第9話 氷雨と月との昼食 上段

「『魔術』と……『魔法』……むぐむぐ」

「なんだか、腑に落ちない顔をしていますね、お嬢様」

 上段に置かれたケーキを食べながら、私は思考を声に漏らしてしまっていた。

「まぁ、色々とね。知るたびに分からないことが増えるのは、ワクワク感とモヤモヤを同時に生み出しちゃうから」

 今、私が食べているのはイチゴの乗った、シンプルなショートケーキ。

 酸味と甘みの調和というシンプルなテーマ故に、奥深さを感じられる味わいだ。

 考え事が苦手な私にとっても、脳の栄養補給ができる甘味は好きな食べ物の一つともいえるかもしれない。

「あれ?月詠夢クン、まだそのあたりの違いについて教えてないんだ」

 空さんが、コーヒー片手に話しかけた。

 彼女の前にはモンブランが置かれており、これを苦みの口直しに食べているようだ。

「まだ、『魔術』の原理についての始めあたりしか教えてないのに、『魔法』について話すのはやめたほうがいいかなって」

 お兄様は、紅茶とコーヒーを交互に飲みながら応えた。

 上段のケーキは空だ。

 ……空さん、もう一つ分くらい用意してあげればいいのに……

「でも、フィルちゃんの『能力』の認識を高めるなら、そのあたりは早く教えた方がいいよ」

「……『能力』?」

 また知らない用語が出た。

「……そこもまだ、教わってないんだね」

 空さんの視線が、一瞬きつくなった。

 だが、それは一瞬で、お兄様から私の方に向いた時にはいつもの柔らかに表情に変化しており、彼女はケーキを一口頬張っていた。


「うん。でも、何となくわかる気がする」

 私は、角砂糖を手にとって、自分の手のひらに乗せた。

 一見すれば、他の人とも大差ない、丸みある手に、人工的に作られた角を持つ、正方形が乗っている。

 そういえば、ここまで冷静な状態で『これ』を使うのは初めてだ。

 深呼吸の後、私は指を折り曲げ、白い塊を包み込んだ後……


 ──パキ


 それを潰すように力を込めたが……

 感触は、肌を触れる柔らかさだけだった。

 それに触れる前に、音が代わりに鳴ったからだ。

 お兄様は、この音を『硝子の割れる音』と、表現していた。

 何故この音が鳴るのかは分からない。

 でも、自分のイメージとしては、これが『最も適したな音』だと、直感的に思っている。

 だって、ガラスは割れた後も、みんなを怪我させちゃうから。

 六歳の頃、手のひらに突き刺さったそれは、私の自意識以上に、印象として大きく残ったんだろうな。

「……これが、私の『能力』だよね?」

 そんなことを考えながら、前を向くと、何も言わず、二人は私の手のひらを見ていた。

 一粒の欠片すら、見当たらない。存在しない砂糖を探すために。

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