第2話 気まずい団欒と、苦い後味

 こつ、ぽす。

「……ねぇ」

 一定間隔で通り過ぎる廊下の窓を見ながら、私は月詠夢に話しかけた。

「何でしょうか?お嬢様」

「本当に、行かないとだめ?」

「はい。当然です」

 向かう先は、廊下の一つ目の曲道を、左に曲がった先の食堂。

 お姉様が待つ食堂で、私は朝食をとらないといけない。

 ぽす、ぽす。

「まだ慣れないから、やっぱり私の部屋で食べることは……」

「駄目ですよ。ようやく団欒だんらんできるようになったんですから」

 振り向いて、月詠夢は私の躊躇ちゅうちょたしなめた。

「……だよね」

 ぽす、こつ。

「今日も認めないんだろうね、お姉様は」

「何事も根気が大事です。屈さなければ、いつかは届きますよ」

「……だと、いいけどね」

 数個の照明を通ると、一際重厚で、豪華な扉が現れた。

 こつ、ぎぃぃ……かつ、かつ。

 私が扉を通り、無数にある椅子と机を通り過ぎると……

「おはよう、フィリア。今日も浮かない顔ね」

「……おはようございます。ルッカお姉様」

「ふふ、窮屈ね」

 食堂の奥に、パーカーを着たメイドを侍らせた、私の姉が私を待っていた。

 対面には、料理が置かれている。

 どうやら、会話を避けることは許されないらしい。


 東国の人達は、器用な人が多いのだろうか。

 今日用意された料理を、「ハシ」という先端にかけて細くなっていく二本の棒を器用に用いて、物を持ち上げたり、切り分けたりすることで食べ物を口元まで持っていく。

 お兄様が料理を用意すると聞いて、練習したはいいが、まさか一週間も物を運ぶのに時間がかかるほど繊細な感覚が必要だとは思わなかった。

 これが……シャケかな?

