心はとっても騒がしい。

 しゃぁぁ……

「すみません、遅くなりました、フィ……お嬢様」

「……別に、呼び方気にしなくて……いいのに」

 種植えを終えたので、最後の行程である水やりをしていると、お兄様が小走りでこちらに向かってきた。

 セッカが手伝ってくれていたこともあってか、相対的に随分と遅い帰りだ。

「長かったね」

「少し、ルッカ様とのお話が弾んでしまって」

「……まだ一時間も……経ってないけどね」

 セッカがパーカーのポケットから懐中時計を取り出して、指摘をした。

 絶対的な時間は、そこまで過ぎていないようだ。

 あれ?その感覚になるってことは、お兄様よりセッカの方が、手際がいいってことにならない?


「しっかり根元に当ててくださいね」

 疑問を抱きながら、放射状に注がれるシャワーを浴びる花たちを眺める私にお兄様が話しかけてきた。

「でも、花に当てた方が光に反射して見栄えがいいから」

「それだと、水が花弁に当たって、傷みやすくなりますよ。ただでさえ如雨露の水は雨より勢いが強いですから」

 ……あんまり気乗りしないが、手首の角度を下げると、

「ありがとうございます。花も喜んでいますよ」

 ご褒美と言わんばかりに優しく撫でてくれた。

 ほかの人が見ている前でするのは、やめて欲しいのだが……

「ツクヨム……私も……いるんだけど」

 ほら、メイド長さんが気まずいように言ってきた。

 そもそも、お兄様は対面とかを気にする割には、セッカに対しての態度が異様に緩いのだ。

 一応立場上は上司と部下の関係なのに、会話の距離感は同僚のそれだ。

「……」

「なんで……そのことを知ってるの?」

「……」

「本当……ツクヨムはストーカーの才能があるよ」

 何より……氷雨さんとは違うベクトルでついていけない話をしてくる。

 お兄様は何も言っていないのに、彼女は、まるで伝わっているかのようにそのまま会話を行っているのだ。

 お兄様の顔には、彼女にしか見えない付箋でも貼ってあるのだろう。

「……お嬢様?」

「……んー」

 やっぱり何もついていない。ただ、動揺の表情を見せるだけだ。

「ツクヨム。五月蠅い」

「あはは……すみません、落ち着きますね」

 お兄様の声、そんなに大きかったかな……



 さて、今日はこのくらいで大丈夫だろうか。

 新しく五歩分の範囲の土に種を撒いて、庭を広げることが出来た。

 このペースなら、屋敷の周りがお花畑になるのもすぐだろう。

「お疲れ様です……妹様」

「……うん、今日はありがと。セッカ」

「……」

 この屋敷にいれば……の話だが……

 屋敷の外には、もっときれいな花が咲いているのかな……

「……さて、お嬢様。多少汚れてしまったので、お風呂に向かいましょうか」

 ふわりと風が私を包み込んだと思った時、お兄様が、感傷に浸る私の心にゆっくりと入りこんできた。

 私は、お兄様の方へと視線を向けた後、一回、首を縦に振った。

 ……お兄様は、心配性だな。相変わらず。

「片付けは……私がやっておくね」

「ありがとうございます、セッカさん」

 からの肥料や、如雨露を持つセッカを尻目に、私たちは手をつないで屋敷の中へと戻った。


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