第11話 初めての相談

「失礼してもいいですか?」


「失礼なことをすると宣言してから入ろうとするのはお前ぐらいなものだ」


 後の処理を木井きいさんに任せた俺は、嘘にならないように保健室にやって来た。


 そして頬杖を付きながら何かの紙とにらめっこしているやなぎ先生に声を掛ける。


「お仕事中なら帰りますけど」


「今、私の一番の仕事はお前の面倒を見ることだよ」


「俺が女子なら惚れてそうです」


「馬鹿にするだけなら帰れ」


 柳先生が俺から視線を紙に戻して手で俺を追い払うようにする。


「まあ用事はないんですけど」


「ないのかよ。私に会いたかったのか?」


「それもあります」


 俺が保健室に来た理由は、俺があのままいなくなれば話がうやむやになればいいと思ったからだ。


 木井さんが俺を庇って怒ったのを噂にされるより、俺との仲を疑わせた方がまだマシな気がした。


 結局どうなるかなんてわからないけど、後は全て木井さんに任せたので、俺は知らない。


「お前ってさ、女を口説くのが趣味なの?」


「違いますよ? 柳先生は知ってるじゃないですか、俺が誰かを好きになっても意味がないって」


 柳先生は俺の事情を全て知っている数少ない相手だ。


 俺がこの学校に来た理由も、余命のことも。


「つまり思わせぶりな発言をして、相手をその気にさせるだけさせて消えたいと?」


「言ってる意味がわかりませんよ?」


「うわ、無意識とかタチ悪。お前もしかしてあの……」


「木井さんですか?」


「一緒に勉強してた女子」


「木井さんですね」


 柳先生は母さんが俺の帰りが遅いのを心配して連絡を取っているようだ。


 だから俺が木井さんと放課後に勉強してる時はたまに見に来ていた。


「その木井にも私にするみたいなことしてんのか?」


「何か変なことしてます?」


「私に会いに来たとか、軽々しく好きとか言ってるのかって話だよ」


「言いますよ?」


 柳先生がため息をつきながら頭を押さえる。


「駄目なんですか?」


「素直に気持ちを伝えるのはいいことだけど、お前は木井に『好きだ』って言われたらどうするつもりなんだよ」


「有り得ないですよ?」


 木井さんが俺を好きになるなんてあるわけがない。


 木井さんにとって俺はたくさんの友達の一人。


 確かにさっきは俺を少し特別扱いしてくれたけど、それはあくまで木井さんの勉強を見たからだ。


 それがなければそもそも友達になれていたかもわからない。


「木井が可哀想だな」


「え?」


「お前はもう少し木井の気持ちを考えた方がいい」


 柳先生が自分の隣の椅子を顎で指す。


 どうやら「座れ」と言いたいようなので、座らせてもらう。


「確認だが、友達はできたのか?」


「木井さんだけです」


「木井とは何をした?」


「ここ最近はずっと勉強ですね。休み時間と放課後、後は休みの日の全て」


「……」


 俺が説明すると、柳先生がため息をついて、またも頭を押さえる。


「どんなことを話す?」


「そうですね、主に木井さんが可愛いことばかりするので、それに対して素直な感想を?」


「……」


 今度は呆れたような視線を受ける。


「木井に余命のことは?」


