い込まれていく汗と、少し濡れた黒髪を見て、サナは生唾を飲み込む。涎が垂れそうになったところで我に返り、ブンブンと激しく首を左右に振る。そして喉の調子を整えてから、口を開く。
「アルベルク様。三日後、何かご予定はございますか?」
「三日後……。その日はいつも通り仕事だが」
「あ……そう、ですよね……」
アルベルクは多忙だ。公爵家の当主がこなさなければならない仕事は、とんでもない量だろう。
邪魔をするべきではないか、と困っていると。
「夜なら、いや……午後三時頃からなら、空いている」
アルベルクの言葉に、サナは目を輝かせる。
「本当ですか!?」
「あぁ」
アルベルクは頷く。
「では、三日後の午後三時頃から……私と一緒に過ごしませんか?」
勇気を出して誘うと、アルベルクは控えめに笑いながら首肯した。
三日後の彼の誕生日、無事に約束を取り付けたサナは、天にも昇る気持ちで空を見上げたのであった。
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