授業の後は、コーヒーを。

「というわけで、これが無用な争いに巻き込まれない為の、最低限覚えておくべき宗教の知識ですかね」

 ぱたん。ごーん。ごーん。

 彼が分厚い教本を閉じると、丁度、時間告げる掛け時計の鐘の音が、図書館に響いた。

 今日の授業は、これで終わりのようだ。

「今日はぴったり終わったね」

「キリ良く終わらせられると……んっ。うれしいものがありますねぇ」

「いつもは……二、三分遅れたりするから……ねっ」

 同じ体制で固まった身体を伸ばすと、お兄様も同じように背筋を張っていた。

 かち。

「お疲れ様―、二人共。コーヒーで、大丈夫?」

「いつもありがとうございます。氷雨さん。今日はブラックで」

「冷たいカフェオレなら、なんとか」

「はーい。じゃ、用意しといてあるから、各自で入れておいてね」

 そう言って、いつの間にか散らばった本が整理された、私たちが勉強していた机の上にはコーヒー用のポットとカップが置かれており、私用のミルクも置かれていた。

 淹れて飲んでみると、苦みと甘みが混じりあって、疲れた脳に染み渡る味わいだった。

「そういえば、空さん」

「なーに?フィルちゃん」

「空さんが『転移魔術』を使う時、鍵を開ける音が聞こえたり聞こえなかったりするけど……あれって何なの?」

「あー、あれね。あれはルーティンみたいなものだよ」

「ルーティン?」

「手癖……みたいなものかなー。本来はこの音を鳴らさなくても魔術は発動するんだけど、魔術を使うときのイメージみたいなものとして敢えて鳴らしているの」

 そう言って、空さんもコーヒーを一口飲んだ。

 ブラックのコーヒーは飲んだことはあるが、苦くてとてもじゃないが飲めなかったのに、彼女は苦も無く、むしろ美味しそうに飲んでいる。

 隣のお兄様も同じくだ。お兄様曰く、「氷雨さんの淹れるコーヒーは、苦みの中に、深みと甘さがある」と言っていたが、私の舌には理解できなかった。

「魔術を使うとどうしても抜けなくなってしまいますよね、手癖ルーティンは」

「お兄様もそうなんだ」

「僕の場合は、口だろうが、心の中だろうが、何かの単語を一言分唱えることですかね」

「物語でよく見る、詠唱みたいな?」

 私の例えに二人はこくりと頷いて、お兄様が答えた。

「そんな感じですかね。ほら、タンスを開いたり、スイッチを押したりときに音が出るじゃないですか。あれと似た感覚です。魔術は発動した時に起こる音や感覚が存在しないので、自分なりの発動条件を作り出す事で、イメージしやすくするんですよ」

「……何となくわかる気がする」

「あははー。勉強したばっかりなのに、また知識得ようとしてる。フィルちゃんは

 勉強熱心だねー」

 からかうような口調で、空さんは私を褒めてくれた。

「まぁ、早く外の世界を見てみたいからね」

「そっか。じゃあ、もっと勉強することがいっぱいありそうだね。そういえば、フィルちゃんが最近借りたあの本、何処まで読んだの?」

「あぁ、借りるのをお願いしてきた本ですか」

「そうそう、読みやすい小説が欲しいってお願いされて渡したけど、どうだった?」

「読みやすいし、面白かった。絵が入ってなくても、文字だけで風景が理解できるんだなって。それに主人公の心理描写も……」

 

「……あ、話しすぎちゃったねー。フィルちゃん、そろそろ花壇の水やりの時間じゃなかったっけ?」

「え?もうそんな時間?」

 お兄様の方向を向くと、私を見ていた彼ははっとして時計の方向を向いた。

「あ……本当ですね、気が付いてませんでした」

 今度はお兄様と同じ方向を向いてみる。

 既に授業が終わってから三十分も経っていたようだ。

 時間ってこんなに早く過ぎるものだったっけ。

「お兄様……?」

「すみません、あんまりにも楽しそうに話していたので」

「もー。かわいい女の子二人が話してるからって、見惚れたらダメだよー?」

「お嬢様は当然として……自分で言いますか?それ」

 ……この人は、どうしてこういうことを素の表情で言ってくるのだろうか……

 褒めてくれるのは嬉しいが、それ以上に恥ずかしいからやめてほしいのだが……

「フィルちゃん程じゃないけど、私も美人さんな方だと思うけどねー」

 どういう感情で聞けばいいのか分からないから、空さんもその言い方は、正直辞めていただきたい。

「それは認めますが……」

「認めないでよ……恥ずかしい……」

「……かわいいね」

「当たり前です」

 上がる体温えを隠す私に、更に煽るような言葉を入れる二人を無視して、私は図書館を出るための扉に向かった。

「あ、お嬢様ー。待ってくださいよ」



 こつ、こつ

 とっ、たったった。



「……仲良しだなー」

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