「言ってないですよ。言って同情とかされたくないので、知ってる人は変わってません」


「それは仕方ないか……」


 木井さんなら変に同情はしないと思うけど、自分のことのように気にしそうだ。


 だから今のところ木井さんに余命のことは伝えるつもりはない。


伊南いなみ、お前は自分のことを客観的に見た方がいい」


「どういうことですか?」


「お前な、ずっとベッドの上で生活してたから仕方ないが、細くて白い。だけど面はいい」


「顔ってことですか?」


 柳先生が頷いて答える。


 前に担任の笹木ささき先生も木井さんを可愛いと言っていたけど、この学校の教師は生徒の容姿を気にしすぎではないだろうか。


「だから話せば大抵の女子は落ちる」


「それはないですね」


「それはお前が誰とも話そうとしないからだ」


 確かに話そうとはしない。


 だって関係を持ったところですぐに俺はいなくなるのだから。


「お前の気持ちを考えたら話したくないのもわかる。だけど今話したいのはそこじゃなくてだな、木井は話したんだろ?」


「俺を好きになったとでも?」


「好きでもない男の家に上がる女はいない」


「木井さんが珍しい人だったんですよ」


 さっきも思ったけど、木井さんが俺を好きなんて有り得ないことだ。


 俺の家に来たのだって、テストが危ないから仕方なくだ。


 断じて他の意図はない。


「可能性の話だ。お前は自分が思ってる以上に好かれる人間なのを理解しろ」


「つまりこれからは誰とも話さない方がいいと?」


「なんでそうなる。お前は木井と仲良くなって後悔してるのか?」


「……少しは」


 まだ大丈夫だろうけど、すぐに死ぬ俺が大切な友達なんて作ったら未練が残る。


 だからさっきのやり取りは少し怖かった。


 木井さんが俺との関係を本当に大切だと思ってるのかもしれなくて。


「俺は死ぬからいいんです。でも、残される方はどうなんですか……?」


「……お前は優しすぎる」


 柳先生が優しい顔つきになり、俺の頭を優しく撫でる。


「ずっと入院してきて、自分の気持ちなんて奥底にしまってたんだろう。お前のことだ、今の状況も親御さんを気にして選んだんだろ?」


「……」


 その通りだ。


 だけど別に俺が優しいとかは関係ない。


 迷惑を掛け続けたのだから最期ぐらいは楽させないと、俺は本当の意味で価値がなくなる。


 だから自分の意思なんて優先させられるわけがない。


「俺は、生きてるだけで人に迷惑を掛けてるんです。そんな俺が最期の最期で幸せになっていいわけないんですよ」


「お前は頭がいいって聞いてたけど、相当の馬鹿なんだな」


「失礼ですよ。テストの自己採点はほとんど満点でしたから」


「それは引くが。馬鹿なのは変わらない。自分の子供の幸せを願わない親なんているわけないだろ」


 自分の子供の幸せを願わない親がいるのを俺は知っている。


 正確にはその可能性だが。


 だけどそんなことを言える雰囲気ではないので口には出さない。


「不満がありそうだな」


「いえ。少なくとも俺の両親は俺の幸せを願ってると思います」


「そうだろうな。履歴見るか?」


 柳先生はそう言ってポケットからスマホを取り出しなにやら操作し始めた。


 教師がポケットからスマホを取り出すのはいいのだろうか?


