余命宣告をされた俺が恋をしてもいいですか?

とりあえず 鳴

第1話 余命宣告

「持って三年です」


 そう担当の医師に言われた時、母は泣いていた。


 生まれつき身体が弱く、ほとんどの時間を病院のベッドの上で過ごした。


 おそらく家に居た時間よりも、病院に居た時間の方が長かったと思う。


 そんな俺、伊南いなみ 強一きょういちが余命宣告を受けた時に思ったのは「やっとか」だった。


 正直、数年前から俺がなんで生きているのかわからなくなっていた。


 いくら入院しても良くならず、結果的に余命宣告を受けたわけで、今まで俺の為に使われたお金は全て無駄になるわけだ。


 自殺願望があるわけではなかったけど、両親にこれ以上迷惑をかけるぐらいなら早く終わりたかった。


 それが親不孝なのがわかっていても、良くもならない俺の為に無駄なお金を使わせるのは嫌だった。


 それに俺の為にと母が深夜に仕事をするのもやめて欲しかった。


 母はやつれ、とても年相応には見えない顔になっている。


 だからこの余命宣告は俺にとって悲しい知らせということにもならない。


「三年と言いましたけど、それはあくまで私達の予想です。いきなり治る可能性や、三年の間に治す手立てが見つかるかもしれません」


 つまりは「可能性があるから金を落とせ」と言いたいようだ。


 本心なんてわからないけど、俺にはもう相手の真意をポジティブに捉えることなんてできない。


「それと可能性で言うなら、手術をすれば助かる可能性はあります」


「ほんとですか!?」


 母が勢いよく立ち上がって担当医に詰め寄る。


「ただし、助かる可能性はとても低いです。たとえ成功しても、完治するかもわかりません」


 期待を裏切られた母は力が抜けたように椅子に座り込む。


「ですので、できることは三つです。一つは三年を使って助かる方法を探す。この場合は三年間入院してもらうことになります」


「家には帰れなくて、外にも……?」


 母が気力のない声で聞くと、担当医が頷いて答える。


「それが一番可能性が高いもので、二つ目が手術です。これはすぐに助かる可能性はありますけど、その分助からない可能性が高いです」


 俺としては生きるにしろ死ぬにしろ早い方がいいけど、おそらく手術にも大量のお金が必要になるだろう。


 たとえ助からなくても。


「そして三つ目ですけど、強一君の好きにさせることです」


「好きに?」


「はい。病は気からと言いますし、医者である私が言うべきではないのかもしれませんけど、『生きたい』という気持ちが強くなればなるほど、案外あっさり病に打ち勝ってしまったりするものです」


