第5話 初めての魔術


「このくらいですかね」

「あー、ホントに基礎の基礎しか教えてもらってないんだね」

「まぁ、魔術の授業自体は一昨日からはじまったから」

「その前は?」

「数学とか……化学とか……あとは文学の授業」

「……めんどくさかったんだぁ」

 にやりと笑いながら、空さんは私をからかうように言った。

「別に……今は割とこういう勉強も楽しいと思ってるから」

 眼を逸らしてみるが、まだこっちを見て笑っている気がする。

「大丈夫、大丈夫。気持ちはわかるよー。だって魔術を知りたいのに、ほかの教科の勉強なんているのかって思っちゃうもんねー」

「特に微積分は、何処で使うのかも分からないから……」

「あれ、意外と使うよ?特に刻印魔術を使いたいなら……」

「……難しい話は止めて、頭が痛くなりそう」

「はいはーい。とりあえず魔術の基本練習から始めよっか」

「分かりました」

「あー、だめだめ。『分かりました』じゃなくて、『りょうかーい』でお願いねー」

 緩い口調で、手を大きく挙げながら敬礼のポーズを空さんは行った。

「……了解」

「違う違う。『りょうかーい!』」

 同じようない言い方、動作だ。

 まさかとは思うけど……本気でこれを真似しろと言っているのだろうか?

「……むふー」

 ……眼をキラキラさせてる。無言の圧だ。

「……り、りょうかーい!」

 空の動作を真似てみる。顔周りが一気に熱くなってきた……

「うんうん!可愛いよー!」

 私、この子に一桁レベルの子供扱いされてない?……


「じゃあ、フィルちゃん。早速魔術の練習はじめよっかー」

「……おー」

「あ、分かってきたねー。はい、これ」

 あまりにも軽いノリで始まった魔術レッスンの始まりに渡されたのは、一枚の紙だった。

 渡された、と言っても、その先は地面の上だが。

「……?」

「じゃ、これ拾って?」

 空さんは、地面に放りだされた紙を指さした。

 どういうことだろうか?まぁ、拾うだけなら……

「あ、だめだめだめ。動かないでね」

「……魔術で拾えってこと?」

「せいかーい。それで、どうやって拾う?」

 動かないで、動かないといけない距離の紙を拾え。……謎かけみたいな問題だ。

 三歩歩いた先にある紙を引き寄せる方法……色々と手段は考えられるけど、自分の直感で思い浮かんだこれでいいだろうか。


 私は、目を閉じ、右手を開いて一つの道具を思い浮かべた。

 道具……と言っても、その形状はいたってシンプル。

 長くて、ある程度の硬さのある、筒状の棒。

 そういえば、これにハンガーを掛けるのを手伝った時、風下方向に沿って洗濯物を掛けないといけないのを知らなくて、洗濯し直しになったなぁ……

再度、右手を握り直すと、握る私の手は指を九十度傾けた時点で動きが止まり、が生まれた。

質量の感覚がほとんどないのは違和感があるが。

目を開けると、私は物干し竿くらいの長さの棒を手に持っていた。

赤く光る棒状の物質は、人肌程度の温かみが感じられる。

 早速、棒を使って紙を引き寄せた。

「ん……しょ」

 少し長めに作ってしまったせいか、引き寄せる距離が短くなるほど難しい……少しずつ短く……持たないと。

 それにこの取り方、お姉様や、お兄様が見たらすぐに注意されてしまいそうだ……

「おー……フィルちゃんは錬成魔術に適性がありそうだねー」

 足元まで引き寄せた紙をしゃがんで拾った後、黙って私を見ていた空さんは、拍手をしながらそう言った。

「……結構苦戦してたけど、これで適性があるって言えるの?」

「そりゃあ、意識してしないことをやったら上手くいかないのは、当たり前だよ」

 軽く持っていた紙が、見えない力に引っ張られたと思うと、私の手から離れ、今度は空の手元へと向かっていった。

「あ……」

「このレッスンで重要なのは、『最初にどの手段をイメージ』したか。魔術で大事なのは、その行為を実現するためのイメージ力と、それができること、出来て当たり前だと『自信』を持つことが成功に繋がるから、魔術で最初に思い浮かんだイメージがその人の適正であるパターンが多いんだよねー」

「イメージと……自信」

 私は、右手を握ったり、開いたりしながら再度イメージを膨らませた。

 フォーク、ナイフ、ハサミ。握り方を変えてみると、様々な形に竿は変形した。 

「へぇ……やっぱり上手だね」

 彼女が手に持った紙を手放すと、また私の手元へと返ってくる。

 ふわっ。

 窓は閉め切っているのに、私の髪や頬を、風が撫でた。

 本当に一流の魔術師はすごく器用なんだな。

 私は、ぎこちない手付きで、魔力で構成したハサミで紙を切ってみた。

 ハサミは、紙を切ることも音を立てることもなく粉々に砕けてしまった。

「イメージはできてるけど……後者は苦手そうだね」

 そういえば、ハサミなんて使ったことなかったな。そんな、私が抱いた一抹の不安を見透かすように、魔女は言った。



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