第20話 気遣ってくれる優しい人

「はぁぁぁぁぁぁ……」


 サナは深く溜息をついて、ベッドに飛び込んだ。一日の疲れが一気に押し寄せてくる。

 今日は散々な一日だった。アルベルクとデートした幸せを噛みしめていたら、彼の幼馴染だというトリンプラ侯爵令嬢マリアンヌが城を訪ねてきたのだ。図々しくも、一ヶ月滞在するらしい。まさに天国から地獄に落とされる気分を味わったのだ。まぁ、彼女の滞在を許したのは、ほかでもないサナ自身なのだが。


「どうしてオッケーしちゃったの? バカなの? ねぇバカなの? バカなのよね?」


 じたばたと足を動かしながら、枕に顔を埋める。エリルナに乾かしてもらい、オイルで仕上げたばかりの髪がぐちゃぐちゃになってしまうが今はそんなことどうでもよかった。

 トリンプラ侯爵とマリアンヌを案内するというアルベルクと別れたあと、サナは鬱々うつうつとした気持ちのまま、仕事をした。まったく捗らないため、今日は早めに仕事を切り上げ、ベッドにダイブしたのだ。

 今頃、トリンプラ侯爵とマリアンヌ、そしてアルベルクの三人は、一緒に食後のデザートでも楽しんでいるのだろうか。それを想像したサナは、不甲斐ふがいない自分と、仲睦まじいマリアンヌとアルベルクを思い、深く溜息を吐いた。

 その時、扉がノックされる。


「どちら様?」


 サナは重たい体を動かし、ベッドから下りて、扉に向かう。解鍵して、目元を擦りながら扉を開けると、そこには信じがたい人物がいた。


「アルベルク様……!」


 扉の向こうには、軽装に着替えたアルベルクが立っていた。


「少し話せるか」


 サナは何度も首を縦に振り、アルベルクを部屋に招き入れる。


「今日は、酒は飲んでいないんだな」

「えっ……あ〜……はい……」


 顔を真っ赤にして俯く。

 アルベルクをデートに誘った時、サナは酷く酒に酔っていた。そのため、今日も酒を飲んでいると思われたらしい。

 アルベルクはソファーに腰掛ける。彼の隣にサナも座った。


「トリンプラ侯爵と令嬢の件だが……すまなかった。まさか令嬢も一緒に来るとは……」

「アルベルク様も知らされていなかったのですか?」

「あぁ」


 トリンプラ侯爵だけでなく、娘のマリアンヌも来ることをアルベルクは知らなかったらしい。それにも拘わらず、温かく迎えるとは、やはりマリアンヌはアルベルクにとって大事な人なのだろう。


「帰らせることもできる。令嬢が嫌になったらいつでも言え」


 気遣ってくれるアルベルクに、サナは涙が出そうになった。大人気ない、不甲斐ない自分ではいられないと、かぶりを振る。


「いいえ、嫌になどなりません。トリンプラ侯爵令嬢は、アルベルク様の大切な幼馴染なのでしょう? それに大事なお客様でもあります。公爵夫人として、ご令嬢を心から歓迎します」


 まったく歓迎していないが、それがアルベルクにバレてしまえば、彼にも迷惑や心配をかけてしまう。ただでさえ多忙で気苦労の多い彼を、さらに困らせるわけにはいかない。

 必死に取り繕った笑みを浮かべていると、アルベルクの眉間に微かに皺が寄っているのが見えた。


「アルベルク様?」

「……なんでもない。夜分遅くに訪ねてきて悪かった」


 アルベルクは席を立ち、スタスタと扉がある方向へと歩いていってしまう。サナは急いで彼のあとを追った。彼の肩に糸くずが付着しているのが目に入り、そっと手を伸ばして肩に触れる。


「っ!」


 ビクッと肩を震わせ、驚きながら振り返るアルベルク。拒絶、とまではいかないものの、少し避けられた気もする。


「肩にゴミがついていたので、取ってさしあげようとしたのですが……」

「……あぁ、ありがとう」


 アルベルクは、自身の肩に付着する糸くずを取った。了承も得ず、急に触れるのはまだ駄目だったか、とサナは肩を落とす。

 扉を開けて、そそくさと去ってしまったアルベルクを見送り、再び部屋に閉じこもる。

 初デートの結果、以前よりもだいぶ距離が縮まったはずだが、また少し離れてしまったかもしれない。マリアンヌの登場が夫婦仲に悪影響を与えるのだとしたら、アルベルクと一晩を過ごすというサナの目標は、遠ざかってしまうだろう。


「アルベルク様が好きだから、あなたと深く繋がりたいですって言えたらいいのに!!!」


 誰もいない部屋の中、全力で叫ぶ。

 リリアンナのアドバイス通り行くならば、最終的にはアルベルクを誘わなければならない。デートに誘うだけでも、緊張して心臓が口から飛び出してしまいそうだったのに。一緒に夜を過ごさないかと誘う暁には、本当に口から心臓を吐き出して帰らぬ人になってしまうかもしれない。

 遠い未来を想像したサナは、ぶるりと身震いしたのであった。

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