第21話 初めての言い合い
「ごめんね……」
「大丈夫ですよ。俺の方こそすいません」
泣き止んだ
「そういえば木井さんってずっとここに居たんですか?」
俺は丸一日寝ていたようなので、俺が殴られたのは昨日になる。
つまりは日を跨いでいる。
「無理を言ってね。
「本当に母さんが許したんですか?」
ずっと疑問ではあった。
俺が殴られて血反吐を吐いて病院に送られているのに、過保護を絵に描いたような母さんが居ないで木井さんが隣に居たことに。
別に母さんが居なくて寂しいとかは微塵もないし、むしろ木井さんが居たことが嬉しかったけど、あの母さんがいくら信用してるからと言って木井さんに俺の看病を任せるとは思えない。
「……一緒に居ることは許してくれたよ」
「それだけじゃないんですよね?」
「それは……」
「
噂をすれば何とやらだ。
俺と木井さんの話し声が聞こえたのか、カーテンをバッと開けて母さんが現れた。
「ん」
「だ、大丈夫? 痛いところない? 無理してない?」
「質問ばっかりやめて。別に大丈夫だから」
母さんが俺の右手を取りながら心配そうな顔を向けてくる。
実際どうなのか知らないけど、こうして入院してる相手にネガティブな顔を見せるのはどうなのか。
俺が木井さんの笑顔のおかげで元気になったように、母さんがこうして心配そうな顔や、悲しげな顔ばかり俺に向けるのも、俺が元気にならなかった理由の一つな気がする。
だからって母さんのせいとは言わないけど。
「良かった……。強一が病院に送られたって聞いた時は心臓が止まっちゃうかと思った」
「ごめん。でもほんとに大丈夫だから」
母さんが心配するのは当たり前だけど、さすがに聞き飽きた。
毎日毎日心配して母さんの方は飽きないのだろうか。
「じゃあ、私は帰るね」
「え?」
木井さんがいきなり立ち上がって変なことを言うものだから、思わず聞き返してしまった。
「居てくれないんですか……?」
「寂しそうな顔しないでよ。私も……ほら、やることあるし」
木井さんが人差し指を立てて、笑いながら言う。
どう見ても作り笑いなのがわかる。
「やることってなんですか?」
「それは秘密だよ。乙女の」
「言えないことがあるってことですね。住む場所のことならむしろ帰らない方がいいですし、夏休みの宿題ならわざわざ誤魔化す必要もない。他の人との約束はないって聞いてるので、やっぱり……」
「違うよぉ。ほら、お風呂入れてないからさ。強一くんに汗臭いとか思われたくないの」
「思いませんよ。むしろ……」
それ以上は言ったら変態になりそうので口を紡いだ。
「そもそもお風呂ってどこに行くつもりなんですか」
「それは……」
木井さんの家は多分帰れる状態にないと思う。
あいつが帰って来るかもしれないし、そのこともあって警察が見張っている可能性や、そもそも家に入れない可能性だってある。
さすがに家に入れないなら木井さんの居場所を提供されているだろうけど、木井さんの反応からそういう話はまだしてないと思う。
「強一、無理に引き止めたら駄目よ」
「……いや、あんただろ?」
俺は木井さんから母さんに視線を向ける。
母さんの驚いた表情から、多分俺は怒っているようだ。
まあ怒っているけど。
「木井さんに何言った?」
「わ、私は別に何も……」
「何を言った?」
「だか、ら……」
「強一くん!」
木井さんが俺の肩を掴んだ。
それと同時に母さんが椅子に力無く座り込む。
「本当に何もないよ。私はただ用事で帰るだけ」
「嘘はやめてください。俺はただ真実を知りたいだけです。木井さんはさっき俺に隠し事はしたくないって言ってませんでしたか?」
「だから嘘なんて……」
「私が『強一に二度と関わらないで』って言ったの」
木井さんが気まずそうにしていると、後ろから母さんが弱々しく話し出した。
「だろうとは思ってたよ。木井さんは被害者でしょ、なんで木井さんに責任取らせようとするのさ」
「仕方ないでしょ。実際強一と関わってなかったら今回のことは起こってなかったんだから」
確かにそうだ。
木井さんと俺が仲良くなっていなければ、少なくとも今回俺が病院送りになることはなかった。
だけど……
「結果論でしょ。それに木井さんがいなければ俺は兆しすらなかったんだけど?」
木井さんと関わってなかったら確かに今回のことはなかった。
