第2話 初めての友達

「ほんとに大丈夫?」


「大丈夫だよ。近いし」


 昨日から何度繰り返されたかわからない問答。


 今日は俺が初めて高校に行く日だ。


 まさか本当に歩いて数分の高校だとは思わなかったけど、どうせ行くのなら近い方が助かる。


 まあ俺の体のことを考えたら、電車を使うような学校なんて提案されないだろうけど。


「やっぱり今日だけでも私も一緒に──」


「いいから、母さんは少し休んでよ。俺を心配しておいて、自分が倒れたら意味無いでしょ」


 母さんが最近眠れていないのは知っている。


 理由は単純で、ずっと泣いているからだ。


 これからしばらくは一緒に暮らせると言っても、それはあくまで『しばらく』だ。


 奇跡でも起こらない限り、俺が死ぬのは覆らない。


 母さんにしてみたら、ぐっすり眠ることもできないだろう。


 まあそれはそれとして、学校に親同伴で行きたくないのは思春期だからわかって欲しい。


「心配なのはわかるけど、自分の心配もしてよ」


「そうよね。強一きょういちのことを心配しておいて自分が倒れたら本末転倒になるわよね」


 全くもってその通りだ。


 正直俺なんかのことはほっとけばいいのに。


「そういうこと。じゃあ行くから」


「うん。何かあったらやなぎ先生のところに行くのよ」


「わかってるから」


 柳先生とは保健室の先生のことだ。


 当たり前だけど、学校に行くのは初めてではない。


 諸々の説明は母さんと一緒に聞いている。


 その時に柳先生を紹介された。


 髪を肩ぐらいのところで切り揃え、保健室の先生への勝手なイメージをぶち壊すみたいにかっこいい感じの女性だった。


 夜にバーで一人お酒を飲むのが似合いそうな。


「初日から倒れることはしないから、母さんは寝てていいから」


「でも……」


「俺みたいな病人に疲れ切った顔を見せるのはよくないって言われてるよね?」


 それは散々担当医の先生から言われていることだ。


 仕方ないのはわかっていても、母さんは無理をやめないので再三言われていた。


「俺の為にも寝て」


「……わかった。寝れるかわからないけど横にはなるわね」


「それでいいよ。じゃあね」


「行ってらっしゃい」


 そうしてやっと俺は外に出る。


 一人で外を歩くなんて、もしかしたら初めてかもしれない。


 少しだけ行っていた小中学校は、母さんが送り迎えしていた。


 一人で大丈夫だと言いたかったけど、登下校中に発作が起きたことがあったのでさすがに許されなかった。


 今日はなんとか許されたけど、また発作でも起こしたら二度と一人で外を歩くことはできないだろうし、もしかしたら家から出ることも許されないかもしれない。


 最悪は入院に逆戻りだ。


「気をつけないとな」


 これ以上無駄金を使わせるわけにはいかないから、細心の注意を払って学校に向かった。


 始業の時間には結構余裕を持って出たので、道に生徒らしき人影はない。


 とりあえずは職員室に向かって担任と会うところからだ。


(一番憂鬱)


 担任とはもちろん顔合わせをしている。


 俺のことは『身体が弱くてずっと入院していた』と説明されているらしい。


 ほとんど事実だけど、さすがに『余命』に関しては理事長と柳さんにしか話されていない。


 理事長とも話したけど、理事長と柳さんはとてもいい人だと思えた。


 実際に何を考えてるまでかはわからないけど、少なくとも表に出すことはない。


 だけど担任は違う。


 それと言うのも……


伊南いなみ! 元気か!」


「……それなりに」


「そうか! それなら良かった!」


 グラウンドで朝練をしていた人以外に生徒を見ないで職員室に辿り着いた。


 そして職員室に入るのと同時に、会いに来た相手だけど、会いたくなかった相手が大声で話しかけてきた。


「今日からよろしくな!」


「……はぁ」


 この暑苦しい、大声男が担任の……なんとかさんだ。


 確か顔合わせした時に名乗られた気がしたけど、きら、苦手なタイプな人で即座に記憶から消えた。


「今日のSHRは簡単に終わらせて、伊南の紹介をメインにするからな!」


「お気になさらずに。いっそ無くてもいいんで」


「それはいかん! 一年、正確には約十ヶ月を一緒にする仲間なんだからな!」


「そうですか」


 正直自己紹介の時間を貰ったところで話すことがない。


 名前だけ言って終わりにするつもりだったのでほんとに困る。


「安心していいぞ! うちのクラスの奴らは良い奴ばっかりだからな!」


「それは良かったです」


 こういう熱血タイプの教師は、上っ面だけしか見ないから言ってることは当てにならない。


 なんでこの人が俺の担任になったのか謎だ。


 多分俺がいじめを受けても何もしてくれないだろうに。


「あ、笹木ささき先生。日誌を貰い……に?」


 ため息を頑張って押し殺していると、背後からとても綺麗な声が聞こえたきた。


 そしてこの教師の名前は笹木だと思い出した。


木井きいか! 少し待っててくれ!」


 笹木先生はそう言うと自分の席に戻って行った。


 そして隣で待つ木井さんと呼ばれた女子が俺をじっと見つめている。


(こわ)


