第16話 初めての拘束

強一きょういちくん」


「なんですか?」


「お買い物行こ」


 夏休みも数日が過ぎたとある日、木井きいさんが唐突にそんなことを言い出す。


 まあそろそろ何か言い出すとは思ってたけど。


「宿題が嫌だからって逃げる方法を探すのやめてください」


「そういうわけじゃないもん。宿題は嫌だけど、強一くんとお出かけしたいのはほんとだもん」


 木井さんが拗ねたようにほっぺたを膨らませる。


 この顔をすれば俺がなんでも許すと思っているのだろうか。


 許すけど。


「いつも宿題が終わったら散歩に行ってるんですから、わざわざ言う必要なくないですか?」


「今日はいつもの目的地のないお散歩じゃなくて、お買い物なの」


「何か欲しいものがあるんですか? ちなみに俺はお金持ってないので買ってあげたりできないですからね?」


 俺は自分のお金を持っていない。


 母さんはお小遣いをくれると言っていたのだけど、どうせ使い道もないし、使ったところで無駄になるから断った。


 ちなみにスマホも同じ理由で断っている。


「まず買ってあげることを思いつくあたり強一くんだよね」


「俺は別に木井さんを人からたかる最低な人だなんて思ってませんよ?」


「私もそんなこと思ってなかったんだけど、強一くんは思ってるってことでいいのかな……」


 木井さんが言いながら俯いて元気を無くす。


「そんなことないですよ。木井さんは尽くされるより尽くしそうですし」


 他意はない。


 誰に言い訳してるのかわからないけど、他意はない。


「強一くんのばか。ふんだ、そうやって私を照れさせられるのも今だけなんだからね」


「つまりこの後は俺が照れさせられて、明日以降は変わらず照れてくれると?」


「なんでそんなポジティブに捉えられるのかな? それにほんとにそうなるだろうからやなんだけど?」


 こればっかりは仕方ない。


 木井さんをからかうのが生きがいになった以上、俺は木井さんをからかわないと死ぬのだから。


「木井さん欠乏症」


「何言ってるのかな?」


「独り言なので気にしないでください。それよりどこに行きたいんですか?」


「秘密」


「そうですか。楽しみにしてるので、宿題を済ませましょうね」


「強一くんって実は私とのお出かけに興味ないでしょ」


「そんなことないですよ? 木井さんが秘密と言うなら今聞くのはもったいないですし、もったいぶるのならそれだけ俺が楽しくなれることなんですよね?」


「地味にプレッシャーをかけてくるね。でも任せなさい、絶対に強一くんを照れさせてあげるから」


 木井さんが可愛いドヤ顔で俺に向かって言う。


「楽しみです。じゃあ宿題を」


「淡白過ぎないかな? 絶対に照れさすから」


 木井さんの謎の自信は無視して、俺は宿題を進める。


 実際楽しみなのは本当だ。


 木井さんがここまで宣言するのだから、何かしらあるのだろうし、初めての買い物も楽しみだ


 多分関係ないけど、いつもより宿題が早く終わった気がした。




「自由だー」


「別に束縛してるつもりはないんですけど?」


「束縛なんてエッチな」


「?」


「やめて、そんな『なんで束縛がエッチなんですか?』って言いたそうな純粋な目で見ないで。私が悪かったですから」


 木井さんがなぜか俺に頭を下げて謝ってくる。


 とりあえず木井さんの頭に手を置いておいた。


「強一くんよ、撫でるでもなく置くだけとはどういう意味なんだい?」


「特に意味はないです。強いていうならそこに木井さんの頭があったからですかね?」


 理由なんてない。


 ただそうしたいと思ったからそうしただけで、確かに木井さんの頭を撫でたいとか、単純に触れたいと思ったりはしたのかもしれないけど、自分でもよくわかってないから言う必要もないだろう。