「見てみろ」


「うわ、すいません」


 思わず謝ってしまった。


 何しろ柳先生のスマホの通話履歴には『伊南 母』という名前がズラっと、数えるのが嫌になるぐらいに並んでいる。


「毎時間とまではいかないが、一日に最低でも五回は掛かってくるな」


「帰ったら言い聞かせます」


「別にいいんだよ。それだけ愛されてるってことだし、心配な気持ちはわかるから」


 柳先生の顔がどこか寂しそうに見えた。


 何か思うことでもあるのだろうか。


「でもな、最近は少なくなってるんだ」


「俺の心配をしなくなったと?」


「お前はほんとに馬鹿だな」


「病院で聞いたんですけど、子供に馬鹿馬鹿言い過ぎるとほんとに馬鹿になるみたいですよ」


「仕方ないだろ、お前は勉強のできる馬鹿なんだから」


 さすがに少しムッとなる。


 そもそも勉強のできる馬鹿とはなんなのか。


 矛盾している。


「心配をしなくなったんじゃなくて、心配が減ったんだよ」


「なんでまた?」


「お前、家に木井を呼んだんだろ? そこでお母様と木井を会わせたんじゃないか?」


「そうですね。母さんは昼間は基本的に家に居ますから」


 最近はまた夜に仕事に行くようになった。


 休めばいいものを。


「木井と一緒に居るのを見て安心したんだろ。楽しそうだからな」


「俺がですか?」


「自覚無しとは言わせないぞ?」


 もちろん言う気はない。


 俺は木井さんと一緒に居るのはとても楽しいし、できるならずっと一緒に居たい。


「病は気からって言うからな。実際お前の体、謎に良くなってるみたいだぞ?」


「俺の体ってチョロいな」


 何をしても駄目だったのに、友達を一人作ったら調子が良くなるなんて、チョロすぎて泣きたくなる。


「それだけ木井のことが大切なんだろ。病気なんかで離れたくないって思えるほどに」


「そうですね。でも木井さんとの接点はもうなくなっちゃったんですよね」


 テストが終われば木井さんとの関係も終わる。


 俺と木井さんの関係はあくまで木井さんがテストで良い点数を取る為のものだから。


「別に言えばいいだろ」


「何をですか?」


「離れたくないって」


「木井さんには木井さんの付き合いがありますし、迷惑ですよ」


「そうやって相手の迷惑を勝手に決めつけるな。確かに断られたらショックだし、陰で何か言われるのが怖いかもしれない、でもお前は大丈夫だろ?」


「どうせすぐにいなくなるからですか?」


「ネガティブな。お前は多分木井以外の奴に何を言われても気にしないだろ」


 確かに。


 木井さんに悪口を言われたら多分二度と学校には行かないし、余命を縮めるかもしれない。


 だけど他の有象無象に何を言われても右から左へ流れていくから何も気にならない。


「だからとりあえず聞いてみろ」


 柳先生がいきなり立ち上がり入口に向かう。


 何事かと思って見ていると、柳先生が扉を開ける。


 するとそこには扉に耳を当てるような格好の木井さんが居た。


「何してるんですか?」


「……んっ、強一きょういちくん居ますか?」


「何もなかったかのようにするの意味あります?」


 ガッツリ見えていたのに、今更「今来ましたけど?」みたいなノリをされても反応に困る。


「べ、別に盗み聞きしようとしたわけじゃないんだよ? 『強一くん居るかなー』って思って扉の前まで来たんだけど、話し声が聞こえたからね、お話が終わるまで待とうって思ってね」


 木井さんが早口で説明するが、言い訳にしか聞こえない。


「別に大丈夫ですよ。木井さんになら聞かれても問題ないんで」


「どういうこと?」


「俺のことを知りたいって言ってたじゃないですか。だからもしも盗み聞きしてても俺は気にしませんよ。あの言葉が嘘じゃなければ」


「嘘じゃないよ! 私も強一くんとずっと一緒に居たい。まずは夏休みの約束しよ」


「良かったです。でも、盗み聞きしてたのは認めるんですね?」


「……強一くんのばか」


 木井さんと一緒に居られる権利だけでなく、木井さんの可愛いまで一緒にゲットできて大満足だ。


 とりあえず拗ねた木井さんをなだめながら家に帰ることにはなったけど、それも楽しいので別にいい。


 顎に手を当てている柳先生に相談のお礼を言って保健室を出た。


 その際に「あれで友達って無理あるだろ」と言われたような気がしたけど、俺と木井さんは友達なので無視をした。


 柳先生には色々と感謝しているけど、どうやら目は悪いようだ。


 帰路に着いた俺と木井さんは、お疲れ様会の買い物をしてから家に帰る。


 そして俺が去った後のことで木井さんからお叱りを受けた。


 どうやら俺と木井さんは特別仲のいい友達ということで納得してもらったらしい。


 次の日に学校に行ったら、木井さんの友達で木井さんに怒られていた女子に「頑張れ」と、謎のエールを送られたのはなんだったのか。

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