 顔がとかではない。


 むしろ顔立ちは可愛らしく、そしてコテンと傾げた首も可愛らしさを増す原因だろう。


「転校生!」


 木井さんが首を元に戻し、俺のことを指さしながらそう叫んだ。


 どうやら俺が何者か考えていたようだ。


「合ってる?」


「正確には違うけど、そんな感じです」


「やった、当たった。あれ? でも違うのか。んーーー」


 木井さんが今度は顔を近づけてじーっと俺を見てくる。


(近づくとなおさら可愛い顔だな)


 いわゆる童顔というやつなのだろうか。


 幼さの残る顔立ちは、とても可愛らしい。


 髪は短いけど、それがまた似合っている。


「降参。ほんとは何者?」


「えっと、編入生が多分一番近いと思います」


 前に高校は通ってないから『転校』ではない。


 それなら『編入』が一番近いと思うけど、実際どうなのかは知らない。


「おお、編入生。特別感あるね」


「知らないですけど、そうなんですか?」


「すごい! でもやなところもある」


「ストレートに『嫌い』って言える人はいいと思いますよ」


「それ!」


 木井さんにジト目で指をさされる。


「どれですか?」


 俺は体を見回すけど、どこにも変なところはないはずだ。


「敬語がやだ」


「あ、そういう」


 木井さんがまたもジト目で睨んでくる。


 敬語はほとんど癖みたいなものだから仕方ないのだ。


 俺の周りには同年代の知り合いがほとんどいない。


 ほとんどを病院のベッドで過ごした俺は、周りに大人ばかりだった。


 だから敬語を抜いて話せるのは両親ぐらいなものだ。


「同級生だよね?」


「一年生です」


「なら同級生。だから敬語やだ」


「善処します」


「する気ないやつだよ!」


 まさかバレるとは思わなかった。


 そもそもクラスが一緒ならまだしも、違うなら二度と関わらない可能性の方が高い相手と仲良くする必要性を感じない。


 同じクラスでも仲良くするのかわからないけど。


「なんだ、もうすっかり友達だな!」


 すると日誌を取ってきた笹木先生が戻ってきた。


「ちょうどいい! ほんとは秘密にしたかったけど、既に机と椅子は置いてあるから木井は知ってるよな?」


「あ、そういえば私の席の隣に机がありました」


「そういうことだ!」


「……」


 少し考えればわかることだったけど、木井さんが俺の担任である笹木先生の元に日誌を取りに来たのだから同じクラスなのはほとんど確定だった。


 そして木井さんからしても、荷物を何も持っていなかったから、一度教室に行ってから職員室にやって来ている。


 つまり不自然に増えてる机に気づいていた。


 そして笹木先生と話している俺を見たわけだから……


「さっきの必要ありました?」


「お隣になる可能性があるならお話したいなーって思って、きっかけ作り?」


「おみそれしました」


 木井さんが腰に両拳を当てて胸を張りながら「えっへん」と、実際に言う人を初めてみた行動をする。


「お隣さんか……」


 それを聞いて担当医の先生に言われたことを少し思い出したけど、まあどうでもいい。


「じゃあせっかくなので。俺は伊南 強一。よろしくお願いします」


「敬語……。よし、私は強一くんと仲良くなってタメ口で話してもらう予定の木井 夢奈ゆなだよ。よろしくね」


 木井さんがふくれっ面から満面の笑みに変わり、俺に右手を差し出してきた。


「……?」


「友達になろうの握手」


「そういうの必要なんだ」


 世間では友達になるのに握手が必要になっていたなんて知らなかった。


 なので俺も右手を出そうとして途中で止まる。


(友達になっていいのか?)


 俺と友達になっても木井さんに得はない。


 それなのにわざわざ友達になる必要はあるのだろうか。


 二年生になれるかもわからない俺と友達になっても無駄な気が──


 なんてことを考えていたら焦れた木井さんが俺の右手を無理やり握る。


「強一くんは色々考え過ぎ! それとも私と友達やだった?」


「木井さんがいいなら別に大丈夫ですけど」


「やった。じゃあお友達ね」


「……はぁ」


 なんでそんなに嬉しそうなのか心底謎だけど、木井さんがいいならそれでいい。


 いつか俺と友達になったことを後悔させないように、さりげなく友達はやめていけばいいのだし。


 まあそんなことしなくても、これはどうせ形だけの友達だからすぐに終わるだろうし。


 そうして俺は、初めての友達? である木井さんにSHRの時間まで質問攻めに遭ったのだった。

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