 オレンジに近いピンク色に、白い霜のようなものが降った魚肉だ。

「……む、しょっぱい」

 想定よりもきゅう、と口元が締まる感覚を覚える。

 慌てて白米を口に入れると、塩気の中和と共に、米の甘みが強調されて旨味が染み渡ってきた。

 しょっぱい食べ物が多いが、東国の料理も悪くないかもしれない。

「たまにはこういう料理も……いいかもしれないわね。ん、おひたしも口直しにいいのね」

 対面に座るお姉様は、ナイフとフォークを優雅に用いて、丁寧に味わっていた。

 その向こう側では、お兄様がメイド長のセッカさんに、ガッツポーズを窘められていた。

 あ、セッカさんの蹴りを避けてる。相変わらず、身軽だなぁ。

「それで……調子はどう?フィリア」

ミソシルを飲みながら、お姉様は私に話しかけた。

「……ぼちぼち」

「辛辣ね。ちょっと位、私に笑顔を向けて欲しいのだけど?」

「……そうだね」

 なるほど……このにごったものがミソなんだ。

 ハシでかき混ぜると、絵の具が混ざるように。全体に白と緑の固形物が散らばって一つの黄金こがね色の池を作り出した。

 ずず……

 なるほど、身体の芯からあったまるし、このスープだけでもご飯が食べられそう。

 中に入ってるワカメとトーフも、主張しすぎることなく脇役としてミソの味を引き立ててる。

「こら、音を立てて飲まないの」

「……これが、東国の文化らしいよ」

「へぇ、良く調べたのね」

「……お兄様が作るって言ってたから」

「お兄様……ねぇ」

 お姉様は、後ろを振り向いた。

 後ろの従者たちは、主が振り向くと、すぐに背筋を伸ばして視線を合わせた。

 お兄様が、苦笑いしている。お姉様は、月詠夢の方を見ているようだ。

「仲がよさそうね」

「……それなりに」

 ひとしきり月詠夢を見つめた後、お姉様は口角を上げて私を見た。

 そんなに、私は顔に出ているのだろうか。


「そういえば、貴女が地下から出て一か月経ったのね」

 おひたしを食べながら、お姉様はまた、私に聞いてきた。

 そんなに頻繫に食べたら、すぐになくなりそうだけど……

「……うん」

「それで?数年ぶりの外は、どんな気分?」

 ……毎日これを聞いている気がする。これからも毎日聞かれるんだろうな。

「外の景色が……はむ。綺麗だなって、思ったよ」

「へぇ、他に?」

「最近、数学や歴史以外に、魔術の基礎も……むぐむぐ、教えてもらった」

「そう、勤勉ね」

「……ごちそうさま」

 一足先に食べ終わったので、席を立とうとしたが、その前に、お姉様は引き留めてきた。

「あら、せっかくの団欒なのに、もう少し……」

「それなら、『本音』で話して。『建前』の会話はいらないから」

 ……少し、強く言い過ぎたかもしれない。

 お兄様は、ため息をついて、私の方を見ていた。

「……ごめんなさい。語気を強くしすぎた」

「大丈夫よ。……まぁ、そのくらいの仕打ちを私はしたから」

 私は、引いた椅子をまた戻して座った。

「ありがとう。ただ、私からもひとつテーブルマナーを教えてあげるわ」

「……ない?」

「会話中は、物を食べないで、しっかりと目をみて話しなさい?」


「……はぁ、目くらいしっかり合わせなさい?視線を合わせないというのは、舞台に上がらないのと同義よ。それで、貴女の本当の『お願い』を、教えてくれる?」

 ……一瞬、身体が凍った。

 私のお姉様は、一呼吸で主へと変貌したからだ。

 だが、それはためらう理由にならない。

 深呼吸の後、要望を口にした。

「お姉様……私は、外の世界をもっと知りたいです」


「……」

 外に出たい。

そんな私の要望に対して、お姉様は頷くでも、首を振るでもなく、ゆっくりと私の瞳を見つめていた。

私は、この琥珀色の視線を知っている。

お姉様は、私がその後歩む先の未来。漠然とした『運命』を見ているのだ。

「また……それなんだね」

 お姉様の未来予知はそこまで正確なものではない。未来に存在する様々な可能性を少しだけ見ることが出来る程度だ。

 十分強力な能力ではあるが、無限に存在するものの一つを見たところで、過程で大幅に未来は変わるし、なんなら大体違う結果になる。

 ……昔、私はお姉様に『母に私が殺される』夢を見たと言っていた。

 だが実際は、『お姉様が殺された後に、私が殺される』という内容が実際に起こったことだ。

 そんな精度の物にどうして頼ろうとするのだろうか。目の前に、『私』がここにいるのに。

 

 しばらくすると、お姉様は『私』を見つめ直した。

「はぁ。そんなに睨まないで。悲しくなるわ」

「私を閉じ込めた理由に、どういう目で返せばいいの?」

「耳が痛いわね」

「それで?結果はどうだったのですか?お姉様」

 わざとらしく、そう言ってみる。

 あまり期待はしていないが、結果を聞いてみよう。

「そうね……無理ね」

「そっか」

「『今は』。だけど」

 今は、という表現を使ったのは初めてだ。

 普段は、「無理」の二文字で済ませているのに、三文字が追加されている。

「あら、そんなに意外だった?」

「……予想より、いい結果だったから」

「まぁ、理由も言わず、今まで外に出ることを断っていたものね、仕方ないわ」

「何か心変わりするようなことをした?」

「別に?強いて言うなら真面目にやっているからよ」

「……真面目に?」

「私は貴女に言ったでしょう?勤勉と、ね」

「……『建前』じゃなかったんだ」

「ええ。申し訳ないけど、私の眼は節穴だもの」

 皮肉交じりで言い返されてしまった。

「まぁ……私程度の弁論に言い負かされるくらいなら、まだ外に出ることを許可はできないわ」

 いつの間にか、お姉様も朝食を食べ終わっていたようで、口元をセッカさんに拭かれながら、席を立って食堂を後にした。

「別に、私は貴女に嫌がらせをする為に外出を断っているわけじゃない。むしろ、貴女の事を誰よりも大切に思っているつもりよ。ただ……私から離れるつもりなら、私を納得させるだけの『結果』を私自身に見せなさい。『本音』で話して貰いたいなら、余計にね」

 苦みのある助言を、食堂に響かせて。


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