第40話 ショッピング!

 後日、サナは、街を見て回りたいというリリアンナの要望に応え、彼女と一緒に街に出た。リーユニアでしか手の入らない特産品や物珍しい品物を大量に購入するリリアンナを、サナは隣で見守っていた。

 様々な店を渡り歩いたふたりが続いて入った店は……。


「「「いらっしゃいませ」」」


 女性店員が出迎える煌びやかな空間。リーユニアに第一号店を構える有名なランジェリー店だった。

 リーユニアが発祥の地とあって、元祖がんその店舗でしか入手できない下着があるようだ。リリアンナ曰く、現在皇都では、空前くうぜんの下着ブームが到来しており、ドレスはもちろん下着まで完璧に着こなしてこそ一流の女性と言われているらしい。次々に画期的なデザインや機能性の高い下着が開発されており、この流行に乗っかろうと新たに下着の事業を始める者も少なくないのだとか。今回訪れたランジェリー店も、急速に店舗数を増やしているらしい。


「やっぱり元祖の店舗は素晴らしいですね!」


 リリアンナは、目についた下着を次々に購入していく。リーバー伯爵家ほどの家柄であれば、エルヴァンクロー公爵家とまではいかないもののお金には困らないだろう。だが、そんなに下着を購入してどうするつもりなのか。そこまで考えたところで、サナはスンッと真顔になった。


(買った下着の使い道なんて、リーバー伯爵との熱い夜しかないだろうが)


 ウキウキで下着を購入しているリリアンナの横で、ひとり悟りを開いた表情をしているサナ。そんな彼女に、リリアンナが声をかける。


「サナ様も何か購入されてはいかがですか? エルヴァンクロー公爵を誘惑するのに役にt」

「ちょっと黙ってもらえます?」


 ペラペラと喋るリリアンナの口を勢いよく塞ぎ、至近距離でガンを飛ばす。彼女を注意したサナは、恐る恐る周囲を見渡す。店員たちは皆、頬をぽっと赤らめながら、微笑を浮かべていた。「まぁ、なんて微笑ましいのでしょうか」とでも言いたげな面持ちに、サナは羞恥に悶える。そして何を思ったのか、サナは堂々と開き直ることを決意し、腹の底から声を張り上げる。


「ここからここまで全部くださるかしら!!!」


 太っ腹なサナの言葉に、店員たちはさらに笑みを深め、一斉に行動し始める。


「さすがサナ様ですわ!」


 後毛を人差し指でくるくると弄んでいると、リリアンナがキラッキラの目で見つめてくる。サナは扇子を取り出し、口元を隠しながら照れた。

 リリアンナからプレゼントとしてもらった媚薬に、新調した高級ランジェリー。未だ初めての夜を迎えていない夫婦。それらが揃えば、やることはひとつ。


「これで素敵なセッ」


 リリアンナの口からアウトな単語が聞こえそうになったため、サナは瞬時に彼女の口を塞いだ。


(本当にこの子は……。いやらしい知識なんて少しもありませんよという顔をしておきながら、容赦なく爆弾を投下するなんて……本当に只者じゃないわね)


 サナはリリアンナの口を開放し、気苦労から巨大な溜息をついた。


「媚薬にランジェリー……。あとは香水やオイルくらいでしょうか? 私の滞在期間も残り僅かですし、今日で全て買い物を済ませてしまいましょう!」


 リリアンナはレースの手袋に包まれた両手を合わせて、純粋無垢な笑みを湛えた。

 今日は一日、彼女に拘束されることになりそうだ。そんなことを考えながらも、不思議と嫌とは思っていない自分に苦笑したのであった。




 一通り買い物を終えたふたりは、リリアンナの最後の望みを叶えるべく、浜辺に足を運んだ。夕暮れの時間帯。目の前に広がる広大な茜色の海と、どこまでも続く地平線が美しい。


「サナ様、今日はありがとうございました。最後に海を見たいと言った私のわがままも叶えてくださって、本当に嬉しいです。これで心置きなく皇都に帰ることができそうです」

「こちらこそ、いろいろアドバイスしてくださりありがとうございます」


 リリアンナの横顔は、同じ女性であるサナも見惚れてしまうくらい、美しく輝いていた。


「お役に立てたなら光栄です。本音を言えばサナ様と公爵が無事に初夜を迎える瞬間に立ち会いたいのですが……ご迷惑になってはいけないので、邪魔者は退散させていただきますね」


 記念すべき出産に立ち会うかのように言わないでほしいものだ。アルベルクとの初夜の場面に、リリアンナがいたら感動の瞬間も「???」になってしまう。それに、第三者に見られるなど、恥ずかして初夜どころではない。


「無事に初夜を迎えることができたかどうかは、お手紙で教えてください」

「……分かり、ました」


 サナは呆れ混じりの溜息を吐きながら、満更まんざらでもなさそうに返事した。


「では、あとはどうやってエルヴァンクロー公爵を誘うかですね!? お城に戻ったら早速計画を立てましょう〜!」


 幼い子がピクニックに行く計画を立てるかのようなテンションではしゃぐリリアンナをよそに、サナは地平線に沈みゆく太陽を見守る。無限の光を放つ太陽がにっこりと、笑ってくれた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る