だけど、そうなると俺の調子は良くならず、木井さんの居ないつまらない生活を送っていた。
俺はその方が嫌だ。
「それこそ結果論じゃない!」
「違うよ。病人に毎日辛気臭い顔を見せ続ける人と一緒に居るよりも、毎日を笑顔で過ごしてる人と一緒に居る方が俺も人生に希望が持てるんだよ。結果論って言ったけど、木井さんと一緒に居るようになってから俺の調子は良くなってたんだから、それが結果でしょ?」
木井さんと出会ってなかったら、今頃俺は生きてるのか死んでるのかわからないような生活を送っていたはずだ。
人の寿命というのは決まっていると考えると、今回の事件は俺が元気になって長生きになった分のしわ寄せだと思えば納得できる。
「それにどうせ残り少ない人生なんだから、俺の好きにさせてくれるんじゃなかったの?」
「そんなこと言ってない! 私はあなたに元気になって欲しくて……」
「それならなおさら木井さんを俺から引き離すのは駄目でしょ」
俺に元気になって欲しいと言うなら木井さんを引き離す意味がわからない。
俺から木井さんを取ったら何が残ると言うのか。
何をしても無感情の、底の空いてるコップになる。
「それで元気になったとしても、また今回みたいなことが起こったらどうするの?」
「今回のことを普通みたいに言うのやめてくれる? こんな事故が毎回起こってたらたまらないでしょ」
「でも……」
「しつこい」
俺のことが心配なのはわかるけど、さすがにうざくなってきた。
今までも思うことはあったけど、迷惑をかけてるのは俺だから仕方なかったけど、そろそろ俺もキレそうだ。
「わかった、それなら本人に聞きましょう」
「は?」
「あなたはこれ以上強一に迷惑をかけるとしても、一緒に居たい?」
母さんが俺ではなく木井さんに問いかける。
いきなり言われた木井さんは驚いたような顔になっている。
だけど少し考えた後に口を開いた。
「私は……」
「……んなよ」
「強一くん?」
「調子に乗んなよ?」
さすがにそれは許されることではない。
今の状況で、そんな言い方されて「一緒に居たい」なんて言えるわけない。
それが木井さんの本心なら俺は甘んじて受け入れるけど、誘導された答えなんて認められない。
「強一は黙って──」
「黙るのはお前だよ。迷惑をかけてたからって
「そんなことあるわけないでしょ!」
木井さんとの別れは俺の死を意味する。
人生という意味ではなく『俺』という個人の死だ。
「言ってくれれば良かったんだよ。俺が邪魔なんだろ? こんないつ死ぬかもわからない面倒な子供、邪魔じゃない方がおかしいよな? それならここまで育てる前に言って欲しかったよ。そうしたら俺は『希望』に出会わなくてすんだ。俺は何も後悔なくいなくなることができた」
わかっている。
母さんがそんなことを思ってないなんて。
だけど一度口を開いてしまえば止まらなくなった。
ずっと思っていたのは事実だから。
「どうせ助かりもしないのになんで延命なんてさせたんだよ。俺はそんなこと頼んでない。金をドブに捨てて、結果がこれだよ。せっかく生きる希望が芽生えたのに、その頃には助からない。それなら俺は何も出会いたくなかった……」
今回のことで余計に理解した。
俺は長生きできないことを。
今がどれだけ楽しくても、すぐに俺はいなくなる。
木井さんと出会って『生きたい』と思えるようになったのに、俺は生きられない。
こんな思いをするぐらいなら、ずっと入院して虚無の人生のままでいなくなりたかった。
「強一……」
「もういいだろ。帰って」
「でも……」
「帰れよ!」
目元を手で押さえてるせいで母さんと木井さんがどんな顔をしてるかわからない。
完全な八つ当たりなのはわかっている。
だけど今はもう母さんの顔を見たくない。
「ごめんなさい。後のことはお父さんに任せるから」
「……」
もう母さんと話したくない。
これ以上母さんと話したら、また八つ当たりをしてしまう。
俺が黙っていると、母さんが病室から出て行く足音が聞こえてきた。
そして、扉が閉まり、泣き叫ぶ母さんの声が聞こえてきた時に俺は取り返しのつかないことをしたと後悔する。
何もかも今更だけど……
「ちょっとだけ待っててね」
木井さんがそう言って駆け出して行った。
自分の不甲斐なさを見せつけられる日だった。
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