第23話 ドジを踏む

Side:クラッド


「ほら、みんな喧嘩せずに食え。美味いぞ」


 スラムの子供達に菓子を配る。

 盗んだ金だが気にしている子供も親もいない。

 なぜこんなことをしているかと言えば、厄落としだ。

 笑顔を見てから仕事に行くとドジを踏まずに済む。

 そういう縁起担ぎだ。


「ありがと」

「次は何時?」


「さあな、いつになるか分からない」

「待ってる」


「おう、俺らの無事を祈っててくれ」

「神様にお祈りする」

「俺も」

「私も」


 これで良い。

 何となく縁起が良いような気がする。

 さあ、美味しい獲物来い。


 いつも通り、道でゲームをする。

 駒を動かしながら、横目で獲物を物色する。

 いた、しかもお供がいない。

 若い女で、装飾品も豪華だ。

 きっと、周りの護衛を振り切って一人で買い物がしたかったはねっ返りだな。

 生意気そうな顔をしている。


 顎をしゃくるとゲームを見物しているふりをしてた空気が後を追い始めた。

 しばらくして俺達も後を追う。


 そして、なぜか女は路地へと入った。

 困惑した感じの空気に追いついた。

 みると女は猫に餌をあげている。


 なんだチャンスじゃないか。

 電光に手で仕草をすると、電光は素早く女に近づき、装飾品を奪おうとした。

 ところが電光は腕を女に掴まれ投げられた。

 そして、首を踏まれた。

 路地の両側が塞がれる。


 くっ、罠かよ。

 逃げようにも両側が塞がれている。

 俺は家の側面をよじ登って屋根に逃げた。


 ちらりと下に目をやると、空気と俊足が捕まっている。

 必ず助け出す。

 そう誓い、逃げる。

 幸い、屋根の上までは追ってこなかった。


 くそっ、誘われてたのか。

 普通なら、守備兵が使っている牢屋に手下は入れられる。

 今まで貯めて来た金があるスラムの家の床下を掘る。

 金貨、36枚か。

 足りるかな。


 悪徳守備兵を呼びだした。


「今日捕まった手下3人を脱獄させたい」

「金はあるのか。見張りの5人は買収しないといけない」

「ああ、これで頼む」


 金貨の入った袋を悪徳守備兵に渡すと、袋の口を開いてニンマリと笑った。


「よし、名前は?」

「空気、電光、俊足だ」


 そして、待った。

 だが待てども待てども、手下は帰って来ない。

 悪徳守備兵に言伝をするも返事はない。

 悪徳守備兵が捕まったというわけではない。

 奴が門番している姿を見かけたからな。


 取り締まりが厳しくて手が出せない。

 そんな感じの事情だろうか。

 じりじりと焦りがつのりながら時が過ぎていく。


 酒場に行く。


「注文は?」


 酒の気分じゃないが、頼まないと不審に思われる。


「エール」


 さあ、状況が分かる噂を喋ってくれよ。


「角の酒場に新しい娘が入った。凄い美人らしい」

「じゃあ、見に行かないと。でもお前の好みは独特だからな。泣いて見えるほどのたれ目が良いなんて」

「たれ目の何が悪い。守ってやりたいだろう」

「俺は目つきの悪い女が好きだな。そういう女が笑うとなぜか好きだ」

「お前の好みも人のことは言えないな」


 こいつらの会話は駄目だ。

 別のテーブルの声を聞き取る。


「商会首になって恋人に愛想を尽かされた」

「そういう時に去って行く女はろくなもんじゃない。早く分かってよかったんだよ」

「彼女はそんな女じゃない。俺に奮起するようにそう言ったんだ」

「未練たらたらだな。もう好きに考えろよ」


 こいつらも駄目だ。


「浮浪児が大人しくて助かる」

「死ぬ数も減ったな。だが死なないから数は増える一方だ」

「誰が養っているか知らないが、そのうち限界がくる」

「浮浪児スタンピードか。笑えない」

「悲惨なことになりそうだ」


 こいつらの話題も駄目だ。


「エール、お待ち。料理は?」

「今日はいい」

「しけてるね。こういう時こそパーっと行きなよ」

「そんな気分じゃない」

「好きにするさ」


 くそっ、こんな時に笑って酔えるかっていうんだ。


「物取りはちっとも減らないじゃないか。守備兵は何やっている」


 おっ、当たりか。


「仕事しているらしいな。見せしめの鞭打ちは毎週やっている。それなりの数がいるから、捕まえてはいるのだろう」

「スラムが改善されない限りは無理か」


 次の鞭打ちは明日だ。

 嫌な予感がする。

 初犯じゃ鞭打ち30回ぐらいか。


 それぐらいなら耐えられる。

 だが、次からはもっと厳しい。

 下手すると片手を落とされる。


 潮時かな。

 だが物取りをやめて何をする。

 前科持ちを雇ってくれる所はない。

 捕まってなくても、犯罪者が纏う雰囲気がある。

 そういうのは嗅ぎ付けられたりするものだ。

 甘くない。


 何か打てる手はないか。

 くそっ、こんな酒場じゃ駄目だ。

 守備兵がたむろしている酒場に行こう。

 エールを飲み干すと、酒場を出た。


 守備兵がたむろしている酒場は流石に繁華街でも場末じゃない。

 テーブルに着くと、すぐに注文を取りにきた。


「エール」


 ほんの1分ほどでエールが運ばれた。

 エールを一口飲み、良い噂を聞かせてくれよと祈る。


「空気、電光、俊足の奴ら、元締めの情報を喋らない」

「気にするな。明日の鞭打ちできっと死ぬ」


 いきなり大当たりだが、悪い方に大当たりだ。

 鞭打ちで死ぬ。

 なぜだ。

 30回ぐらいなら耐えられるはずだ。


 何か得体の知れない物が潜んでいる感覚に陥った。

 この噂を堂々と喋っているのは俺に対する罠か。

 そんな気がしてきた。

 自首すべきか。

 だが、それで赦して貰えるほど甘くない。


 その日、俺は眠りにつけず、次の朝を迎えた。

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