 一理あるかもしれない。


 そもそも俺は『生きたい』という気持ちがない。


 むしろさっさと死んで両親を楽させたいと思ってるぐらいだ。


 まあそんな俺を自由にさせたところで『生きたい』なんて思えるのか謎だけど。


「強一はどうしたい?」


 母が袖で涙を拭って俺に問いかける。


 俺の人生だから俺に決めさせたいのだろう。


「俺は……」


 そんなの決まっている。


 一つ目は無い。入院代が気になって仕方ないのに、無駄に延命して余計にお金を使わせるわけにはいかない。


 二つ目は論外だ。助かる見込みも少ないのに大金を使うなんてもったいない。


 だから最初から決まっている。


「最後くらいは家族と過ごします」


 そういうつもりは一切ないけど、馬鹿正直に「一番お金のかからないやつで」なんて言えるわけがない。


 母からしたら一つ目を選んで少しでも長生きして欲しいのだろうけど、これ以上の迷惑は俺が耐えられるかわからない。


「強一……」


 母が俺に抱きついてくる。


 母はたまにこうすることがある。


 大抵は俺に「強い身体で産めなくてごめんね」と謝りながら。


 別に母は悪くないのだから謝る必要はないのに。


「わかった。強一君の気持ちを尊重するよ。強一君は頭がいいから学校に行ってみるのもいいかもね」


「今更ですか?」


 俺は今十五歳で高校一年生の代だ。


 だけどもう五月も半ばで、今から学校に行こうと思っても来年になる。


「知り合いに学校の理事長をやってる人がいてね。事情を話せば編入できるかもしれないよ」


「……」


 正直めんどくさい。


 学校なんておそらく数えられるぐらいしか行ったことないし、どうせ行っても楽しいわけがない。


 それに、身体が持つかもわからないのに。


「もちろん強制はしない。選択肢の一つとして考えてくれればいいよ」


「母さんはどう思う?」


 俺個人の意見を言うなら行きたくはない。


 だけど今まで迷惑をかけてきた母が「行った方がいい」と言うなら従う。


「私は、強一と少しでも一緒にいたい」


「そう」


 これで俺は残りの人生を食っちゃ寝生活で終わらせ──


「──だけどね、先生が言ってくれたみたいに『病は気から』って言うし、変化は必要だと思うの」


 母が俺の肩を掴んで、俺の顔をまっすぐ見ながら言う。


「変化?」


「うん。ほとんどを病院で過ごしてきたけど、新しい空気に触れれば何かが変わるかもしれないでしょ?」


 母はどうやらまだ俺のことを諦めていないようだ。


 そんな『変化』だけで治ったら苦労はない。


 希望を持つのは勝手だけど、期待のし過ぎは叶わなかった時に後悔するだけだ。


 だけど……


「母さんがそう言うならそうする。時期的に奇異の目に見られるかもだけど」


「嫌ならすぐ言って。私は強一が身体を壊してまで学校に行って欲しいなんて思わないから」


「わかってる」


 高校なんて行く気はなかったけど、無為に時間を潰すよりかは少しでも両親にかけた迷惑の分は返す。


 本当は完治して、ちゃんと職に就いて俺にかけてくれたお金を全て返したいけど、それはできないからせめてものだ。


「それじゃあ話はしておくよ。少しでも異変があれば保健室に行けば私に連絡がくるようにしておくから」


「何から何までありがとうございます」


「いえ。私の力不足が原因ですので、これぐらいはさせてください」


 母の言う通り待遇が良すぎる気がする。


 俺を助けられない罪悪感からなのかもしれないけど、ここまでしてくれるものなのだろうか。


「案外、強一君が隣の席の女の子に恋をして、愛の力で病を完治するかもしれませんし」


「それはいいですね。強一はいい子だから隣の子じゃなくてもモテモテかもね」


「ないでしょ」


 冗談なのがわかっているから照れたりはしない。


 そもそも余命宣告をされてる俺が誰かを好きになるなんて有り得ない。


 どうせすぐに死ぬのに誰かを好きになっても仕方ないし、もしも両思いになってしまったら相手を悲しませるだけだ。


「恋に落ちる瞬間なんて誰にもわからないものだよ」


「そういうものですか」


 よくわからないし、多分一生わからないのだろうけど、心に留めるだけはしておく。


「一応言っておくけど、体育はできないからね?」


「まあそうでしょうね。そもそも学校まで歩けるかもわからないわけですし」


 俺の体力は同年代の体力の無い人の半分も無いと思う。


 ほとんどをベッドの上で過ごしていたのだから当たり前だけど。


「送り迎えは私がするわよ」


「母さんはせっかくなんだから少し休んでよ。病は気からかもしれないけど、体力だって必要なんだから歩くよ」


 事情が事情だから認められるだろうけど、さすがに高校生で母親に毎日送り迎えをしてもらうのは噂になる。


 こんな身体でいじめなんて受けたら死への秒読み待った無しになる。


「伊南さんのおうちからは近いので大丈夫だと思いますよ。もし駄目そうなら行きだけ送ってあげてください。帰りは教師の誰かに頼むということで」


「わかりました」


 まあそこら辺が妥協点だろう。


 もしもいじめなんか受けたら理事長とコンタクトの取れるこの人に言えばいいのだし。


「それでは諸々の準備が済みましたらご連絡します。六月までには終わるように手配しますので」


「本当にありがとうございました」


「いえ。定期的に通ってもらうことにはなりますけど、力不足ですいませんでした」


 担当医が土下座する勢いで頭を下げる。


「やめてください。先生のおかげで強一はこうして今も生きていられるんですから」


「それは私の力ではなく、強一君が頑張ったからですよ」


 俺は何も頑張ってないから、この先生の力だ。


 むしろ諦めていた俺をよくここまで持たせたものだ。


「先生、ありがとうございました」


「うん。これからの学校生活を頑張って」


「めんどくさくなって不登校になるかもしれないけど」


「その時はその時だよ。自宅療養でゆっくりしてなさい」


 学校に行くのだから、必然的にお金を使うことになる。


 入院費とどちらが安いのかは知らないけど、お金を払う分、不登校になって無駄にするつもりはない。


 だからとりあえずはやれることをやってみる。


 そうして話が終わり、ベッドに戻る。


 退院の日まではもう少しあるようなのでその間に学校のことを調べてみることにする。


 それと入院中にやることがなかったからやっていた勉強も本格的にやるようにした。


 そんな生活をしばらく続け、俺は久しぶりの家への帰路に着いた。


 そして更に数日が経ち、俺は新品の制服に袖を通した。

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