第6話
面倒ごとに巻き込まれたくはありません。そんな雰囲気を少しも隠さない母の、はりつけた笑顔と「ありがとうございます」が、しばらく俺を支配した。嬢ちゃんの腕が、もげそうなほどに左右に揺れる。キラキラ眩しい「おじいちゃんありがとー」が、俺の頬を引っ叩く。そうだ、そうだよ。俺はすっからかんの冷蔵庫を見て、食材を買いに来たんじゃないか。なぁに寄り道して、チャリン、チャリンと銭を食わせて、ようやく手に入れたそれをくれてやった結果、ただ1000円を使ったじぃさんになってんだよ。ハハ、ハハハハ。なぁに泣きそうになってんだ。さっきの子にゃ、左のほっぺたのてっぺんに、ホクロなんてなかっただろうが。左の手の合谷に、火傷の痕なんてなかっただろうが。なぁに自分の子どもを他人さまの子どもに映して、自分の〝あの時叶えてやりたかったこと〟を叶えてやって、やれよかったよかったと満足してんだよ。
「あれ、じいちゃん。さっきとったやつ、どしたん?」号哭を堪える老いぼれに、ニカっと笑う、未来の芽。
「ンァ? あれは、欲しい子がいたからあげたんだ」
「そうなの? じいちゃん、頑張ってたからすっごく欲しいやつなんだと思ってたけど。ふーん。そうなんだ。じゃあさ、じいちゃん。ぼく、あのフィギュアが欲しいんだ。取ってよ」
「ハハハ、金くれたら、頑張ってやるぞ」
「ええ……。その、クマあげた子から、お金もらった?」
「いいや」
「じゃあ、インチキだ。ぼくにだって、タダで取ってくれたって、いいじゃないか」
間違っちゃいねぇかもしれない。が、図々しいがすぎて、笑っちまう。俺はそんなに器用じゃねぇから、笑いながら文句なんて、言えねぇ。
「すまんな。今日はもう、使える金がねぇんだよ」
「じゃあ、また今度!」
「そうだなぁ。じゃあ、金貯めてくるわ。また会おうな」
「やったぁ! あれ、無くなっちゃったら嫌だから、早めに来てよ?」
全く、子どもっつうもんは――いいなぁ、羨ましいなぁ。
「あいあい。んで? お前、なんつぅ名前だ?」
「ええ……父ちゃんと母ちゃんに、知らない人に名前教えるなって言われてんだけどな」
「名前くらいは知っておかねぇと。また会うんだろ? 俺とお前は」
「それもそっか。んーとね、えっとね……名字は内緒! 名前は――タカヒコ!」
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