第14話 ついに言ってやった!

 自室にて。夕食と入浴を終えたサナは、ひとり寛いで過ごしていた。彼女の手には、ワインが注がれたグラスが握られている。窓際に置かれたソファーの上、優雅にワインを楽しんでいるのだ。


「酔っ払わないとやってられないわよ!」


 誰も聞いていないのをいいことに叫ぶと、ワインを一気飲みする。限界社畜サラリーマン顔負けの飲みっぷりだ。ボトルを鷲掴わしづかみして、グラスにワインをなみなみ注ぐ。


「私のバカ……。ちゃんと誘いなさいよ……」


 二日前、アルベルクをデートに誘う絶好のチャンスを易々と逃した件を未だ引きずっていた。デートも誘えないのであれば、ベッドを共にすることを誘うのもまた夢の話だ。


「あの、アルベルク様……。お話したいことがあって……。先日お話したデートのことなんですけど、よかったら、私と……その……デート、してくれませんか?」


 サナはグラスをかたむけながら、誰もいない空中に向かって上目遣いしてみる。アルベルクを誘うための予行練習をしているのだ。


「もっと可愛く言ったほうがいいかしら……。アルベルクさま、おねがい、私とデートして?」


 ルビー色の瞳がきゅるるんと潤む。


「それとももっとクールに言ったほうがいい? よかったらこの日デートしませんか? たまたま予定が空いたので、一緒に美味しい物でも食べに行きましょう」


 爽やかな風が吹いてきそうな、キリッとした表情で言ってみる。

 アルベルクがクール属性なのに、こちらもクールに誘っていいものかと思い悩むサナ。こうそうする可能性もあるが、下手したら逆効果になる可能性も否めない。


「やっぱり、ツンデレ的な感じがいい? この日空いてますよね? 仕方ないから私が相手して差し上げてもいいわ」


 頬を赤らめ、若干唇を突き出しながら言ってみる。直後、開けっ放しにしていた窓から冷たい風が吹く。羞恥に襲われたサナが「きゃー!」と奇声を上げて両手で顔を覆おうとする。その瞬間、不注意からグラスを手離してしまった。


「あっ!」


 まずい、と思った刹那せつな、後ろから伸びてきた手がグラスを掴む。ワインをなみなみ注いだせいで、ピンクゴールドの際どい寝間着から覗くサナの太腿ふとももに、少しこぼれた。


「え……? アルベルク、様?」


 グラスを救ってくれたのは、なんとアルベルクだった。


「ゆ、め?」

「……相当酔っているな」


 アルベルクはサナの隣に腰掛け、彼女の代わりにワインを飲み干した。かなりアルコール度数が強い種類のはずだが、アルベルクはけろりとしている。ワインを飲む仕草も、飲んだあとも美しくかっこいい彼に、サナは瞳の形をハートにしながら、にへらと笑ったのであった。


「今、お前の独り言を聞いてしまったんだが……男をデートに誘う練習をしていたのか?」

「き、聞いてたんですか!? 恥ずかしー!」

「………………」


 叫び声を上げながら、両頬に手を当てて体をうねるサナをアルベルクは真顔で見つめる。


「アルベルク様はどの誘い方が一番いいと思いますか? 普通か、可愛くか、クールにか、ツンデレか」

「……普通でいいだろう」


 アルベルクはサナのグラスにワインを注ぎ、なかば無理やり胃にワインを入れる。


「普通ですね! 分かりました。いずれは、体の関係まで発展したいと思っているので、」

「ん゛っ!」


 サナの強烈きょうれつな一言に、ワインを吹き出しそうになったアルベルク。サナは心配そうな面持ちで、彼の背中をさすった。


「大丈夫ですか?」

「……ゴホッ、誰のせいで……」


 サナにペースを乱されていると自覚したアルベルクは、前髪をかき上げて大きな溜息を吐いた。


「サナ。夫を差し置いて、ほかの男とデートしたいと言ったり、体の関係性を持ちたいと言うのは、お前の本音か?」

「……夫を差し置いて?」


 サナは小首を傾げる。

 アルベルクは一体何を言っているのだろうか。サナがデートしたい人物、体の関係を持ちたい人物は、アルベルクただひとりだというのに。ほかの男、特にレオンなど相手にならない。サナの世界は、今現在、アルベルク一色に染まっているのだから。もしかしたら彼に、何かしらの勘違いをさせてしまったかもしれない。そう感じたサナは酒の力を借りて、勇気を振りしぼった。


「あの、アルベルク様」


 甘い声でアルベルクの名を呼び、彼の手を握る。


「私がデートしたり、甘い関係性になりたいと思っているのは、アルベルク様、ですよ?」


 先程まで胸に秘めていた気持ちをさらけ出す。アルベルクは目を見開き、サナを注視した。タンザナイト色の眼が光り輝いている。


(サナ、もっと、勇気を出すのよ。ここで言うのよ。二日前に言えなかったことを)


 サナはアルベルクの手をさらに強く握りしめ、口火を切った。



「アルベルク様。今度、私と、デートしませんか?」

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