第12話 絶好のチャンス

 後日。エルヴァンクロー公爵城の正門前には、リリアンナとレオン、サナとアルベルクがいた。公爵城でしばしの休暇を楽しんだリリアンナとレオンは、皇都にある邸宅に帰るのだ。

 この数日で以前では考えられないほど、リリアンナとの仲が深まった。代わりに、かつて好きだったレオンとの溝は深まるばかりだが。まぁ、今のサナにとってもはや彼の存在などどうでもいい。そう、サナにはアルベルクがいるのだから。

 赤らんだ顔でアルベルクのほうを見遣る。彼の横顔は、相変わらず美しい。


「エルヴァンクロー公爵、公爵夫人。数日でしたが、滞在させていただきありがとうございました。おかげさまで楽しい休暇を過ごせました」

「それはよかったです」


 レオンの礼に、アルベルクはちっとも心のこもっていない声色で返事する。さっさと帰れ、と言わんばかりの冷徹れいてつさに、レオンは冷や汗を流した。

 昨日、四人でお茶会を開いた際、アルベルクはレオンとふたりで話したいことがあるからと、サナとリリアンナに席を外すようお願いした。そのあと、ふたりに合流すると、レオンは顔を真っ青に染めて口から半分魂を飛ばしていたのだ。アルベルクからどんな話をされたのか分からないが、恐らくレオンは死を覚悟したことだろう。


「で、では、そろそろ失礼いたします」

「そうしてください」

「………………」


 レオンはアルベルクとサナの顔を一切見ず、馬車に向かおうとする。


「サナ様。ファイト、ですよ!」


 リリアンナは両手で拳を作り、サナを激励げきれいした。昨日話した、サナのほうからアルベルクを誘うという件についてのはげましだと察する。


「きっとサナ様ならできますから! 私、心から応援しておりますから!!!!!!!!!」


 城中に響き渡る大声。当の本人であるリリアンナではなく、サナのほうが恥ずかしくなってしまった。アルベルクの顔から表情が消えたのをすぐさま察知したレオンが、リリアンナを引きずる形で馬車の中に消えていく。


難易度なんいどが高く感じるのであれば、まずはデートからでも〜!!!」


 リリアンナは、最後だと言わんばかりに叫ぶ。直後、強い力で扉が閉められる。彼女とレオンを乗せた馬車は、走り去っていったのであった。サナは引きった笑みで彼女たちを見送った。


「………………」

「………………」


 取り残されたふたりの間に沈黙が流れる。


「し、執務室でお仕事の続きをしなくちゃ」


 サナはアルベルクに聞こえるようそう言うと、静かに去ろうとする。


「サナ」

「はぃ!」


 名を呼ばれ、引き止められる。反射的に返事したせいで変な声が出たが、聞き流してほしいものだ。


「なんの話だ」

「え?」

「……リーバー伯爵夫人が、難易度が高く感じるなら、とか……何か言っていただろう」


 サナは狼狽する。


「な、なな、なんのことでしょう? 気のせいではございませんか?」

「そんなはずは、」

「アルベルク様の勘違いですよ。では、私はこれで失礼いたします」


 一方的に会話を切り上げると、脱兎だっとの如く逃げ出した。ドレスのスカート部分を掴みながら、ヒールを鳴らしてとにかく走る。


(わ、私のバカ! どうして誤魔化しちゃうのよ!? 今の流れは普通に考えて「デートしませんか?」と誘うところでしょうが!!!)


 心の中で自身に向かって叱責しっせきする。

 アルベルクのほうからデートの件に関して聞いてくれたのに、まずはデートに誘う絶好のチャンスだったのに。易々やすやすと逃してしまった自分を、脳内で殴りにかかった。


「わぁぁぁ!!!!!」


 憎たらしいくらい真っ青な夏空を見上げながら叫ぶ。


「奥様?」


 ピタリと足を止め、恐る恐る振り返る。そこには、エリルナがいた。


「公爵家のご夫人ともあろうお方が一体何をされているのでしょう?」


 恐ろしい笑みを浮かべるエリルナ。命の危険を感じたサナは、またも逃亡を試みる。が、いつの間にか回り込んだエリルナによって、行く手をさえぎられてしまった。


「逃亡なさろうとしましたね? では私が先程目撃した、空を見上げながら奇声を発して激走する奥様は見間違いではなかったということでよろしいですか?」

「よ、よろしくないわ! 見間違いよ!」

「今さら遅いですよ」


 弁明を図ろうとするが、無駄みたいだ。エリルナは決して見逃してはくれない。

 ジ・エンドだと察したサナは、頭の中で必死に言い訳を考えたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る