第12話 初めてのご褒美
この数日で周囲から俺への視線が少し変わった。
最初こそ編入生という物珍しさから探るような視線を受け、俺が編入生の理由を話してからは同情のような、一歩引いたところからの視線を受けていた。
だけど今は、男子からは嫉妬の眼差し、女子からは生暖かい眼差しを受けている。
嫉妬の眼差しは最初の方に少し受けてたけど、すぐになくなったはずだった。
それを木井さんになんでなのか聞いても「知らない!」と怒られてしまう。
よくわからないけど、わからないことは他にもある。
「
この質問を何回もされる。
しかもなぜか毎回校舎裏や体育館の裏とか人気の無い場所で。
そしてその度に「付き合ってないです」と答えると「それなら私と付き合ってください」と言われる。
俺は体の都合上遠くに行くことができないので、知らない誰かの付き合いなんてできない。
だから毎回「すいません」と断るのだけど、毎回ガッカリされるので罪悪感が湧いてくる。
木井さんに話すと毎回ジト目を向けられる。
今も。
「
「何がですか?」
「完全に告白じゃん。夏休み前に恋人作って夏休みを満喫したい子達からの」
「そういうやつなんですか? てっきり買い物にでも付き合って欲しいのかと」
女の子の買い物はすごいと聞いたので、荷物持ちが欲しいから俺に頼んでいるのかと思っていた。
ただでさえ出かけられないのに、荷物持ちなんてしたら生きて帰って来れるかわからないからそれも含めて毎回お断りしている。
「強一くんは自分が告白されるわけないって決めつけてるでしょ」
「だって有り得ないですから」
それにたとえいいのだとしても、俺みたいなめんどくさい性格で、めんどくさい体の持ち主を好きになる人なんて現れるわけがない。
「仲良くしてくれてる木井さんが特殊なんですよ」
「強一くんを独り占めできるのは嬉しいけどさ、私が強一くんを独り占めにすると、他の女の子から色々と言われるんだよ?」
「あぁ気持ちはわかります。俺も男子から言われますから」
内容は違うだろうけど、俺の場合は「木井さんに気に入られて調子に乗ってんじゃねぇぞ」や「木井さんは優しいからお前の体のことを知って仕方なく相手してくれてんだ」みたいなのを言われる。
調子には乗ってないし、木井さんが俺と仲良くしてくれるのは俺の体は関係ない。
ただ木井さんが優しいだけだ。
「まあそれを聞いてた女子の方達に色々と言われたせいか、今はほとんど言われないですけど」
「私も言われるけど、ほとんどちょっとした嫉妬だからすぐに仲直りできるんだけどね」
「正直俺がなんて言われても興味はないですけど、木井さんを馬鹿にされると頭にくるので次に何か言われたらどうしたらいいですか?」
「何もせんでいい。そんなことより私へのご褒美だよ!」
本気で呪いの仕方でも覚えてやろうかと思っていたけど、木井さんの笑顔に全てを払われた。
「ご褒美とは?」
「へぇ、強一くんは約束を反故にするんだぁ……」
木井さんが拗ねたようにジト目で俺を見る。
「感動しました。あの、あの木井さんが『反故』なんて言葉が使えるようになるなんて……」
「よしわかった。馬鹿にしてるな?」
「いえ、からかっただけです」
頬を膨らませた木井さんに肩をポカポカと叩かれる。
「冗談ですよ。まさかほんとにテストでほとんど満点取るとは思いませんでした」
テスト返却はもちろんもう済んでいる。
結果だけ見ると、木井さんは全てのテストで九十点以上を取った。
多分一番驚いていたのは木井さん自身だ。
テストが返ってくる度に俺とテストの何十回も見返して、最後のテストが返ってきた時なんかは涙目になりながら抱きついてきた。
俺も嬉しかったので木井さんの頭をひたすらに撫でていた。
その際のクラスの人からの視線なんて全て無視してやった。
「木井さんは勉強のやり方を知らなかっただけで、ちゃんと教えてあげれば普通に頭がいいんですよ」
「もう私は強一くん無しでは生きていけない」
「多分俺も木井さん無しでは生きていけないです」
俺の場合は割と真面目に。
俺の体は最近とても調子がいい。
定期検診に言った時に担当医にとても驚かれた。
柳先生から聞いてはいたけど、どうやら本当に俺の体は木井さんと出会ってから良くなっているみたいだ。
木井さんと一緒に居たいという気持ちからなのはわかる。
やはり『生きたい』という気持ちは大切なのかもしれない。
だからって油断はできないが。
「強一くんはなんでサラッと恥ずかしいことを言えるのさ!」
「木井さんも言ってますよね?」
「私は強一くんの照れてるところを見る為に頑張ってるの!」
「そんなところで頑張らないでくださいよ……」
木井さんに俺無しでは生きていけないと言われるのは純粋に嬉しい。
