第10話 『魔術』と『魔法』と『能力』


「それで、今回はしっかり教えてくれるの?」

「あははー、ちょっと根に持ってんだ。大丈夫、今回は授業の一部だから、お兄様がしっかり教えてくれると思うよー」

「そもそも、僕は氷雨さんに実践授業を頼んだ覚えは無いですけどね……」

「こらー。嫉妬しないでー」

「業務が無ければ、ホントは僕が直接……」

「仕事はしっかりしないとだよー」

「はいはい。それで、『魔術』と『魔法』の違いでしたっけ」

「うん。正直……マナを使って現象や物質を作り上げるって所では、あんまり変わらない気がして」

「それはそうですよ。だって、本質的には魔術と魔法は同じものですから」

 至極当然といった態度で、お兄様は言った。

 まぁ、となりの魔女様は異議を唱えたが……

「うーん……まぁ、間違ってないけど……断言されると凹むなー」

「間違ってないって?」

「魔術も魔法も、って所は一緒なんだけど……魔術は再現可能で、魔法はってことかなぁ……」

「……?」

「わかってなさそうな顔だねー」

 それはそうだ。現に空さんの開発した『転移魔術』は、本来『魔法』に分類されている『瞬間移動』の魔法を再現したものだ。

 さっきの言い方が通るなら、『転移魔術』と『転移魔法』という言い方に変える必要が無い。

「まぁ、視覚的に見た方が分かりやすいか。ちょうどご飯も食べ終わったし」

 そう言うと、空さんは『転移魔術』で、机の上に乗っていた空のティースタンドを片付けた。

 代わりに現れたのは、無数のサイコロと、それを納める大きめの箱だ。

「あー。これは例えとして秀逸ですね」

 お兄様の言う通りだ。

「ここに用意したのは、五十個のサイコロ。これを『現象』だと仮定して考えてみて」

「うん、ダイスを振って、出た目が『実際に起こる現象』ってことだね。」

「せいかーい」

 私は、箱の中から二つのダイスを手に取り振ってみた。

 からから。

 両方とも、一の目が出た。

「一ゾロだ。運がいいですね」

「三十六分の一だもんねー。ねぇフィルちゃん、今度はこれを一回のダイスロールで、全ての目を一にしてみて?」

「……うん」

 私は五十個のサイコロを手いっぱいに持って、箱の中に落とす感覚で、投げ入れた。

 かなり小さめのサイコロなので、ギリギリ持ちきれそうだ。

 私の手から離れたサイコロは、重力に導かれ、水滴がはじけるように箱の中でその動きを止め……

 からからから……

 全て、一の目になった。

『……は?』

 私が何となくダイスを振って起こった現象は、私を含む三人の声が一致するという結果のようだ。

「いや……確率どのくらいなの?」

「……だいたい八百澗。十の三十八乗ですね」

「……私、賭け事の才能があるかも」

「いや、そういう次元じゃないでしょ……」

 ……私の幸運は、説明の流れをぶっ壊す領域のようだ。


「まぁ、想定外の事態には巻き込まれたけど、さっきみたいな全部ゾロ目っていうのはほとんど起こらない現象っていうのは分かるよね?」

「……流石に分かるよ」

 からから。

 今度はしっかりとバラバラな目になった。

『……ふぅ』

 感情の出目は一緒のようだ。

「さ、さてお嬢様。さっきの偶然はさておいて、全ての目を一にするにはどうすればいいでしょうか?」

 ……まだ、動揺戻ってないんだね、お兄様。

「要は……こういうことだよね」

 たち……たち……たち……

 私は、一以外の出目が出たサイコロを、指で一つずつ動かした。

 だいたい三十個くらい動かしたが……確率論的には運が良すぎるレベルだ。

 おかしいなぁ……凄い運がいいのになぁ。翳むなぁ。

「だいせいかーい。これが『魔術』だよ。実際には有り得ない事を、魔力で無理やり作るの。こんな感じにね。まぁ、色々条件とかあるけどだいたいこんな感じ」

「補足として言うなら……これですかね」

 そう言って、お兄様が横から五つのダイスを二組に分けて数字を作った。

 一と二と四のダイスと、三と四のダイスだ。

「お嬢様、このダイスの出目の合計は何ですか?」

「両方『七』だね」

