初めての実践
「お嬢様、ここにいたんですね」
しばらく空さんと、錬成魔術の実践練習をしていると、重い扉の音と共に、聞きなじみのある声が、横から聞こえてきた。
「あ、おは……いや、こんにちはだねー月詠夢クン。フィルちゃん、ちょっと借りてるよー」
「お兄様、仕事は終わったの?」
「はい、お嬢様。とりあえずお昼分の業務は終わりましたが……なんですかこれ」
執事の月詠夢は、がらがらになった図書館と、焦げたり、傷がついたりしたカーペットを見ながら苦い顔をしていた。
「あ、大丈夫だよー。後で私が部屋を元通りにするし」
「そうですか……」
空の発言に、お兄様はほっと胸を撫で下ろしている。確かに、仕事が終わったと思ったらこの光景が見えるのは、なかなか精神的にきつそうだ。
とりあえず、魔術の反復練習に戻ろう。
深呼吸をした後、私の十メートル先にある的に向かって、錬成した槍を投げる。これが錬成した武器や道具の安定性を挙げる練習らしい。
別に槍じゃなくてもいいが、色んな武器をイメージしてみ時に、自分が安定して錬成できる形状は、槍と剣だったので、投げやすい槍を使っている。
「いち、にっ、さんっ」
「うーん、今回は八メートルくらいかなぁ」
だが、投擲した赤い光の槍は、的にたどり着く前に破裂し、消えてしまった。
なかなか難しいなぁ……
ただ、安定して投げられるようにはなってきた。
錬成魔術は、武器の形状、大きさだけではなく、質量まで自由に決められるので、最初に投げた時は軽すぎて地面に叩きつけたり、そもそも細すぎたりで、製作すら困難を極めが、今はだいぶ上手くなったと実感できる。
その上錬成魔術で作り出した武器は、空さん曰く「身体の一部」のようなもののようで、手に持っている時点では、武器に魔力が循環しているが、手から離れた瞬間循環した魔力の供給が途絶えて、こんな感じで霧散するらしい。
イメージとしては……ホースの先のノズルだろうか。
ノズルの形によって水の出方は変わるが、ノズル自体に水を出す力は無いから、ホースを外した瞬間ノズルに入ってる水の分しか出ない、みたいな。
「それにしても、錬成魔術の基礎練習ですか。初っ端からなかなかハードな事をしますね」
「え、そんなにキツいの?これ」
「うーん……錬金術程じゃないけど、まぁ生成魔術よりは魔力も体力も使うかな。実体を自由に変えられるとは言え、モノを無から作り出してるし」
確かに、言われてみれば疲労感があるかもしれない。
「お兄様は?」
「僕はそもそも生成魔術と錬金術を軸に使っているので、あんまり錬成魔術は得意じゃないんですよ」
「そうなんだ。じゃあ、二人はどのくらいの距離、錬成魔術で投擲できるの?」
いつの間にか座っている二人は、一瞬お互いの顔を見合わせた後、空さんが月詠夢を指さした。先に言うのはお兄様のようだ。
「……だいたい五十から六十メートルを、十二本同時でしたかね」
なんか、違う単位が飛んできた。
「十二本同時?」
「はい、こんな感じで」
そう言ってお兄様は、手元に淡い緑のナイフを錬成した後、自身の背後に三本のナイフを浮かび上がらせた。
そしてそのナイフを、表情を変えることなく私に投げた。
「え」
驚く間もなく、すぐに空中のナイフも、時間差で弓で引き絞ったかのように放たれた。
避けられない。
そう脳が認識し、身体中に寒気が襲った時には、既に目の前までナイフは近づき……
ふっ、たたたかんっ。
一瞬停止した後、急激に角度を変え、今まで私が狙っていた的に命中した。
「……一発逸れた。しばらく練習してなかったからなぁ」
腰を抜かしてゆっくりと地面に座りながらお兄様の方を見ると、彼は的を見て少し悔しそうにしていた。
途端、私の視界は急激に歪んでいった。
「ねぇ、月詠夢クン」
「どうしましたか?」
「いや、キミが練習をする、しないはどうでもいいんだけどさ……フィルちゃん、見た方がいいよ?」
「え……あ」
うちのバカ執事はようやく気が付いたようだ。
でも、もう遅い。……お兄様、遅すぎるよぉ……
「ぐす……ぅう。ひどいよ……お兄様。死ぬかと思ったのにぃ……」
目元が熱くなると同時に、私の感情が溢れ出していってしまった。
「あああ!すみません!すみません!説明不足でした!」
「いや、どう考えてもそこじゃないでしょ……」
お兄様は、私の涙を簡単に抑えきることはできず、止まらない感情と、声を抑えるのに数分の時間をかけることとなった。
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