魔術の基本
急激に開け切った視界を見渡しながら、私は通りがよくなっと事で感じられる初夏の風を受けていた。
これが、『魔女』と呼ばれる実力を持つ魔術師が発明した転移魔法……もとい『転移魔術』か。
「本棚無くなると、図書館ってこんなに広いんですね」
「でしょう?ここで運動会だって開けるよー」
「でも、なんでこんなことをしたんですか?」
単に勉強を教えるのなら、本はともかく、筆記に必要な本すら片付けるのはおかしい。
となると……
「それはねー」
彼女は目を一瞬瞑った後、無色の淡く光るボールのような物体を、掌から生成し、それを掌上で停滞させた。
「私は口で言うよりも、体で見せる方が好きだからだね」
「空さんって、意外と動くの好きなんだね」
「むふー。得意ではないけどねー」
「てっきり、お兄様の時みたいに、座って勉強するのかなって思ってたけど……」
「あははー。なんかイメージと逆かもねー」
確かに、紙とペンで理論を作る魔術師が、実践形式なのは少し変な感じがする。
……失礼かもだけど、旅人のお兄様が魔術の授業を教員みたいに教えることって、もっと変な気がしてきた。
「とりあえず、月詠夢クンに、魔術についてどのくらい教えてもらったか聞いてもいい?」
空さんは、私に聞いてきた。
しれっと言ってくるが、昨日までの範囲までの復習をいきなりさせてくるんだ……
「えっと……魔術は、大気中などに含まれる万能物質、
自然現象を再現することだって教えてもらったかな」
「へぇー。まぁ、だいたいあってるね」
「正確には違うの?」
「いや、『現時点では正しい』かな。特に『万能物質』っていう点が議論されてる場所。この魔力は厄介でねー。世界中の魔術師が総力を挙げて研究している物質なのに、未だに正確な情報が出てないんだよ」
「……どうして?」
ここまで身近にあるもので、洗濯とか掃除にも使うものなのに、未だに知られてないなんて。
「うーん……まぁ、一番理由は『実態が無い』ことかなぁー」
「実態?でも、空さんは今、掌に魔力のボールっぽいものを出してるけど……」
私は、彼女が浮遊させて遊んでいる無色の淡く光るそれを指さした。
「あぁ、これ?これはただの水蒸気の玉だよー。魔力っぽいイメージとしては最適だから出してるだけ」
「だけ……ではないと思うけど。ちょっとした気圧変化だし」
「やってみると簡単だよー。とにかくっ、魔力は『どのようなものにも変化する』故に、変化前の『本質』が分からないんだ。だから、『万能』かどうかは分からないけど、現状『何でもできる』とされている物質って感じかな」
「……あんまり違いが分からないかも」
「『全てのことができる、できない』ことを証明するのは難しいんだよ。そもそも世の中は分からないものばっかりだからねー」
「『魔女』の空さんでも?」
……もしかして、この呼称は駄目なのだろうか。空さんは苦虫を嚙み潰したような顔になってしまった。
「そうだね。いろんな事を知ったつもりでも、また新しい世界が見える、これが、知識だし、勉強。まぁ、それが楽しいんだけどねー」
「でも、私よりは知ってる」
「うん、だからフィルちゃんに伝える。それが私の仕事だからね」
「まぁ、色々言っちゃったけど、『魔力』は『理由はわかんないけど色んなことができるもの』ってくらいの認識でいいよ。やりたいことは何でもできる、すごいものってねー」
「そう聞くと……ちょっと怖いね、得体の知れない感じで」
「でも、世の中いっぱいあるよ?例えば……クロロホルムやオピオイドって知ってる?」
「たしか……麻酔で使う薬品だったっけ」
クロロホルムは、多量接種しないと麻酔効果はないが、口にするのは野暮だろう。
「ぴんぽーん。こういう麻酔薬って、人間の意識を和らげたり、失わせたりできるけど、原理は良く分かってないんだよ。でも、『有効な結果を導く』から使われてる。世の中ってのは割と曖昧なものなんだよ」
「他は?」
「……魔術は大きく四種類に分けられて……一つ目が、水とか風みたいな自然現象を操る生成魔術、魔力で形成した道具を作る錬成魔術、物質そのものを作る錬金魔術(錬金術)に……えっと……」
「刻印魔術。いわゆる魔法陣って呼ばれる一定の動作を行うプログラムが施された魔道具を作り出す魔術だね。もー。私が作った魔術で詰まらないでよー」
そう言って彼女は、空中に瞳と同じ形の魔法陣を浮かび上げ、コーヒーを取り出した。
……やっぱりこの人ここに居ちゃいけないよ。
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