第17話 初めての嫉妬

「ここですか?」


「うん。健全な男子高校生の強一きょういちくんには刺激が強いかなぁ?」


 木井きいさんが何やらニマニマとした顔で俺を見てくる。


 水着売り場なんて初めてで、確かに緊張する。


 というか買い物自体初めてなので、緊張するのは当たり前なのだけど。


 まあ俺は何も買う気はないのだけど。


「初めての買い物が水着売り場って普通なんですかね?」


「絶対に普通じゃないね。それ絶対に他の人に言ったら駄目だよ?」


「俺は木井さんと両親ぐらいしか話す人はいないですけど、なんでですか?」


 俺が話す相手は半分以上が木井さんで、他を両親とやなぎ先生、それと担当医の先生ぐらいだ。


 後はごく稀にクラスメイトから話しかけられることはあるけど、『話す』までいくことはない。


「いいの。とにかく強一くんは私以外の人に今のことを話さないでね」


「秘密ってことですか?」


「二人だけの秘密……内容があれだけどなんか嬉しい」


 木井さんが多分抑えているのだろうけど、頬が緩んでいる。


 そんなに嬉しいことなのだろうか。


「じゃあ秘密をもう一個作りに行こ」


「え?」


 嬉しそうな木井さんに手を引かれて俺は水着売り場に連行された。


「いきなり走らないでください。調子がいいって言っても軽い運動しか許されてないんですから」


「あ、ごめんなさい。嬉しくて、つい……」


 木井さんが俯いてしょぼんとしてしまった。


 別にこれぐらいの距離なら疲れるわけでもないし大丈夫なのだけど、悪いことをした。


「俺の方こそすいません。お詫びに何か買うなら俺が出します」


 親のお金で何を言っているのかと言われるかもしれないけど、多分母さんはこうさせる為に俺にお小遣いを渡したのだと思う。


 だって俺が何かを買っても意味なんてないのだから。


「いいよ。私の買い物に付き合わせてるだけでも悪いと思ってるのに」


「木井さんは俺の散歩付き合ってくれて、そのついでに買い物に来てるだけです。つまり付き合わせてるのは俺です」


「すごい屁理屈。でも嬉しい」


 木井さんが笑顔になってくれた。


 暗い顔よりもやはりこっちの方がいい。


「だけどやっぱりお金は自分で出すよ。その代わりにお願いしていい?」


「何をですか?」


「私に似合う水着を選んで欲しいなぁって。駄目かな?」


 木井さんが上目遣いで伺うように問いかけてくる。


 有り体に言うと可愛い。


「俺って普通とはかけ離れてますよ?」


「私は強一くんに選んで欲しいの。それがたとえ世間から見たら変だったとしても、私にとっては何よりも嬉しい宝物になるんだから」


「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、俺のセンスがないとも言ってますよね?」


「言わせたのは強一くんだもん。私悪くないもん」


 木井さんがほっぺたを膨らませてそっぽを向いてしまった。


 その通りだから何も言えない。


「まあ木井さんがいいなら俺が選びますけど、選んでから『やっぱりやだ』はなしにしてくださいよ? 俺だって人の子なので悲しむ心ぐらいは持っているので」


「大丈夫。だって、っと危ない。とにかく大丈夫だからお願い」


「何を言いかけたんですか?」


「何も? あ、先に言っておくけど、……えっちなのは駄目だよ?」


「それは残念です」


 俺が軽く言うと木井さんの顔が真っ赤になった。


 そんなのは最初から選ぶつもりはない。


 俺の何かが耐えられない気がしたから。


「でも選ぶとなると困りました。木井さんならどんな水着でも似合ってしまうから決められません」


 とりあえず近くにある水着を見てみるけど、ヒラヒラしたフリル? が付いたものや、レースで覆われるようになっているもの、一枚の布を無理やり着ているようなものまで、色んなものがある。


