第11話 二人っきりの授業前

 数秒の沈黙の後、打ち破るかのように時計の鐘の音が聞こえてきた。

 空さんが、私のために用意してくれたものだ。

「あ、もうこんな時間かー。ごめんね、最後に変な空気にさせちゃって」

「ううん。二人共私なんかの為に頑張ってくれてるってことは……」

『だめです(だよ)よ(ー)』

「『私なんか』って卑下はだめ。頑張ってる子に手を貸すのは、年上として当たり前の事なんだから」

 指を私の唇に近づけ、口癖を遮るように空さんは言った。

 私も、お兄様のように気を付けないといけないことだらけだ。

「じゃ、図書館を元に戻すから、席を立ってねー」

 指示に従って立ち上がると……

 かちり。

 ティーテーブル以外何もなかった空間が、『図書館』へと様変わりしていった。

目の前で見てみると、鍵を開けるというよりは舞台装置のスイッチを入れているようにも感じる。

「じゃあ、二人で勉強、頑張ってね。何か欲しい本があったら、いつも通り、ベルでお願い」

一番近くの、飾りけないテーブルを見ると、数冊の本と筆記具の隣に、持ち手が鳥の羽の形をしたベルが置いてあった。(これらには、全て転移魔術用の魔法陣が刻印されている)

「いつもありがとう、空さ……」

「もう、何処かに行ってますよ、フィリア様」

 お兄様の隣は、机になっていた。

 相変わらず神出鬼没で、煙のようにすぐいなくなる人だ。


「今日は、何の授業をするの?」

 ノートを開き、ペンを持ちながら、私は執事兼先生兼お兄様に聞いてみた。

「今日も、魔術関連の授業をする予定だったんですが……もう、魔術はお腹いっぱいですよね?」

「……まぁ、うん。そうだね」

 お兄様にそう言われると、少し頭が疲れている感じは、しなくもない。

 実技練習に、魔術と魔法との違い。例え話を交えたものとはいえ、午前だけでとんでもない量の知識を、箱の中に無理やり押し込むような感じで受けたのだから、当然と言えば当然だ。

 少しは、知識の味変はしたくもなる。

「代わりにどんなことを教えてくれるの?」

「相変わらず、勉強熱心ですね。フィリア様」

照れ隠しなのか、秘密にしたいのかは分からないが、お兄様は、二人っきりの時だけ私の名前を呼んでくれる。

「別に、いつでもそうやって呼べばいいのに」

「……?何がですか」

 無意識でやっているあたりは……本当にずるい人だ。

「いいよ、授業内容を教えてくれませんか?センセイ?」

「えへへ、すみません。とりあえず、予定を変えて今日は歴史の授業をしようと思っています」

「歴史?」」

「歴史と言っても、『神話』ですけどね。この世界における『創世記』に関する物語について……いわゆる宗教史の勉強という感じです」

「……そっか」

「興味なさそうですねぇ」

「だって、地面とか命が作られた事をこじつけた物語なんて、見ててもつまんないから」

「奇遇ですね。僕も同じです」

 ……なら、余計知る必要が無いと思ってしまうのだが、

「ですが……外の世界を見たいのなら、必ず覚えた方がいいです」

 お兄様は私の考えを否定するように言った。

「……どうして?」

「色々ありますが……一番は、無駄なトラブルを避けるためです」

「トラブル?なんで知らなかったらトラブルになるの?」

 私の中では、純粋な疑問だったが、それを聞いたお兄様は、過去で一番の長い溜息を吐いた。

 ……私、そこまで変な事を聞いたのだろうか?

興味を持って読んだことはあるが、あんなの、古臭い言葉で、ただ説教垂れたことが書かれた哲学書のようなものだ。

確かに役立つ心構えは書いてあるが、ほとんどよく知らないカミサマや人を称えてるだけだし。

「……今から言う事は、あくまで捻くれた旅人から見た、宗教です。絶対他人に言わないでくださいね」

「……?うん」

「僕が見た宗教っていうのは実際、争いや、殺戮を正当化する為の言い訳みたいなものであり、『聖戦』だの『裁き』みたいな言葉で、悪行を着飾るために使われています。ですが……それらを信じている人たちにとっては、それは『正義』なんです。それを知らないこと自体が罪になってしまうんですよ」

「……変なの。知らないことは悪いことじゃないのに」

「ここまで極端じゃなくても、知らないだけで面倒ごとに巻き込まれるものなんですよ。町の景色見てたら急に呼び止められて、急に良くわかんない奴に『幸福について考えたことはありますか?』とか、『世界は美しいと思いますか?』とか……二時間近く止められて、観光潰されて本屋も閉店してホントに最悪……」

「お兄様。私怨籠りすぎだよ」

「……まぁ、勉強が必要な理由は分かりましたか?」

「うん。ちょっと引いちゃうくらい」

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