晴れた空に、ゆきが降る。

「……フィリア様。ツクヨムは?」

 箱の扉を閉じ、ガーデニング用の如雨露じょうろや肥料、スコップを取り出していると、頭上から声が聞こえてきた。

 大人しい口調に、ハスキーな少女の声。何より溶けてしまいそうな音量は、直ぐに誰かを理解することが出来た。

 だが、出所は分からない。辺りを見回したが、声の主はどこにも見当たらなかった。

体格的には私と同じくらいなので、すぐ近くにいると思うのだが……

「フィリア様……こっちです」

 二回目の声で、ようやく空に視点を向けると、屋敷の屋根の上に、灰色の尻尾が、hりふりと風に揺れるように動いていた。

「セッカ。こんなところにいたんだ」

 私が名前を言うと、メイド長兼お姉様専属従者である灰髪の少女が、顔を出した。

 逆光で顔は見にくいが、猫耳の影が、私のことをじっと見つめている。

 まるで、私の心に耳を澄ませるかのように。


「そんな所に居たら危ないよ」

 雲で日が隠れ、見やすくなった彼女に向かって、青い月光のような目を見ながら、一応注意喚起を行ってみた。

「大丈夫です。ここは……私専用の昼寝スポット……なので」

 まぁ、『猫人』である彼女にとって、こんな高台は高所にすら入らないのだろう。

 彼女はパーカーのポケットに片手を突っ込みながら、軽い段差を飛び越えるような感覚で、屋根から飛び降りた。

 

 足音すら鳴らない、美しい着地を決めたセッカは、辺りを見回しながら私に聞いてきた。

「ツクヨムは……今日は付き添っていない……ですね」

「お姉様に呼ばれたらしいから。セッカは聞いてないの?」

 こくりと、彼女は頷いた。

 よっぽど秘密の話かと思ったが……彼女の事だし、興味がないだけかもしれない。


「汚れますし……肥料を撒くのはこっちがやります」

「そう?ならお願い。私はこの先の庭の土を整えておくから」

 肥料の袋を彼女に投げ渡すと……

「わっ」

「あ、ごめん。重かったよね、それ」

「いいえ……大丈夫、です……ぅ」

 セッカは、よろよろと袋を両手でキャッチしながら肥料を土に入れ始めた。

 ……流石に約五キロの袋を上手投げで渡すのはまずかっただろうか。

 まぁ、セッカは力仕事が得意そうではないし、仕方ないか。


「じゃあ、ここに肥料を均等になるように撒いて。その後に種を植えていくから」

「はい、妹様」

 スコップで柔らかくした土を確認しながら、セッカに伝えると、彼女は慎重に肥料を入れ始めた。

 集中しているのか、表情の十倍ほど機敏に動く彼女の耳が、ぴたりと止まっている。

「そういえば……セッカは汚れるから肥料を撒くって言ってたけど、土いじりは別に気にしないんだね。手を汚しているのに」

「私が言いたいのは……服の方だったので」

「そっちの事だったんだ」

 そういえば、土の汚れは取りにくいってお兄様が言っていた気がする。

 実際、私が肥料を撒く時は、しつこさすら感じるほどに汚さないよう釘を刺されていたし。

 ……どのくらい取りにくいんだろう。どこかのタイミングで洗濯を手伝ってみようかな。

 お兄様の事だし、遠慮するだろうけど、知りたいからと言ったら無条件で教えてくれるだろうし、何より洗濯作業は、一回やってみたかった作業の一つだ。

 

「……セッカ」

「はい、妹様」

「……私、もしかして何処か汚れてる?」

 花の間に生えた雑草を抜き取っている最中の、視線に気が付いた私は、視線の元に居るセッカに質問をしてみた。

「いいえ。見ていてひやひやしますが、汚れて無いです」

 よそ見しながらも、正確に草を抜く彼女が見せる、回答の表情は、淡々としたものだった。

 ホントにヒヤヒヤしてるのかな……もうちょっと心配そうに顔をしかめたり、注視するように見ていたりすれば、分かりやすいんだけどなぁ……

 まあ、心の中でそんなことを彼女に言っても、聞こえるわけがないが。

 それにしても……まだ、セッカは私の事を見てくる。

 お兄様然り、この屋敷の従者は私の事を見すぎだ。(屋敷に従者は二人だけだが)

「……何か言いたいことがあるなら言ったら?」

 言い方がきつすぎたと一瞬思ったが、セッカは淡々と、言い返した。

「昔からそうですが……言いたいことが、妹様から聞こえないんです」

「……何が?」

「こっちの……話です」

 本当に気まぐれで……何を考えているのか分からない子だ。

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