 中にはまるで服みたいなものまであるし、悩ましい。


 多分全てが木井さんに似合う。


「強一くんって私に何かフィルターかけてない?」


「フィルターとは?」


「確かに私って可愛いとは言われるけど、強一くんほど何かにつけて可愛いって言ってくる人いないよ?」


 つまり俺が木井さんを上方修正して見ていると言いたいらしい。


「そっくりそのまま返します」


「強一くんは……いいもん」


「はい?」


「いいの! とにかく私は強一くんが思ってるほどなんでと服が似合ったりしないから」


 木井さんが少し怒ったようにほっぺたを膨らませる。


 これを可愛いと言わずに何を可愛いと言うのか。


 それに服だって、毎回色違いのワンピースだけど、どれも木井さんに似合っている。


 木井さんは全て貰い物と言っていたけど、貰い物でそんなに似合っているのなら、どんな服でも似合うのではないかと思う。


「木井さんは海とかに行く予定があるんですか?」


「なんで?」


「あれ? 水着って海とかプールで使うものじゃなかったでしたっけ?」


 俺は世間の流行に疎い。


 俺の知識では、水着は海やプールなどの水中で使うものだという認識だった。


 だけど最近では何か違う用途があるのかもしれない。


「そゆことね。ちなみに海に行く予定があるって言ったらどうなる?」


「『木井さんは俺と夏休みを過ごしてくれると言っていたのに結局他の友達と遊びに行くんだ……』って勝手に落ち込んで、なんとなく露出の少ない水着を選びます」


 俺はそう言って近くにあった完全に『服』な、肌色を隠せる水着を手に取った。


「やば、超嬉しい」


「これがですか?」


「水着じゃなくて、いや選んでくれたのは嬉しいよ? でも、強一くんが嫉妬してくれたことがとっても嬉しい」


「嫉妬?」


 意味は知っているけど、意味がわからない。


 確かに木井さんの肌を他の人に見られたくないと思った。


 それに木井さんが俺以外の人と遊ぶのがちょっとモヤモヤした。


「……これが嫉妬?」


「そうそう。もー、強一くんは私のことが大好きなんだからぁ。って言ってはみたけど……」


「大好きですよ?」


「と、言われるんですよね……」


 木井さんが顔を赤くして俺の肩に頭突きする。


 痛くないのだろうか。


「ふぅ、平常心。強一くん、安心していいよ。私は言った通り夏休みの間は強一くんとだけ過ごすから。だから海とかプールとかに行く予定はないよ」


「ならなんで水着を買いに?」


「んとね、海とかは行かないけど、完全な私用で使う予定があるのですよ」


 木井さんが不敵な笑みを浮かべる。


 何か企んでいるようだ。


「よくわかりませんけど、誰かが見ないんですね?」


「一人だけ見るよ」


「……」


「嫉妬したぁ。大丈夫、見るのは強一くんだから」


「あんまりそういうことするなら、帰った後に甘えますからね?」


「……お手柔らかにお願いできますか?」


「善処します」


「する気がないやつだぁ……」


 木井さんは俺に甘えられるのが嫌らしい。


 だから木井さんを困らせるのに一番手っ取り早い方法として甘えるのだ。


「あの強一くんは反則なんだよ」


「知りません。木井さんが変なことを言うのが悪いんです」


「いつもの強一くんに聞かせてあげたい。私も甘えようかな?」


「甘やかします」


「そうなるんだよなぁ……」


 自分で甘えたいと言っておいて嫌がるのはやめて欲しい。


 俺のクソ弱メンタルが傷つく。


「絶対に帰ったら甘えますから」


「なんで急に怒ってるの?」


「教えません。それより早く選びましょう。たくさんあるんですから早く行きますよ」


「まさか全部見るの?」


「当たり前じゃないですか。たとえ全部の水着が似合うとしても、もしかしたら木井さんの為に作られたような水着があるかもしれませんし」


「いや、そんなのないから」


 木井さんは呆れたように言うけど、そんなの探さなければわからない。


 だから俺は木井さんの手を引いて店内を歩き出した。

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