第3話 『魔女』のいる図書館

「はぁ……暇だなぁ」

 ため息をつきながら、天井にため息を吐いてみるが、自室に何も反応は返らない。

 お兄様は朝食の後、仕事でお昼までこの部屋には来ないからだ。

 朝食をとったあとに、食器洗い、部屋掃除にベッドメイク……。

「はぁ……」

 どう考えても、お昼まで帰らないだろう。今日五回目のため息が漏れた。

 一人になると、どうも二、三ヶ月前の事を思い出しそうになる。

 二十数歩で、終わる散歩と、消えない静音。

 いつ終わるのか分からない暗闇の部屋。

 ちゅん、ちちち……

窓の外で、苦悩など感じたことのないであろう、無垢な小鳥の鳴き声と、陽の光以外が、前との変化を実感させてくれるが……それだけでは物足りない。

「……」

 いや、これじゃダメだ。何もしなかったら、場所が変わっただけで状況が変わらない。

 今の私は、この屋敷を自由に歩く勇気がある。

 この一番の違いを使って、何も変わらない訳がない。

 もう、無い鎖に雁字がんじがらめになっていた私は、変わったんだ。

 私は、発破をかけてベッドの感触を背中から離し、新しい事を知る為に、自室のドアノブを開けた。


 そういえば、ここに一人で来るのは初めてな気がする。

 部屋の廊下の突き当たり。

数多の部屋が存在する屋敷の中でも最も広い空間、図書館へと繋がる扉の前で、ふと私はそんなことを考えた。

何も連絡はしていないが、司書は取り合ってくれるだろうか。

まぁ、本人に直接聞いておけばいいか。

少し重みのある扉を開け、部屋へと一歩踏み出すと……

かちり。

鍵が、閉まる音が聞こえたと同時に、景色が一変した。

規則的に置かれた本棚の端々と、扉の一部が映る風景が、読書のための机が、並ぶ視界へと変貌していた。

一瞬だけ状況を理解できずに狼狽したが、視界の奥に映る長髪ブロンドヘアーの女性の姿を見て、納得がいった。

 悪戯好きだなぁ。

 女性の座る机の近くにまで近づくと、彼女は読んでいた本をぱたんと閉じて、魔法陣(同じ大きさの正三角形を二つ重ね合わせた六芒星の先端を、円で囲んだものを基本形とする図形)

の瞳を私に向けた。

「あ、フィルちゃんだったんだー。珍しいねー、一人で私の部屋に来るなんて」

「おはようございます。空(そら)さん」

屋敷の司書である氷雨空に、スカートの裾を軽く持って挨拶をすると……

「おはよー。でも、もっと気楽にしてていいからね―」

 と言って、頭を上げた私の事を撫でてくれた。

 相変わらず、母性的な人だ。

 まぁ、お言葉に甘えて緊張を緩めよう。

「うんうん。そっちのほうが自然で、可愛いね」

「……褒められ慣れてないので、あんまり言わないでください」

「きゅぅぅ!かわいいー!」

 照れる私を、更に撫でてきた。

 ……しばらく、そのままにしておこう。


 私への甘やかしを空さんがある程度堪能した後……

「それで?こんな朝早くから、何でここに来たの?しかも、月詠夢クンも引き連れないで」

「今、お兄様は業務の最中なので」

「だから私に会いに来たんだ。それで?お姉さんに何をしてもらいたいの?」

 そう言って彼女は空中から様々な本を取り出した。

 童話に歴史書、小説に図鑑と大量の本が、いつの間にか机の上に置かれていた。

 いろいろ用意してもらって申し訳ないが、今日は読書のために来たわけではない。

 迷惑にならなければいいがと思いながら、一言分の勇気を私は、口に出した。

「その……今日は読書じゃなくて、勉強をしにきました」

「……勉強?」

 そして、口だけでなく、動作で示すために私は視線を、姿勢を下げて、一人の魔術師に敬意を示した。

「私に……『魔術』の勉強をしてください」

「お兄様じゃなくても、いいの?」

「……もちろん、お兄様に教えてもらうことが一番うれしいけれど、魔術のプロである空さんの指導を受けたら、もっと色んなことが知れるんじゃないかって、思ったんです」

「そのために、私の所に直接来たんだ」

 顔を挙げた先に居たのは、魔術師の顔をした空が、私の決意を見つめていた。

 私は、真っ直ぐ魔術師の顔を見て、頷いた。

「……変わったね。さ、早速準備しよっか。私は、フィルちゃんのお兄様ほどやさしくないよー」

 かちり。

 彼女が右指で鍵を捻る動作をすると、周りの本棚、机全てが虚空へと消え去った。

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