逃亡


 この映像は実際にこの少女、リッカが体験したものなのだろう。


 あまり人と接してこなかったからか、詳細はわからないが少なくともリッカがドラゴン退治で帝都を離れていた少しの間に帝国は落とされたこと。

 帝国の最終兵器とまで呼ばれた賢者リッカに匹敵する魔族がいたこと。

 その魔族によってリッカが隷属化させられた、ということ。


 その状況を鑑みて帝国を滅ぼしたのは魔族、という結論に至ったのだろう。


 仮にも魔王と呼ばれる存在が全勢力を率いて帝国に攻め入れば同様の結果は可能であろう。

 その想像はあながち間違っているとも言えない。


 どの国もそう考えているからこそ防波堤であるリンガイア王国が小国ながらも他国の侵害を受けなかったのだ。


 ただ、魔王の考えを聞いてから俺は考えを改めていた。



「それは本当に魔族軍だったのか?」

「……どういうこと?」

「リッカの見たのはあくまでも魔族一人だ。全軍を見たわけじゃないんだろう?」

「……でもあんなことをできるのは魔族しか」

「それならあとから聞いてみるといい」

「……一体誰に?」

「魔王だ」

「……っ!?」



 リッカは慌てて後ろにはね起きていた。

 鋭い目をして口を堅くかみしめている。



「安心しろ。お前には手出しさせない」

「……そんなことできるはずが」

「そもそも帝国を襲った犯人が知りたいのは俺も同様だからな。魔王が関与していたのかどうか、わかるのはお前くらいだから」

「……わかった」



 リッカは不服そうにしながらもなんとか頷いてくれる。



「それなら一応リッカも俺の領へ連れてきていいか確認しておく。それでいいか?」

「……んっ」



 一応話がまとまったようだ。



「ところで、魔族に隷属化をさせられたんだよな? それがどうして人間のカインやエミルに付き従っていたんだ?」

「……?」



 リッカは首をかしげていた。



「……私、人間に隷属してたの?」

「いや、見てのとおりだったぞ?」

「……ほとんど記憶ない」



 どうやら本当に訳が分からない様子だった。

 こうなってくると一度カインたちにも話を聞く必要があるかもしれない。

 一応向こうはリンガイア国王が尋問の手配をしてくれていると聞く。


 というか俺も見知ったカイエンがしてくれるので安心していた。




 ◇◇◇◇◇◇




「どうだった? 何かわかったか?」



 リンガイア国王に会うと彼は食い気味に聞いてくる。

 ただその様子だと向こうも何も情報を得られなかったのだろう、ということが想像できる。



「リッカを襲った相手が魔族だった、くらいか?」

「魔族領から出た魔族は魔王くらいしかいないはずなんだけどな」

「やっぱりそうだよな? 一応魔王にうちの領へ来てもらうように話をしている。そこで詳しく聞いてみようと思っているが……」

「……来れるのか?」



 リンガイア国王は結界のことを言っているのだろう。



「そのことをすっかり失念していてな。もう連絡を送ってから気が付いたんだ。まぁ連絡が取りあえるならまた連絡してくるだろうし、その時は大森林ででも会うよ」

「それがいいな」

「それでそこへリッカも連れていきたいんだがいいか?」

「……そうだな。彼女は伯爵に任せるのが一番だと思っていた。でもリフィルのことをないがしろにしたら……」

「ないがしろ? 別にリフィルはいつも通りだぞ?」

「はぁ……、大森林のことを頼んだのは私だが、もう少しは身元を固めるほうも考えて欲しいところだな」

「しっかり固められるように今も城壁を建築中だぞ?」

「そういうことじゃない。まぁ、悪い虫がつかないようにこちらでも見繕っておく。リフィルが正妻としても数人は妾を用意しておかないと。それを考えると賢者殿が一番いいか? 帝国は滅んだわけだから間者の心配はないのだから……」



 国王はぶつぶつと考え始めてしまった。



「それでエミルたちはどうしてるんだ?」

「今はカイエンががより詳細に聞き出せないか尋問しているところだ」



 そんなときに大慌てでカイエンが入ってくる。



「申し訳ありません、国王様。かの者たちが脱走してしまいました」

「な、なぜだ!? お前が尋問していたのではないのか?」

「実は侵入者を捕らえたと報告を受けまして、いったん尋問を終えそちらの対応をしている隙に……」

「そんなものがいたのか!?」

「いえ、それが……」



 カイエンが言いにくそうにしている。



「侵入者を捕らえた場所には何もなく、慌てて戻ってきたらかのありさまでして……。言い訳しようもありません」

「……ちょっと待て。もしかしてリッカも?」

「そちらは今確認しに行っております」



 しばらくして兵が部屋に入ってくる。

 その隣にはリッカの姿もあった。



「……なにかあった?」

「侵入者らしい。心当たりはあるか?」

「……?」



 どうやらリッカには心当たりはないらしい。

 そもそもリッカも仲間なら能力を考えるとまずリッカを開放するだろう。

 そもそも仲間を隷属化するとも考えにくいし、本当に使い捨てだったのだろう。



「一応リッカはしばらく俺が面倒見ることにします」

「それがいいな。カイエンはやつらの足取りを追え」

「はっ!!」



 本来なら物語のメインキャラで輝かしい未来が待っていたはずの二人。

 そんな彼らにいったいどんな闇があったのだろうか?



「そういえばバーンズは奴らのことを知ってるんじゃないか?」



 裏切られはしたが、俺の領地へ来るときは共に行動をしていたわけだし、そもそも同じメインキャラだ。



「俺も孤児院のために仕事を斡旋してもらっていただけだからな。そういえばなんか不思議な仕事が多かった気もするが」

「不思議な仕事?」

「いや、中身の分からない袋包みを持っていってほしいとか、割高料金で買っても余るほどの金を渡されてのお使いとかだな。どう考えても俺に有利だったからあいつらも孤児のために力を尽くしてくれたんだな、って思っていたが」



 普通のお使いクエストなのだが、なんだろう? 怪しい仕事を頼まれているように思えるのだが……。

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