第7話 最終回

 雨の音がする。

 

 ベッドの上で目を閉じたまま、私はそう思った。

 まだ残る今見た夢の残骸に、雨の音が静かに染み入っていく。夢は、あの同窓会の夜の風景だった。榛原がいた。小山がいた。河野と漣子も。

 

 結局私は、今日、警察へは行かなかった。明日行くか。それともこのまま行かないか。

 

 もう、どちらでもよかった。発見された白骨死体が漣子であると確定し、犯人がわかったとしても、漣子は戻ってこないのだ。私の罪も消えはしない。

 そう思ったとき、玄関のドアを叩く音がした。真夜中だ。不審に思いながらも、私はのろのろと立ち上がった。

 タイル貼りの玄関の床に爪先立ちして、私はドアに付いた小さなレンズで表を覗いた。暗い廊下に、人影があった。


「――織田先生」

 私はドアチェーンを外した。

 ドアを開けた途端、先生の体が私に向かって飛び込んできた。それでもまだ、私は自分に何が起こったのかわからなかった。青ざめ、目を剥いた先生の顔が目の前にあった。ようやく理解できたのは、激しい痛みが体を突き抜けたときだった。


 そうだったのか。


 遠くなる意識の中で、私は思い当たった。

 先生だったのだ。あの頃漣子の心を占めていたのは。そして漣子のお腹の子の父親であり、あの夜、漣子が向かった先から彼女を連れ出し殺したのも。

 漣子は私の伝言どおり、有栖川公園へ向かった。夜になると、昼間の賑やかさが嘘のように人通りのなくなる、あの鬱蒼とした木々に包まれる公園へ。


 目の前が暗くなった。

 河野の声が聞こえる。


――漣子に伝えて欲しいんだ。鳥居坂の途中で待ってるからって。

 私は漣子に嘘をついた。河野が待っているのは鳥居坂ではなく、反対方向にある有栖川公園であると、私は嘘をついた。


 ふいに、目の前から先生の姿が消えた。そしてゆっくりと、雨の音も消えていった。

                             了

 

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愁雨―しゅうう popurinn @popurinn

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