俺も同じ気持ちだけど、俺が思うのと木井さんが思うのは少し違う。
木井さんのは冗談なんだろうけど、それが本心だとしたら、長生きできない俺がいないと生きていけないなら、木井さんも短命になってしまう。
それは嫌だ。
「でもあれだね、私と強一くんが一緒にいれば永遠の命になるね」
「何言ってるんですか? やっぱりもう少し勉強いります?」
「絶対わかってるくせに。照れ隠しか? 照れたのか?」
木井さんがとても嬉しそうに詰め寄ってくる。
あんまり可愛い顔を近づけないで欲しい。
ドキドキして寿命が縮まる。
「やっぱり木井さんがいると俺が死ぬかもです」
「え!? でも私強一くんと一緒がいい!」
「難しいですね。俺は木井さんと一緒にいたら長生きできるかもですけど、その分ライフは削られます」
お互いが一緒にいないと生きていけないから、逆を言えば一緒にいる間は生きられるということになる。
だけど俺は木井さんが近くにいるとドキドキして心臓に負荷が掛かるからコロッと死ぬ可能性がある。
すごいジレンマだ。
「よくわかんないけど、強一くんは私と一緒にいるの嫌……?」
「それはないですよ? たとえ木井さんに近づかれて死んだとしても、それは本望です」
逆にそれが理由で木井さんが離れることになっても、そうしたら結局余命で死ぬことに変わりない。
どうせ死ぬなら最期まで木井さんと一緒がいい。
「……死ぬなんて簡単に言わないでよ」
木井さんが今にも泣き出しそうなぐらいに悲しそうな顔になる。
「すいません。次からは言葉を選びます」
「うん、じゃあ言葉を選んで敬語やめよ」
「なんでそうなるんですか」
「ご褒美」
木井さんがさっきまでの悲しそうな顔が演技だったのではないかと思うぐらい良い笑顔になる。
もちろんさっきのが演技でないのはわかっている。
「もしかして最初からそれが目的でした?」
「うん。だって強一くんなんて言っても敬語やめてくれないんだもん」
正直敬語をやめるつもりはなかった。
そこは最後の境界線のようで、敬語をやめると取り返しがつかなくなるような気がしてたから。
「他のになったりはしませんか?」
「私のお願いを何でも聞くんだよね?」
「……わかりました」
もう、いいのかもしれない。
俺も未来を望んでもいいのかもしれない。
木井さんという大切な友達がいる限り、俺は死なない気がした。
それならもう少し、あと少しだけ踏み込んでも……
「……」
「いや、何か言ってよ」
「やっぱり駄目です」
「むぅ、ご褒美……」
「お願いします。他のお願いならどんなことでも聞きますから……」
俺は木井さんに向かって頭を下げる。
どうしても『敬語』という最後の一線を踏み越えることができない。
俺が弱いから。
「……わかった。じゃあ私と付き合って」
「……はい?」
「私と付き合って」
木井さんがまっすぐ、とても真剣な表情で言う。
なぜだろうか、心臓の鼓動がとても早い。
体が不安になるレベルで。
「木井さん」
「なに?」
「俺をドキドキさせるのやめてください。下手したら死にます、真面目に」
さっき『死ぬ』と言わないと言ったばかりだけど、こればっかりは仕方ない。
だってほんとに死にそうなぐらいに心臓が痛い。
「ご、ごめんなさい? 大丈夫じゃない? 保健室行く?」
「多分大丈夫です。でも気をつけてください。木井さんは近づくだけで俺の心臓を痛めるんですから」
だんだんと落ち着いてきた。
だけどいつかは危ないかもしれない。
死因に『木井さんの可愛さ』なんて書かれたら、木井さんが人殺しみたいになってしまう。
これからは俺も気をつけないといけない。
「……強一くんのばか」
「毎回理不尽ですからね? それで付き合うとはどこに?」
「冷静になる時間を与えてしまった……」
少し前に『付き合う』の意味について話していたせいで、木井さんが告白でもしてきたのかと勘違いしたけど、よくよく考えてみたらどこかに出かけるのに『付き合って欲しい』と考えるのが妥当だ。
変な勘違いで死ぬところだった。
「
「いいですね。木井さんとなら何をしても楽しそうですし」
最近はほんとに調子が良くて、担当医の先生からも少しなら運動しても平気だと言われた。
油断はできないけど、本当に少しだけ良くなっているようだ。
木井さんと散歩ができるぐらいには。
そうして俺と木井さんは教室を出た。
ずっと視線は感じていたけど、木井さんといると全てが気にならなかったので無視していた。
なんだか、嫉妬と生暖かさが強くなっていたような気がしたけどきっと気のせいだ。
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