氷雨と月との昼食 中段
「結局……お兄様は何が分かったの?」
もやもやした感覚を払拭するために、ティースタンド中段にあるフィレの切り身の一つを頬張った。フィレのソースも入っているのに、どうして下段ではなく中段に置いてあるのかは疑問だが、味は悪くない。
「あぁ、『転移魔術』についてですね」
「それはわかる。私は『何を知った』のかが聞きたいの」
そう言うと、お兄様は少し考えこんだ。
「説明するときは、確実にねー」
「あ、そうでしたね、気を付けます」
「え?私としては何となく理解すれば大丈夫だけど……」
「それは駄目。自分で解析して理解したならともかく、何となく理解したものを勝手に広められて間違った技術を流用されたらいやでしょ?」
「私はそんなことしな……」
「しなくても、『してしまう』ことはあるから。私はおしゃべりは好きだけど、『無駄なこと』を喋ったり喋られたりするのは嫌いなんだよねー」
「気難しいね」
「それ以前に、魔術は『できると思うこと』が大事なの。他人から聞いて理解しても、それを活用できない時がある。特に理解が難しい魔術はね」
「……自分で難しいっていうんだ」
「難しいよ?だって、『転移魔術』はともかく、『転移魔法』を使えるのは未だに私だけだし」
「……?」
「あ、これが一番分かりやすいかも」
会話中に、お兄様が思いついたみたいだ。
「どういう感じなの?」
「『転移魔術』が、『時間経過』を無視することができることが出来るってことですね」
「仕舞ったものの時間経過が起こらないってこと?なんで?」
「さあ?分からないです」
「分からないのに、納得したの?」
「理解できないことを理解するのは大事ですよ、それをもっと知ろうとするか辞めるかは自己責任ですから」
「うんうん、そのとーり」
にこにこ顔で、空さんが言った。
「そんなものなんだ」
率直な疑問を私が口にすると……
『そんなもの
二人は悟っているかのように、口を揃えて言った。
「そういえば、前に食品を入れた時は、腐ってたんですが、氷雨さんの魔法陣との違いは何だったんですか?」
「あー、多分時間経過の操作プログラム組んでなかったんじゃないかな……はむはむ。
「氷雨さん、物食べてからで大丈夫ですよ……なるほど……ここが時間経過をいじれる刻印で……」
なんだかよく分からない会話を、二人が始めた。
何とか輪に入ってみたいが、自分の知識量では理解できない専門用語だらけだ。
到底ついていけないことは、すぐに理解できた。
この屋敷の人達、特にお兄様と空さんは頭の回転が早すぎて会話のテンポが速すぎて付いてこられなくなる。「探偵ごっこ」とか言って、たまにえげつない推理問題やら、文字だらけの論文の議論とかしているし、気が合うんだろうなとは、傍目から見ても感じられる。
……たまに、羨ましいとさえ感じられる程に。
「フィリア様」
「な、なに?」
「ご飯、食べないんですか?」
「あ、ごめんなさい。ぼーっとしてた」
お兄様に意識の外から話しかけられ、ご飯を食べる。
フィレの塩気が前よりも強く感じられる気がした。
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