「正解です。この考え方が重要で、『魔術』は過程よりも結果が大事になるんです」

「つまり、一の目が七つでもいいんだね」

「はい。七だったり、八と、マイナス一の出目みたいなのじゃなければ自由に組んで構いません」

「まぁ、『魔術師』的には三と四のダイスの方が理想的かなぁ」

「僕は逆ですかね」

「魔術って、寛容なんだね」


「じゃあ『魔法』は?」

「どのような事をしても、確実にできないと断言できることだね。例えば……フィルちゃん、『一個のダイスで、七より上の出目』を出してみて?」

「……無理だね」

 流石にこれは、振らなくても分かる。

「六面サイコロの出目は、一から六までですからね」

 から……

 一応振ってみたが、出目は一だった。

 ……これ、重心おかしいんじゃないの?


「なら……『能力』はどこに入るの?」

「それも、質問で分かるよ」

 そう言うと、空さんは箱の外の空いたスペースに、大量の物を召喚した。

 ペンだったり……紙だったり……物は様々だ。

「じゃあ……二人に質問」

「僕もですか」

 手のひらを私たちの間に差して、一言。

「『一個のダイスで、七より上の出目』を出してみて?」

 先程と、同じ質問を投げかけた。

 だが、状況はさっきとは大きく違う。

 私は、ナイフを。彼は、糊を手に取って、お互いの『七の目』を作り出した。


「両方せいかーい。やり方はともかく、これが『能力』の考え方だね」

 歪な丸が彫られたサイコロと、二つくっついたサイコロを、見ながら、空さんは手で丸を作った。

「……今回は何となくピンと来ないかも」

「まぁ、魔術、魔法とは違って最近生まれた概念だからねー。理解しにくいとは思うよ。実際この屋敷に入る前の月詠夢クンは、『能力』の事を『魔法』の一種だと勘違いしてたし」

「そうだったんだ」

 だからお兄様もこの質問に答えていたのか。

「……まぁ、実戦で考えたら『能力』なんて『魔法』と同等ですから」

「そうだね。一見すればほとんど同じ。『七の目を一つのサイコロで出す』っていう点では魔法と同じ行為に見えるね」

「ただ、客観的に見れば『能力』と『魔法』は全く違う」

「その通り」

 空さんは、また鍵を開けてサイコロを出した。

 六角形の頂点と、中央部に点の付いた、綺麗な七の目のサイコロだ。

「『能力』は、言い方は悪くなるけど、過程がどうであろうと『ズルい』に近い行為なの。ことと、『ないもの』を、ことを同じにはできないの。」

「……ズルい」

「あ、別に『能力』自体は悪じゃないよ。発想を転換して新しいものを作るのはむしろ素晴らしいことだから。例えば……」

 そう言って空さんはハサミと、紙とペンを使って七の目のサイコロを作り出した。

「ほら、七の目は出せてるよ。まぁ、二人が『これはサイコロじゃない』って言ったらそれまでだけどね」

「何というか……『能力』は『魔法』というより、『魔術』に近いですね」

「実際そうだと思うよ。その方法が、倫理や常識に反しているかいないかくらいの違いだし」

 お兄様はゆっくりと頷いて、彼女の話を傾聴していた。

「……ねぇ、月詠夢。あなた、ここまでの説明を聞いてもまだ、『あとで教えるつもりだった』で済ませるの?」

 だが、その反応は彼女にとっては腹が立つものだったのだろう。いつもの温和な目つきが、急激にキツく、鋭くなった。

 能力について理解していなかった私を知った時に見せた視線だ。

「……駄目でしたか?」

「そりゃあそうでしょ。サイコロ、使い物にならなくなってるもん。サイコロだから器物破損で済んでるだけで、これが人だったら?世界の法則だったら?」

「……気を付けます」

 そうか。私の『能力』のせいで、お兄様は怒られているのか。

「……そんな顔しないで、フィルちゃん。あなたの『能力』は悪くないの。これは教えるものとしての責任の問題だから。特に、『お兄様』としても……ね」

「申し訳ありません、フィリア様」

「……うん」

 私は、なんだかよく分からないまま、頭を下げている月詠夢の事を許すことにした。

 

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