第10話 初めてのなだめ
「俺にできることは全てやりました。これで駄目なら俺も一緒に補習を受けます」
「いや、それはさすがに悪いから、私のお願いを聞いてくれるだけでいいよ」
運命の期末テストが全て終わり、後は採点されたのが返ってくるのを待つだけだ。
「いつもなら半分は適当に書いてるのに、今回は全部わかった上で全部書けたの」
「木井さんが頑張った成果ですね」
「私も多分頑張ったんだろうけどさ、
木井さんが綺麗な瞳で俺のことをまっすぐ見つめてくる。
ちょっと照れくさいから鞄を整理するフリをして視線を逸らす。
「まあ合ってるかはまだわからないので油断はできませんけど、とりあえずお疲れ様でした」
「うん。油断できないって言ったそばであれなんだけど、お礼したいから帰りにどこか行かない?」
「別にいいですよ。むしろ頑張ったご褒美として俺が木井さんに何かしてあげたいぐらいですから」
木井さんはここ数日ほんとに頑張っていた。
休み時間も返上して授業でわからなかったところを俺に聞いてきたり、放課後は毎日残って勉強して、休みの日も俺の家に来て勉強していた。
ちなみにうちで勉強する時は、その前の日に木井さんが自分の教科書なんかを俺の家に置いて、休み明けの朝に取りに来ていた。
俺が持って行けばいいのだけど、木井さんがそれを許さなかったのでそうなった。
なんで自分の家に持って帰らないのかはなんとなく聞かなかった。
「じゃあこうしよ。お互いに頑張ったねってするの」
「それならまぁ」
「やったー。じゃあどこに行く? 無難なところだとファミレスとかだけど、お買い物とか行く?」
木井さんがとても嬉しそうに候補を上げていく。
この嬉しそうな木井さんを見てるだけで十分満足できてしまう。
「あ、でも強一くんは遠出できないか」
「ファミレスが遠出ですいません」
「ううん。じゃあやっぱり強一くんのおうちがいいのかな? でも
弥枝佳さんとは俺の母さんの名前だ。
木井さんは毎週うちに来ていたので、いつの間にか母さんと仲良くなっていた。
「大丈夫だよ。母さんも木井さんに会いたがってますから」
「ほんと? そんなこと聞いちゃったら放課後も毎日おじゃましちゃうよ?」
「母さん喜びます」
木井さんが来てくれると母さんはとても嬉しそうだ。
木井さんが帰るとひたすらに木井さんを褒めるし、木井さんが来るとちゃんと寝てくれる。
「強一くんは嬉しくない?」
「嬉しいですよ。木井さんと一緒に居られる時間は一秒でも長い方がいいので」
木井さんがチラチラと見ながら控えめに聞いてくるので、本心をそのまま伝えた。
「私の馬鹿。強一くんはそういう子でしょ……」
木井さんが机に突っ伏してしまった。
よくわからないけど、よくあることなので今更気にしない。
「
「ふぁい?」
少し離れたところから同じクラスの女子、確か木井さんの友達の一人の女子が木井さんに声をかけた。
それに木井さんが間の抜けた返事をする。
「ずっと勉強してて遊べなかったけど、テスト終わったからもう遊べるよね? 今からテストお疲れ様会やるんだけど夢奈ちゃんも来るよね?」
少し考えたらわかることだったけど、木井さんは人気者だから、こうして遊びに誘われることは珍しくないだろう。
なのにテスト勉強の為に休みの日を全て俺との勉強会に使っていたのだ。
それだけ本気だったのだから実って欲しいのはそうだけど、その全ての時間を俺との時間にしたのだから、他の友達との時間なんてなかったはずだ。
だから今までが特別だっただけで、今日からは木井さんが俺と一緒に居る理由がない。
ちょっと寂しいが、それは仕方のないことで──
「ごめんね。これから強一くんと二人でお疲れ様会やるの」
「え?」
木井さんの友達が驚いたような顔になる。
正直俺も同じ気持ちだ。
「えっと、確か
なぜかすごい上から目線をされてる気がする。
まあ木井さんが自分よりも、地味で目立たない俺との時間を優先したのが気に入らないのはわかるけど。
「あはは、何それ?」
(笑顔が怖いんですけど……)
木井さんはとてもいい笑顔のはずなのに、なぜだかとても怖い。
多分とてつもなく怒っている。
「強一くんがなんで体育を毎回見学してるか知らないの? みんなサボりたいからとか言ってるのは知ってるけどさ、初日に言ってたよね? 強一くんはずっと入院してて体力も少なくて、もしも運動して倒れでもしたら危ないって」
木井さんは静かに立ち上がって淡々と、そして丁寧に説明する。
「そんな強一くんがどこかに遊びに行けると思うの? まあそれは私も提案したことだから何も言えないんだけど、それよりもさ、何? 『来てもいいよ』って」
木井さんの声のトーンがあからさまに低くなった。
おそらく全員が初めて聞く声なのだろう、教室に残っている人達がみんな驚いて固まっている。
「言っとくけど、あなた達が先に私を見捨てたんだよ? 確かに私が酷かったんだけど、それでも強一くんは私のことを諦めないで最後までお勉強を教えてくれた。だから私は強一くんと一緒にお疲れ様会をやる。何か問題ある?」
木井さんの友達含め、誰もが何も言えずに固まっている。
ちょっとこれはまずいので、唯一動ける俺が手を出すしかない。
「木井さん、落ち着いてくださいね」
「きょ、いちくん!?」
「うが抜けてますけどなんですか?」
