第16話 デート!

 待ちに待ったデート当日。

 サナは、エリルナの力を借りて着飾きかざった。スレンダーラインのアリスブルーのドレスは、清涼な雰囲気に包まれている。夏らしさを引き立てるオフショルダーが美しい。程よい露出ろしゅつが色気を掻き立てる。ローズブロンドの長髪は、後頭部で複雑に編み込み、水色の髪飾りで彩った。


「ねぇ、エリルナ」

「なんでしょうか」

「変なところはないかしら?」

「本日でその質問は十回目になりますが、相変わらずお美しいですのでご安心ください、奥様」


 エリルナに褒められたサナは、鏡の前で決めポーズをしてみる。エリルナの言う通り、今日の自分は完璧に美しい。鏡に映る自身に惚れ惚れしていると、エリルナに声をかけられる。


「奥様、そろそろお時間です」

「そうね、行きましょう」


 サナはエリルナと一緒に化粧室を出て、城の外に向かう。門の前まで行くと、そこには既にアルベルクがいた。夏らしい外出用の洋服を纏った彼は、いつも以上に輝いて見えた。


「アルベルク様」

「サナ……」


 アルベルクはサナの着飾った姿を見るなり、静かに目を見開いた。彼の隣に控えていたハルクは、呆気に取られた主人を微笑ましく見つめている。


「今日は私のためにお時間を作ってくださりありがとうございます。一緒に楽しみましょうね」

「……あぁ」


 アルベルクはサナに手を差し出す。サナはその大きな手に自身の手を重ねたのであった。




 リーユニアの中でも、最も栄えている街に出たふたりは、まずは昼食を取るためにレストランに向かった。そのレストランは、サナの行きつけである。アルベルクのもとに嫁いできてからよくお忍びで利用していたのだが、最近はなかなか訪れることができなかった。

 レストランに到着すると、オーナーをはじめ、シェフやウェイターも勢揃いで出迎えてくれた。見たこともない光景に、サナの顔が引き攣る。

 海が一望できる窓際の席へと案内される。席に着く際のアルベルクの自然なエスコートに、サナは胸を高鳴らせた。


「あの、アルベルク様……。私たち以外にお客様が見当たらないのですが……」

「あぁ、貸し切った」

「かしっ…………そ、そうでしたか」


 サナは動揺をひた隠しにしながら無理に笑った。

 このレストランは、リーユニアに住む人々はもちろん、ベルガー帝国内でもかなり有名な店だ。ほかの地域にも店舗を展開しているが、本店であるリーユニアの店舗は、予約するのに困難を極めるのだ。そんなレストランを、アルベルクは貸し切ったと口にした。さすがは、エルヴァンクロー公爵家。「貸し切った」という言葉の重みが違う。

 前菜を口に運びながら、サナは引き攣った笑みを浮かべる。

 前菜を皮切りに、スープ、魚料理、と次々に料理が運ばれてくる。その全てが繊細せんさいに作り込まれた美味な料理であった。ぺろりと平らげたサナは、食後の紅茶を飲む。


「相変わらず美味かった」

「……相変わらず? アルベルク様もこのお店によく来られるのですか?」

「あぁ。両親の行きつけの店だったからな。俺も自然に通うようになった。公爵になってからは、わざわざここまで来る時間などなかったが」


 アルベルクの両親は既に他界してしまっている。アルベルクに兄弟はおらず、彼は若くして公爵の名と共に重荷を背負うことになったのだ。

 彼の仕事量は物凄いとエリルナから聞いている。ハルクをはじめ、補佐官が彼の仕事を手伝っているらしいが、それでもやるべきことが山積みなのだという。だがたまには、今日みたいに息抜きすることも大切だろう。仕事ばかりしていたら、夭逝ようせいしかねないから。それに、実際に自身が統治する街を見て回ることも職務の一環だといえる。サナは、度々彼を連れ出そうかと考えた。


「時間が許すのであれば、たまにはこうして外に出かけてみませんか? アルベルク様が治める地は、きっと、あなた様が想像している以上に美しいですから」


 太陽の光を吸収し、キラキラと光り輝く海を眺めながらそう言った。その横顔に、アルベルクが見惚れているとも知らずして、サナはリーユニアの宝である海を見つめ続けていた。




 レストランで食事をしたあとは、南部一の巨大な劇場に行き、新作の演劇を楽しんだ。なんとその時間帯の公演をアルベルクがまたも貸し切ったようで、客席にはふたりしかいなかった。新作の大人気公演を貸し切るという桁違いぶりを目の当たりにしたサナは、公演が終わったあと、大量の出演者たちにスタンディングオベーションをし続けた。「僅かふたりの客、それもリーユニアの領主の前でよくぞやり遂げましたね!」という賞賛を込めて。

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