第21話 私もついていきますから!

 トリンプラ侯爵とマリアンヌがエルヴァンクロー公爵城に滞在し始めてから一週間が経った頃、サナはいつも以上に着飾っていた。葉から色を抽出したような深い緑色のマーメイドラインのドレス。胸元が大きく開いた形状になっているが、変ないやらしさを感じさせない上品な作りだ。ローズブロンドの長髪は後頭部で纏め、深緑の髪飾りで彩っている。誰が見ても見惚れる彼女は、宮の前でとある人物を待っていた。


「サナ?」


 そこに現れたのは、アルベルク。外出用の貴族の服に身を包んで登場した彼は、今日も相変わらずかっこいい。夏らしさを演出するため、群青ぐんじょうと白銀を基調とした服を選んだのだろうか。あまり派手な服装や色味を好まない彼がいつもより明るめの色の服を身に纏っていることに、サナは若干の違和感を覚える。もちろん、イケメンなことに変わりないし、非常に似合っているのだが、よりによって今日という日に気合いが入っている格好をするのか。


「どうしてここに……。そんなに着飾って、どこかに出かけるのか?」

「えぇ。私もアルベルク様のお仕事について行こうと思いまして」


 柔和な笑みを浮かべてそう言うと、アルベルクは驚く。微かに瞳孔が開いただけだが、アルベルク博士はかせ(自称)であるサナは、決してその変化を見逃さなかった。


「ダメですか? トリンプラ侯爵とご令嬢と一緒に、新たな観光業を展開するための視察に行かれるのでしょう? リーユニアを統治する公爵家の夫人である私も無関係ではないと思いますが」


 そう、今日はアルベルクとマリアンヌの、視察という名のデートなのである(違います)。アルベルクの妻として、夫の浮気を易々と認めるわけにはいかない(断じて浮気ではありません)。


「ですので私もデート……コホン。皆様方のお仕事にご一緒させていただきたいのです。よろしいでしょうか?」


 サナの問いかけに、アルベルクは考え込む。そんな彼を見て、何を思い悩む必要があろうかと笑顔の下で般若はんにゃ形相ぎょうそうを浮かべる。

 ちなみに、視察に行くという情報は、エリルナから入手した。合法ルートのため、心配はいらない。


「分かった。許可しよう」

「……ありがとうございます。楽しみです」


 サナは、アルベルクの腕に自身の腕を絡めながら、甘い声で囁いた。アルベルクは彼女を見下ろしたあと、不自然に顔を背けてしまったのであった。


(何よ……)


 顔を背けたアルベルクの後頭部を睨みつけていると、トリンプラ侯爵とマリアンヌがやって来る。


「ご当主様、お待たせしてしまい、申し訳ございません」

「あぁ」

「ところで、公爵夫人はそこで一体何を……」


 トリンプラ侯爵は、怪訝けげんな表情をする。マリアンヌも同様に、変な目でサナを見つめていた。今日の彼女は、初めて顔を合わせた時のドレス姿よりもずっとスタイリッシュな格好をしていた。パンツスタイルに、ブロンズレッドの長髪はポニーテールにしている。そこらの変な貴族子息よりかっこよく見える。


「何をとは失礼ですね、トリンプラ侯爵。今日は私もご一緒させていただくのですが」

「そ、そうでしたか……」


 トリンプラ侯爵は、チラリとアルベルクを見遣る。アルベルクは、何も答えない。異質な空気感に、サナがひとり首を傾げていると。


「ふふっ……」


 マリアンヌが突然笑い出した。


「……申し訳ございません。公爵夫人があまりにもお綺麗ですので、思わず笑ってしまいましたわ」


 マリアンヌは肩にかかった髪束を優雅に払い除けながらそう言った。もちろんそれが嘘だとは分かっている。が、本当はどういうつもりで笑ったのだろうか。それだけが気がかりなサナは、マリアンヌの嫌味には無視を決め込んだ。


「そう言えば、馬車がありませんね……」


 周囲を見渡して呟くと、再びマリアンヌがクスクスと笑う。


「今日は馬車ではなく、馬だ」

「え?」


 アルベルクの言葉と同時に、厩務員きゅうむいんに連れられた三頭の馬が現れた。艶がかった毛並みを持つ美しい馬たちに、サナは呆気に取られた。

 馬車ではなく馬で視察に行くとは、一体どこに行くつもりなのか。サナがひとり唖然としていると、厩務員が口を開く。


「お、奥様もいらっしゃったのですね。旦那様、もう一頭馬を連れて来ましょうか?」


 厩務員の問いかけに、真っ先に反応を示したのはアルベルクではなくマリアンヌだった。


「公爵夫人は気合いの入ったドレス姿ですから、おひとりで馬に乗られるなど不可能ではございませんか?」

「あっ……し、失礼いたしました……」


 マリアンヌの指摘に、厩務員は急いでサナに向かって頭を下げた。


「気にしないで。今日の視察に急に参加したいと言ったのは私だし……迷惑だったわよね? ごめんなさい」

「そ、そんな! 奥様は何も悪くございません!」


 サナに謝罪された厩務員は、両手を勢いよく振りながら必死に叫んだ。


(私ったら、馬で行くとも知らずに……こんな格好をしてきてバカみたいね……)


 馬で行くという情報までは掴めなかった自分の未熟さと気合を入れて美しく着飾ったことへの羞恥心、そして嫉妬からわがままを言ってしまったという罪悪感に襲われ、この場から逃げ出したくなった。その瞬間、突然体が宙に浮く。アルベルクに抱き抱えられたのだ。声を発する時間もなく、サナは馬に乗せられた。続いてアルベルクも馬に乗る。


「先に行くぞ」


 アルベルクが手網を引くと、彼の愛馬が走り出す。サナは彼に抱きつき、振り落とされないよう全身に力を込める。多くは語らない、行動で示すアルベルクの優しさに、サナは惚れたのであった。

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