第10話 積もる話
リリアンナとレオンがエルヴァンクロー公爵城を訪問した次の日。城の庭園、巨大な湖の上に佇む美しいガゼボには、リリアンナとレオン、サナとアルベルクという見慣れない
「本当に美しい庭園ですね」
「お褒めに預かり光栄です」
庭園を見渡し惚れ惚れとするリリアンナに、サナが返事する。エリルナによって淹れられた紅茶をそっと飲む。
「広大な海に、美しい庭園。空気は澄んでいて、皇都よりもよっぽど過ごしやすい。そして何より、エルヴァンクロー公爵家のご夫人という地位……。公爵夫人は幸せ者ですね」
レオンは、今にも
「リーバー伯爵。それを言うならば、俺のほうが幸せ者です。サナのような妻を迎えることができたのですから」
アルベルクの突然の
(ざまぁないわね。私にはアルベルク様はもったいないと
レオンを内心で
「あ、あははは、そ、そうですか。羨ましい限りです」
レオンは空笑いする。その途端、ガゼボの空気感が凍りつく。
「羨ましいだと?」
地の底を
「ご、誤解です! 俺にもリリアンナという素晴らしい妻がいますので、エルヴァンクロー公爵のお気持ちがよく分かるというかっ……その……」
サナはジト目でレオンを見つめる。リリアンナという素晴らしい妻がいることと、羨ましいという言葉になんの繋がりがあるのか。それ以上何も話さないほうが良さそうだ。レオンの隣に座っているリリアンナも、彼を変な目で見ている。
「サナ。伯爵とふたりきりで話したいことがある。席を外してくれるか」
「……もちろんです、アルベルク様。リリアンナ様、近くに美しい温室がありますの。一緒に見に行きませんか?」
「まぁ、嬉しいです」
リリアンナが立ち上がりサナのあとを追う。レオンが彼女の背中に縋るような眼差しを向けた。が、彼女は気がつかない。レオンの涙目を横目に見たサナは、人の悪い笑みを浮かべたのであった。
湖の上のガゼボから歩くこと数分。目的地である温室に到着した。
この温室は、何十代か前のエルヴァンクロー公爵夫人によって造設された〝天使の楽園〟と呼ばれる温室だ。
温室内に足を踏み入れると、清涼な空気と花の香りに出迎えられる。様々な花が咲き誇るそこは、まさに楽園だった。
「なんて綺麗な温室なんでしょう……」
リリアンナは感嘆の溜息を漏らしながら、そう呟いた。
「サナ様のように美しい場所ですね」
「ありがとうございます。私もとても気に入っている場所なのです」
「……羨ましいです。我がリーバー伯爵家には、こんなにも大きな温室はありませんから……」
リリアンナは、悲しげに俯く。
「私からしたら、リリアンナ様のほうが羨ましいです」
サナが本音を
「心から愛するお方と結婚できたでしょう? 夫婦仲も円満そうですし……。巨大な城と美しい地を治める公爵家の夫人という立場、不自由のない生活、確かにそれらは何物にも代えがたいですが……私は、円満な夫婦生活以上に大切なものはないと思うのです」
リリアンナとレオンは、物語の主役なだけあって、幸せな生活を送っている。どれほどの困難が起ころうともふたりが結ばれることは運命として決まっていたし、幸せな夫婦生活を送ることも決められていた。
そんなふたりとは違い、サナは政略結婚。それも、婚約者などではない、初めて会う人物との結婚を余儀なくされたのだ。今ではそれでよかったと思っているが、やはり愛のある生活を送りたい。ほかの誰でもない、アルベルクに愛されたいし、彼と平穏で円満な夫婦生活を送りたいのだ。
(日に日に距離は縮まっている気はしているけど……リリアンナ様とリーバー伯爵に比べたら、まだ全然よね。夜だって……
今の夫婦生活で最も気がかりなのは、やはり夜の行為だ。一度もベッドを共にしていない現実に、サナは大きな溜息をつく。
「サナ様の仰る通り、夫婦仲が良好なことに越したことはありません。実際、私と夫も仲が良いですから。もっと言うならば、毎日ハッスルな夜も過ごしています」
「…………ハッスルな、夜……」
つまりリリアンナとレオンは、毎晩交わり、愛と子宝のために互いを求め合っているということ。それをリリアンナの口から直接聞いたサナは、再度溜息を吐いた。
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