第11話 妄想時間中

 リリアンナとレオンは毎晩のように愛し合っているらしい。


「ますます羨ましい……」

「え?」

「あっ……」


 知らぬ間に声に出ていたみたいだ。サナは急いで口をおおうが、時既に遅し。大きな目を瞬かせるリリアンナを見て、聞かれてしまったと絶望した。


「失礼を承知でおたずねするのですが……サナ様はエルヴァンクロー公爵と未だ夜を共にしていないのでしょうか?」


 純粋無垢むくな顔で問いかけてくるリリアンナに対して嘘をつけるはずもなく。サナは素直に頷くほかなかった。リリアンナは、顎に人差し指を添えながら斜め上を見つめる。熟考しているらしい。


「……良いことを思いつきました! これは妙案みょうあんですよ!? 思い切ってサナ様から誘ってみてはいかがでしょう!?」

「……はい!?!?!?!?!?!?」


 温室の外に聞こえるほどの大声で聞き返す。

 

「あら、聞こえませんでしたか? サナ様からエルヴァンクロー公爵をベッドにさそ」

「聞こえていますから!!!!!」


 再度恥ずかしいことを口にしようとしたリリアンナを必死に止める。

 リリアンナは、サナのほうからアルベルクを誘ってみてはどうだと提案してきたのだ。あの口下手で何を考えているのかよく分からないアルベルクを、サナが――。




「どういう、つもりだ、サナ」


 エルヴァンクロー公爵夫妻の寝室の窓から射し込む薄い月明かりに照らされるのは、アルベルクの美貌。彼の頬は若干赤らんでいる。白いシャツの間からは、たくましい胸筋が覗いていた。獲物を前にしたサナは、舌なめずりしながらアルベルクの体の上に乗る。


「どういうつもりって、分かってるくせに」


 嬌笑きょうしょうする。アルベルクの胸筋に手を這わせ、滑らかな肌をでる。サナは身に纏う寝間着をスルスルと脱いでいく。なまめかしい肌があらわになると、アルベルクは生唾を飲み込んだ。


「アルベルク様、私と、一晩を共にしてください」


 赤い唇から紡ぐ言葉に、アルベルクが狼狽える。次の瞬間、腕を引かれて押し倒された。アルベルクを見下ろしていた優越感ゆうえつかんあふれる光景からは一変、見上げる体勢となる。彼の顔が徐々に近づいてきて、口元に息がかかる。


「今夜は、眠れると思うな」


 甘くしびれる低音ボイスと共に、唇を食べられてしまった。

 あぁ、アルベルクの宣言通り、今夜は絶対に眠れない。快感と羞恥で死んでしまわないか心配だが、今気にするべきなのはそこではない。サナはアルベルクの背中に腕を回し、彼を受け入れたのであった。




「サナ様?」


 妄想しながらよだれを垂らし、うへへと笑っていると、リリアンナに呼ばれ現実に引き戻された。ハンカチを取り出して、急いで涎を拭い、わざとらしい咳を繰り返す。なんとか誤魔化せたか、普通の人ならば通用しなくとも相手はあの純粋なリリアンナだ。きっとだまされてくれるだr……。


「………………」

「………………コホン」


 冷めた目を向けられ、あわい期待も粉々こなごなに砕かれた。最後に咳払いを追加してみたが、それでもダメらしい。世間知らずの純粋なヒロイン様だと思っていたが、イメージと全然違う。案外するどい。サナの誤魔化し方が単純に下手なのかもしれないが。


「妄想の中では上手く誘えていましたか?」

「ふぁ!?!?!? な、何をっ、そんな妄想だなんてっ、リリアンナ様もおかしなことを申しますのね! オホホホホ」

「………………」

「オホホ、ホ、ホ……」


 再び温室が極寒ごっかんの気温となり、サナは完全に意気いき消沈しょうちんしてしまった。


「一度、実践してみてはいかがでしょうか? 昨日や先程の様子を見ている限り、エルヴァンクロー公爵はサナ様を大切に思っておいでのはずです。きっと、サナ様のお誘いを優しく受け止めてくださると思いますよ」


 リリアンナは近くの花に顔を近づけながら、麗しく微笑んだ。さすがは小説のヒロイン。彼女の微笑みの浄化力に勝るものはない。「我を見ろ!」と言わんばかりに咲き誇る花たちも彼女から舞うキラキラに、「負けた……」としぼんでしまった。


「受け止めて、くださるでしょうか。もし、拒絶されてしまったら……」


 万が一、アルベルクに酷く拒絶されてしまったら、サナはしばらく立ち直れない。


「サナ様は、拒絶されたらなどと考えるお方ではないと思っておりましたが……サナ様も普通の女の子なのですね」


 リリアンナはサナに親近感が湧いたようであった。

 前世を思い出す前のサナは、小説の悪役として、レオンに猛アプローチしていた。恋敵のリリアンナにも執拗しつように嫌がらせをしていた。レオンやリリアンナの気持ちなど微塵みじんも考えず、自分中心に全ての物事をとらえて行動していたのだ。そんなサナが、アルベルクを前にして、「もし拒絶されたら……」という不安を抱くこと自体、リリアンナからしてみれば予想外なのだろう。


「女性からのお誘いを煙たがる男性は、ろくでなしですよ。勇気を出してお誘いしてみてください」


 リリアンナからさらに強く背中を押されたサナは、胸元で拳を作り、「考えてみますわ」と小さく呟いた。

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