プロローグ

 一か月前の夢を見ていた。

 夢、というよりは回想の方が正しいのかもしれないが、それは些細なことだろう。

 その夢の内容を端的に言うなら、『長い夢から覚める夢』だろうか。

 湿っぽくて、暗くて、冷たいベッドの上で、絵本に描かれた世界を浮かびあげ、まぶたの裏で私の旅を見つめる一日。

 一日、一日、その繰り返しの、眠れない夢。

 柔らかく沈みこむ感触と共に、目をつむり続ける日常。

 私は、生きながら、眠り続けていた。


 ドアノブを開ける音が聞こえた。

 ノックも無しに、入る合図だけをして、『外の世界』が開かれた。

 そこにいたのは、紫色の髪をした、琥珀色の目を持つ少女。

 私の、お姉様だ。

「フィリア。隣の彼が今日からあなたの執事になる人よ」

 目を覚ましたばかりの私は、諦め半分に起き上がった。

 どうせ、何も変わらないのに。誰が来ても、一緒なのに。

 そう言って、後に出てきたのは私とそこまで歳の変わらない子だった。

 その子は少年であった。だが、さっき『少年』と言う表現にならなかったのは、初めに見た時、女の子のように見えたからだ。執事と言う言葉で、すぐに認識を変えることが出来たが、言われなければ、今でも勘違いしていたかもしれない。

 それほどまでに、幼く、頼りなく見えた。

 まぁ……遊び道具くらいには、なるかな。

 私が彼を見た時に思ったことはその程度だった。


 ちゅちゅるちちーちゅん。

 地下では浴びない、眩しい光と、高く複雑な鳥のさえずりが、朝の到来と、夢の終焉を導いた。

 ……一か月経ったというのに、未だに朝の眩しさに慣れない。

 朝が苦手、と言うわけではないが、目覚めにしては強すぎる衝撃なので、お天道様はもう少し優しく起こしてほしいものだ。

「くぅ……くぁぁ……」

 眠気の残り香を吐き出すように大きく息を吸い込むと、目の開きが鮮明になっていく。

 今日も、変わらない朝でありますように。この平穏が続きますように。

 ぎゅぅ……

 心の中で、お願いをすると……

「おはようございます。今日も、いい天気ですね」

 抱きしめていた、彼が返事をした。

「……うん。おはよう、お兄様」

 暖かいお花畑の香りが鼻腔をくすぐった。

 ぎゅ

 もう一度抱きしめてみる。

「ん……」

 今度は、執事の可愛らしい嬌声と、鼓動が聞こえてきた。

 しばらく暖気を堪能していると、背中に包み込む感触が当たり、私の身体は引き寄せられる。

 とく、とく、とく。

「いたずらが過ぎますよ、フィリア様」

 強い拍動を包み込むように、彼は言った。

「……嫌いじゃないくせに」

 お互いにくすりと笑いながら、数秒間の幸福の温かみを堪能しあうことにした。

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