第6話 初めての実践

「お嬢様、ここにいたんですね」

 しばらく空さんと、錬成魔術の実践練習をしていると、重い扉の音と共に、聞きなじみのある声が、横から聞こえてきた。

「あ、おは……いや、こんにちはだねー月詠夢クン。フィルちゃん、ちょっと借りてるよー」

「お兄様、仕事は終わったの?」

「はい、お嬢様。とりあえずお昼分の業務は終わりましたが……なんですかこれ」

 執事の月詠夢は、がらがらになった図書館と、焦げたり、傷がついたりしたカーペットを見ながら苦い顔をしていた。

「あ、大丈夫だよー。後で私が部屋を元通りにするし」

「そうですか……」

 空の発言に、お兄様はほっと胸を撫で下ろしている。確かに、仕事が終わったと思ったらこの光景が見えるのは、なかなか精神的にきつそうだ。

 とりあえず、魔術の反復練習に戻ろう。


 深呼吸をした後、私の十メートル先にある的に向かって、錬成した槍を投げる。これが錬成した武器や道具の安定性を挙げる練習らしい。

 別に槍じゃなくてもいいが、色んな武器をイメージしてみ時に、自分が安定して錬成できる形状は、槍と剣だったので、投げやすい槍を使っている。

「いち、にっ、さんっ」 

 

「うーん、今回は八メートルくらいかなぁ」

 だが、投擲した赤い光の槍は、的にたどり着く前に破裂し、消えてしまった。

 なかなか難しいなぁ……

 ただ、安定して投げられるようにはなってきた。

 錬成魔術は、武器の形状、大きさだけではなく、質量まで自由に決められるので、最初に投げた時は軽すぎて地面に叩きつけたり、そもそも細すぎたりで、製作すら困難を極めが、今はだいぶ上手くなったと実感できる。

 その上錬成魔術で作り出した武器は、空さん曰く「身体の一部」のようなもののようで、手に持っている時点では、武器に魔力が循環しているが、手から離れた瞬間循環した魔力の供給が途絶えて、こんな感じで霧散するらしい。

 イメージとしては……ホースの先のノズルだろうか。

 ノズルの形によって水の出方は変わるが、ノズル自体に水を出す力は無いから、ホースを外した瞬間ノズルに入ってる水の分しか出ない、みたいな。

「それにしても、錬成魔術の基礎練習ですか。初っ端からなかなかハードな事をしますね」

「え、そんなにキツいの?これ」

「うーん……錬金術程じゃないけど、まぁ生成魔術よりは魔力も体力も使うかな。実体を自由に変えられるとは言え、モノを無から作り出してるし」

 確かに、言われてみれば疲労感があるかもしれない。

「お兄様は?」

「僕はそもそも生成魔術と錬金術を軸に使っているので、あんまり錬成魔術は得意じゃないんですよ」

「そうなんだ。じゃあ、二人はどのくらいの距離、錬成魔術で投擲できるの?」

いつの間にか座っている二人は、一瞬お互いの顔を見合わせた後、空さんが月詠夢を指さした。先に言うのはお兄様のようだ。

「……だいたい五十から六十メートルを、十二本同時でしたかね」

 なんか、違う単位が飛んできた。

「十二本同時?」

「はい、こんな感じで」

 そう言ってお兄様は、手元に淡い緑のナイフを錬成した後、自身の背後に三本のナイフを浮かび上がらせた。

 そしてそのナイフを、表情を変えることなく私に投げた。

「え」

 驚く間もなく、すぐに空中のナイフも、時間差で弓で引き絞ったかのように放たれた。

 避けられない。

 そう脳が認識し、身体中に寒気が襲った時には、既に目の前までナイフは近づき……

 ふっ、たたたかんっ。

 一瞬停止した後、急激に角度を変え、今まで私が狙っていた的に命中した。

「……一発逸れた。しばらく練習してなかったからなぁ」

 腰を抜かしてゆっくりと地面に座りながらお兄様の方を見ると、彼は的を見て少し悔しそうにしていた。

 途端、私の視界は急激に歪んでいった。

「ねぇ、月詠夢クン」

「どうしましたか?」

「いや、キミが練習をする、しないはどうでもいいんだけどさ……フィルちゃん、見た方がいいよ?」

「え……あ」

 うちのバカ執事はようやく気が付いたようだ。

 でも、もう遅い。……お兄様、遅すぎるよぉ……

「ぐす……ぅう。ひどいよ……お兄様。死ぬかと思ったのにぃ……」

 目元が熱くなると同時に、私の感情が溢れ出していってしまった。 

「あああ!すみません!すみません!説明不足でした!」

「いや、どう考えてもそこじゃないでしょ……」

 お兄様は、私の涙を簡単に抑えきることはできず、止まらない感情と、声を抑えるのに数分の時間をかけることとなった。

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