「いつまで置いとるんじゃー」


 木井さんが少し怒ったように頭を上げる。


「すいません、触り心地が良くて」


「褒めても今度また触らせるぐらいしかさせないからね」


「十分過ぎません?」


 よくわからないけど、謎にご機嫌な木井さんのおかげでまた木井さんの頭に触れる権利が貰えた。


「別に強一くんならいつでも私の頭を撫でてくれていいんだよ?」


「なんか恐れ多くて」


「どゆことよ」


「だって、木井さんの髪って綺麗で、気持ちよくて、触れてるだけで心地いいのに、それを俺なんかが撫でるなんて……」


 まあ一度撫でたことがあるけど、あの時はなんか凄かった。


 正直ずっと撫でていたくなる。


「冗談なのはわかってるけどさ、別に気にしないでね? 私としてはむしろ強一くんに撫でられたいぐらいだから」


「よくわからない気持ちですけど、木井さんがそう言うなら喜んで」


「やった。ちなみに強一くんの頭は私が何も気にせずに撫でるからね?」


「ありがとうございます」


「照れろよぉ……」


 木井さんが俺の腕をコツンコツンと叩く。


 そんなことを言われても、嬉しいだけでどこに照れる要素があるのかわからない。


「もういいや。強一くんだもん」


「呆れてません?」


「強一くんが悪いから知らない。それより着いたよ」


 歩いて数分、存在は知っていたけど初めてやって来る。


 ここら辺では一番大きいショッピングモールだ。


「学校帰りに見たことはありますけど、ここに何か用が?」


「普通に歩いてるだけでも楽しいと思うけど、今日はちゃんと用事あるよ。さっきも言ったけどお買い物」


「そうですね、母さんからお小遣い貰ってしまいましたし」


 俺と木井さんは出かける前にもちろん母さんに知らせた。


 毎日散歩をしているが、その時も毎回ルートを知らせてから出ている。


 そして今日も知らせたのだが、木井さんが買い物に行くと伝えると、俺が追い出され、少しするとお小遣い(福澤さんを一枚)を渡された。


 俺は別に買うものなんてないから返そうと思ったけど、母さんに「持ってるだけ持ってなさい」と言われた。


 まあどうせ使わないだろうけど、それなら帰ってそのまま返せばいいからと受け取った。


 ちなみにそのお金は木井さんが管理している。


「お財布持ってないからって私に預けるのは不用心だと思うんだよね」


「木井さん以上に安心して預けられる人を俺は知りません」


「この子はきっと本気で言ってるんだろうなぁ……」


 木井さんがなぜか俺の頭を撫でる。


 ちょっと意味がわからないけど、心地いいからそのままにする。


「っと、危ない。こんなところ誰かに見られたら大変だ」


「俺なんかと一緒に居るところをですか?」


「私がそんなこと言うと思ってるんだ……」


 木井さんがジト目を俺に向ける。


 思ってない。


 でもそう思われるようなことを言った木井さんが悪いので訂正はしない。


「むぅ、ちょっとは慌ててくれると思ったのに」


「可愛い顔を見せても知りません。それでなんで見られると困るんですか?」


「私に撫でられて嬉しそうな強一くんの可愛いお顔を誰かに見られたら取られちゃうでしょ?」


「ちょっと何言ってるのかわからないんですけど?」


 木井さんに撫でられて嬉しかったのは時日だ。


 顔も綻んでいたと認める。


 だけどそんな顔を見て誰が俺を取ると言うのか。


 そんな物好きは木井さんぐらいなものだ。


「強一くんはね、もう少し自分を鏡で見た方がいいと思うの」


「そんな真面目な顔で言わないでください。その真面目なところを宿題中に出して欲しいんですけど?」


「さってとー、中行こ」


 都合が悪くなったら話を逸らす。


 多分木井さんでなければ腹が立っているのだろうけど、そこも可愛らしく思ってしまうのはなぜだろうか。


 俺はため息をつきながら楽しそうに歩く木井さんの後ろをついて行く。


 ショッピングモール内は寒いぐらいに涼しく、長袖だけど上着が欲しくなる。


「寒い? それなら早く済ませないと」


「……」


「どしたっちゃい!」


「何語ですか?」


「強一くんがいきなり手を繋ぐからでしょ!」


 多分大丈夫だとは思うけど、寒かったので木井さんの手を握ってみた。


 すると木井さんが意味のわからない言葉を発したのでちょっと心配になる。


「嫌でしたか? それなら離します」


「あ、大丈夫。嫌ではないし、多分寒いからなんでしょ?」


「はい。木井さんと手を繋ぐと内側からポカポカするので」


 よくわからないけど、この前木井さんと手を繋いだ時、体の内側から暖かくなってきた。


 理由はわからないけど、冷房で冷えてしまう体を暖めるにはこれが一番だと思った。


「……強一くんのばか」


「だから嫌なら離しますって」


「いーの。こうすればもっとあったかいよ」


 木井さんはそう言って俺の指に自分の指を絡ませてきた。


「ど、どう?」


「確かにとっても暖かいです。手の繋ぎ方一つでこんなに変わるんですね」


「なんで私だけなんよ……」


 木井さんが暑いのか、ほっぺたが少し赤くなっている。


 そして謎のジト目を向けられた。


 俺は寒いからちょうどいいけど、木井さんにとっては暑いのかもしれないから、やはり手を離そうかと思ったけど、手はガッチリと拘束されていて離れなかった。


 木井さんに離す気が無さそうなので、俺はその優しさに甘えることにした。


 そして俺は木井さんに手を引かれるまま歩く。


 着いたのは、水着売り場だった。

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