「あ、あの、なんで頭を撫でて?」
「……なんとなくですかね?」
もちろんなんとなくではない。
木井さんが俺の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、それで木井さんの立場を悪くするのは気が引ける。
だからとりあえず落ち着かせる為に頭を撫でた。
木井さんにはこれが一番手っ取り早く効果があるから。
「俺の為に怒ってくれてありがとうございます。でも言い過ぎですよ」
「全然言い足りないよ! 強一くんを馬鹿にされたんだよ? なんでそれで黙ってないといけないの?」
「別に何も言い返すなとは言いませんよ。言い方の問題です。多分最初の一言だけで足りてますから」
最初の笑顔からの「何それ?」だけで相当な馬鹿でもない限りは木井さんが怒っていることに気づく。
それに多分怒らなくても木井さんなら相手を言いくるめられたはずだ。
「俺の為に怒ってくれたのは嬉しいです、でも、それで木井さんが陰口を言われたりするのは嫌です」
木井さんのことだから、言った方が罪悪感を感じて素直に謝って終わる可能性もある。
だけど、木井さんは人気者だが、その人気が気に入らない人も絶対にいると思う。
そういう人達が勝手な噂でも流して、結果的に木井さんの悪口でも言われだしたら俺が罪悪感を覚える。
「俺には木井さんを守る術はありません。できることなんて木井さんの友達でい続けることぐらいです」
守る術はないが、この学校の最高権力者に告げ口ならできる。
それが解決になるかはわからないから、木井さんを守れないなら、木井さんに被害を出すようなことは避けたい。
「強一くんは、もしも私がひとりぼっちになっても友達でいてくれる?」
「木井さんがひとりぼっちになることは有り得ませんよ」
「でも、また強一くんの悪口言われたら絶対に言い返しちゃうもん」
「俺の説得が全て無駄になったと。まあいいんですけど。えっとですね、木井さんは絶対に一人にはなりません」
「なんで?」
「俺がいますから」
宣言通り、俺は木井さんの友達をやめるつもりはない。
たとえ木井さんが全生徒から嫌われて、一緒にいる人も嫌われるのだとしても、俺は木井さんの友達をやめない。
「たとえどんな状況でも、俺は木井さんと友達でいたいです。木井さんがいいならですけど」
「いいに決まってるじゃん……ばか」
木井さんが涙を浮かべ、俺の肩に顔を埋めた。
なんだか最近よくされる気がする。
「木井さんって泣き虫ですよね」
「強一くんのせいだもん。全部強一くんが悪い」
「理不尽すぎて俺も泣きそうです」
「強一くんが泣いたら私が抱きしめてあげる」
それはなんというか、無闇に泣けなくなった。
さすがに木井さんに抱きしめられるのは恥ずかしい。
「まあいいです。それで、どうします?」
「何が?」
「多分なんですけど、状況悪くなってません?」
今の状況を説明すると、木井さんが友達の誘いを俺との約束があるからと断った。俺の悪口? を言われて木井さんが怒った。怒った木井さんを俺がなだめた。木井さんが俺の肩に顔を埋めて泣きながら俺に頭を撫でられている。
付け加えると、教室に残る人達がすごい戸惑っている。
「……」
「さあ木井さん。怖がらずに現実を見ましょう」
「やだ、絶対に『散々怒ってた奴がなだめられて泣いてるよwww』って目で見られてるもん」
「大丈夫です。多分それよりも面白いことになってますから」
「余計やだ!」
俺としては上手くまとまりそうで良かったのだけど、その後を考えるとめんどくさいかもしれない。
だから少し扱いやすいようにしなければいけない。
「そういえばなんですけど、俺、これから
「私を置いてどこかに行く気? もっと泣くよ?」
「後でいくらでも慰めますよ」
「……やだ」
「揺らいでますよ。定期検診みたいなものなので行かないと怒られるんですよ」
これは嘘ではない。
俺は週に一度、行けるなら毎日柳先生のところに行くことになっている。
基本的に朝行っているけど、放課後でも構わないとのことだ。
まあ昨日と一昨日も行っているので今日必ず行かなくてはいけないわけではないけど。
「定期検診……」
「でも、木井さんの為なら──」
「駄目。強一くんにもしものことがあったら弥枝佳さんに顔向けできないし、何より私がやだ」
木井さんが目の周りを赤くしながら俺を見つめる。
泣いていても綺麗だ。
「ありがとうございます。行ってきますね、すぐに帰って来ますけど、頑張ってください」
「……私もついて行っていい?」
「誤解を解かなくていいんですか?」
「くっ、自分でややこしくしておいて白々しい……」
「元は木井さんですよ。でもほんとに嬉しかったですよ、ありがとう夢奈さん」
俺は最後に爆弾を投下して、固まる木井さんを残し保健室に向かった。
悪いとは思っている。
だけどこうすればふざけているのがわかるだろうし、後で全部を嘘にできるはずだ。
知らないけど。
だって言ったらなんか面白そうだから言ってしまっただけなのだ。
俺が教室から出ると、木井さんを質問攻めにする声と、木井さんからの恨み声が聞こえてきた。
結果的に最悪な結果にはならなかったので良しとする。
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