帝国の出来事
それは何も変わらない帝国のある日。
あまり人と話したがらない賢者リッカは人里離れた山小屋に一人過ごしていた。
一応役職柄呼び出しを受けると帝都に行かないと行けないが、この平和な昨今、そんなことはほとんどない。
本の山に埋もれて、昼過ぎに目を覚ますリッカ。
寝ぼけ眼を擦りながら、水魔法で顔を洗う。
ぼさぼさになっている長い髪をまるで気にしないのは女性としてどうなのかと思うが、この山小屋を訪ねてくる人はいないために本人はほとんど気にしていない。
そもそも寝間着のようにぶかぶかのローブを常に着ているために皺だらけなのだが、その格好で皇帝の前に出るくらいには身だしなみを気にしていない。
貴族たちはそんなリッカに憤慨するものの魔法の力があるために下手に逆らえなかった。
それに本人に権力の意識がないことがはっきりとわかるために貴族たちの争いに巻き込まれなかった、ということもある。
それもリッカの戦略という貴族もいたが、本人の見た目から次第にそんな声もなくなっていった。
下手なことはせずに食料や本を添えながら仕事の依頼をすればこなしてくれるために都合の良い便利屋くらいに思うようになっていた。
帝国を最強と知らしめている所以がリッカの存在と言っても他ならなかった。
「今日は……。あれっ? ドラゴン?」
ライゼンフィード帝国の西側にあるランデル山脈。
竜種が多数暮らしている人族未踏の山である。
その理由は当然ながら竜にある。
人の攻撃では届かないような上空を支配する種族。
強力な火炎攻撃と堅い皮膚、鋭い爪や牙を持っており、討伐難易度はA。
高ランク冒険者が複数で戦ってなんとか一匹倒せるかどうかの相手である。
その素材はかなり高価な値段で取引されていた。
依頼はそんな竜が多数住んでいるランデル山脈に行き、火竜を討伐してきて欲しい、というものだった。
「……いつもはこんな無茶な依頼、ないのに」
リッカほどの能力があれば確かにドラゴンは単独討伐が可能である。
ただし、それは一匹程度の場合に限られる。
「……隠密魔法を使って、火に対抗するために水魔法と風魔法で防壁を張って、まずは土魔法で羽を攻撃、かな?」
なんとかして集団から一体だけ引き離す方法を考えなくてはならないために色々と思考を巡らせていた。
「MP回復ポーションもいるかな。あんまり使いたくないんだけど……」
洗濯干しの代わりに使っている長杖を手に取り、魔力を高める宝石がつけられたネックレスを身につける。
「……これでいいかな? あとは看板を」
本来なら普通の住宅に『OPEN』とかの看板はつけられていない。
しかし、リッカは極力人と会わないようにするために、家を空けているかどうか、看板で表記していたのだ。
しっかりと『CLOSE』に変えたあと、ドラゴンがいる山脈へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
「はぁ……、はぁ……」
最強の魔力を持つ帝国の最終兵器であるリッカ。
彼女の致命的な弱点、それは体力がまるでないことであった。
高レベル帯であるからこそそれなりのHPは持っている。
しかし、戦闘職だとレベル10くらいのHPでもある。
そもそもHPと体力は別物で、いくらHPが高くても永遠に走れるようになるかと言われたらそんなことはない。
こればかりは日々鍛えているかどうかによるものなのだ。
そして、部屋に籠もりっぱなしのリッカは当然ながら体力がない。
山歩きなんてしようものなら瞬く間に息を切らすのは当然であった。
――貴重品に釣られて大変な依頼を選んじゃったかも。
この依頼を達成すれば長年探し求めてきた魔術書がもらえる事になっていた。
見たこともないタイトルだったためにリッカは二つ返事で即答していた。
でも体力が尽きた今、後悔が脳裏をよぎっていたのだ。
もちろんいくら後悔しても同じものを提案されれば、再び二つ返事で受けることは安易に想像が付く。
「はぁ……、頑張るしかないよね」
ため息を吐きながら山脈を上っていき、ようやく火竜の住処を発見する。
当然ながら火竜が一体だけ……。なんてことはなく、かなりの数が飛び交っている。
「……見つからないように」
隠密魔法を使い気配を消し、一匹を狙い撃つ。
たくさん飛び交っているために一匹が落ちたとしてもそれほど気にするドラゴンはいない。
むしろリッカが狙い撃ったのが小柄な火竜であったためにむしろあざ笑っている様子だった。
ただ、さすがはドラゴン。
リッカはほとんどの魔力を使い、なんとか討伐に成功するのだった。
◇◇◇◇◇◇
残った魔力でなんとかドラゴンを引きずりながら帝都へと戻るリッカ。
ただ、視界に帝都が入ったときに異変に気づくのだった。
「……燃えてる? 火事?」
帝都から黒い煙が立ち上っている。
一カ所ならただの火事の可能性が考えられたのだが、帝都の至る所から、燃え上がっていた。
「……!? もしかして攻撃? 誰が?」
防衛の要である自分がいないときに限って……。
ううん、もしかしてそれを狙ってきた?
そうなると火竜の依頼すらも罠、と言うことも考えられる。
確かこの依頼を出してきたのって……。
そんなことを考えているとリッカの前に魔族の男が姿を現していた。
「おや、あなたは?」
「ま、魔族!? ど、どうして!?」
「どちらでも良いでしょう。ただ生き残りは排除するだけです」
「……それはこちらのセリフ」
すでに魔力が尽きかけてたリッカは迷うことなくMP回復ポーションを飲み干す。
味の不味さなど気にしてる余裕はなく、次の瞬間に待ちうる最大の魔法を放っていた。
ただ、魔族もリッカに近い威力の魔法を放っていた。
魔法同士の衝突の際に起こった爆風をもろに受けてしまったリッカはHPMPともにギリギリの状態に陥り、そのまま爆風に飛ばされて意識を失いそうになる。
「これは中々威力のある魔法を放つのですね。……良い下僕になるかもしれません」
消えかける意識の中、リッカが最後に見たのは自分に隷属魔法を使う魔族の姿だった。
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