闇商人

 シロに案内された先にいたのは確かに商人であった。


 道具屋の息子、カイン。

 メインキャラの一人である。

 腹黒商人と称される常に笑顔を見せてくるキャラ。

 愛くるしい顔と裏腹に王国の裏商人を束ねる闇の側面も兼ね備えている人物である。



 確かシロの話だとドゥーレという名の商人が来たという話だったが、もしかして偽名を使っているのだろうか? いや、そういうことじゃないな。おそらくは聞き違えていたのだろう。



 目の前に現れたことと彼が持ってきた商品に一瞬だけ眉を潜ませる。

 もちろん人の機微に鋭いカインがその一瞬を見逃すはずもないのだが、見なかったことにしていた。



「これはこれはテオドール王子。わざわざお目通りさせていただきありがとうございます。ご機嫌のほどはいかがでしょうか?」

「前置きはいい。俺はすでにリンガイア王国の貴族なのだ。もう王子でもない」

「いえ、我々アルムガルド臣民にとっては王子はどこに行かれても王子なのですよ」



 大げさにリアクションを取りながら言ってくる。

 ここまで盛り立てられたら人によっては良い気持ちになり気前よくなんでも買ったりするのかもしれない。


 ただ、こいつの本性を知っている俺からすれば今の台詞も『お前はどこにいても嫌われ王子だ』と言われているような気持ちになる。



「それよりもその馬車に乗せてるものは?」

「こちらは本日、わたくしめがテオドール様にご紹介したいものになります」



 カインが大げさに見せてきたのはすっかりやせ細っているて、目に光がともっていない、この世に絶望していそうな子供たちであった。



「……リンガイアで奴隷の売買は禁止されているが?」

「えぇ、えぇ、そちらは十分に承知しております。ですが、奴隷ではなく職の斡旋をしてお金をいただくことは禁じられておりません故に」

「それなのに奴隷商人を名乗ったのか?」

「相手に理解してもらうにはわかりやすさが必要なのですよ」

「その子たちは本当に職を求めてるのか?」

「もちろんですよ」



 笑顔で表情一つ変えない。

 元々口がうまい商人であるために、俺が勝てる道理もない。


 おそらくは堂々と奴隷として攫ってきて売っているのだろうが、その証拠がなければ指摘することもできない。


 今ここで彼に対して何か言えることはないのだ。



「……わかった。一人当たり銀貨五枚でいいか?」

「金貨一枚になります」



 実に二十倍の金額を提示される。

 さすがにそれには俺も渋い顔をする。



「いくらなんでも高すぎないか? 職の斡旋だろう?」

「こちらも危険な街道を通ってここまで来ておりますので」

「それはそちら都合ではないか? 売れなかったらどうするつもりなんだ?」

「その時は別途大口顧客がおりますので」



 リンガイアの近くとなると魔族領かナノワ皇国の二択になる。

 ただ、ナノワ皇国に奴隷を連れて行っても売れるとは思えない。

 そう考えると行先は魔族領になるのだろうか?



「大銀貨一枚」

「大銀貨八枚でどうでしょうか?」

「二枚だ」

「大銀貨六枚です。これ以上は下げられませんよ」

「……わかった。四枚」

「仕方ないですね。王子とはこれからも良い関係でいたいですからそちらの金額で構いませんよ」



 正直高い買い物ではあるが、食べていけない子供を見ているとそのまま放置する、ということもできなかった。


 カインはにっこり微笑むと奴隷たちを全員下ろしていく。

 そして、金を受け取ると頭を下げて去っていった。



 その様子を見送りながら俺はつぶやく。



「……クロ」

「なんにゃ?」

「今の男、後をつけられるか?」

「もちろんにゃ」

「なら頼む。良くない奴らとの付き合いがありそうだ。ただ、自分の身を一番に案じてくれ」

「わかったにゃ。頑張るにゃ」



 そういうとクロはすぐさま気配を消し、カインのあとを追いかけて行った。




 ◇◇◇◇◇◇




「さて、みんなを買ったわけだが……」

「ひぃ……」

「こ、この人って嫌われ……」

「ま、まだ死にたくないよ……」



 子供たちの方を向くと彼らは悲鳴を上げる。

 流石にもう言われ慣れているが、やはり事情の知らない相手からは散々な言われようである。



「大丈夫ですよ、テオドール様はみなさんを……」

「いや、説明より先に……」

「肉にゃーーーー!!」



 なぜかシロが大声を上げる。

 するとその瞬間にぞろぞろと領民が寄ってくる。



「もう肉の時間か?」

「新しい人が増えたのか?」

「……おにく、すき」



 どちらかといえばこの子たちに食べさせようと思ったのだが……。



 思わず頭を抱えてしまう。



「お肉って食べられるの?」

「き、きっと私たちがお肉にさせられるんだよ」

「た、助けて、お兄ちゃん、アミルちゃん」



 子供たちが肩に身を寄せ合う。

 その時に聞き覚えのある名前が聞こえる。



「なんだ、アミルを知っているのか?」



 リフィルの後ろからアミルが姿を現す。

 そして、子供たちを見て目を大きく見開く。



「み、みんな、どうしてここにいるのですか!?」

「アミルちゃんこそ」

「私はお兄様と一緒にテオドール様に交渉を……」

「アミルちゃんが無事ってことは……」

「俺たちも助かるのか!?」



 子供達の目に光がともる。



「助かるかどうかはお前たちしだいだ! とりあえず料理を準備してやるからその間に川で体を洗ってこい。リフィル、服って余っていたか?」

「いくつかならありますよ」

「それなら当面はそれで賄うしかないな」



 家の方は……もう子供たちの仮設住宅建設が始まっていた。

 食事の時までには完成しているだろう。



「一応アミルが色々と教えてやってくれるか? 知り合いならその方がいいだろう?」

「わ、わかりました。で、では、ついてきてください」



 アミルにぞろぞろとついていく子供たち。

 正直、奴隷売買に手を出すのはどうかとも思ったが、下手に『大口顧客』とやらの場所へ行かれなくてよかったと思うべきだろう。



「そういえばバーンズがアルムガルドへ行ってるのってこの子たちを連れてくるためなんだよな? ……アルムガルドの方でもきな臭い動きがあったのか?」



 バーンズが知れば激怒しそうなのだが?



「クロが何か掴んでくれるといいな……」



 猫人族の中でも気配を消すのが得意なクロ。

 動きも素早いのでよほどのことがない限り問題はないと思うが、どうしても不安は消すことができなかった。




 ◇◇◇◇◇◇




 余っているワイバーンの肉を使い、今日もパーティーを開いていた。

 名目はなんでもいいが、『孤児たち救出パーティー』あたりで良さそうだ。


 人が増えてきてからは食べ始める前に俺が前に出て一言言わないといけなくなっていた。


 正直好き勝手に食べてくれたらいいのにな。


 そんなことを思いながらコップを手に持ち、みなの前に立つ。



「今日はこの領地に新しい仲間が加わることになってくれた。みんな、仲良くしてくれ」

「うおぉぉぉぉぉ!!」

「肉だぁぁぁぁぁ!」

「酒だ、酒だ!」



 たったその一言なのに歓声が上がる。

 その声に孤児たちは怯えていた。



「い、いったい何が始まるの?」

「なんか怖いよ?」



 孤児たちに注目が集まる。



「まぁ、慣れるまでには時間がかかると思うが、とりあえず気にせず好きに飲み食いしてくれ」

「えっ、いいの!?」

「待て。そんな都合のいい話なんて……あいたっ」

「テオドール様がそんなことするはずありませんよ!」

「はははっ、毒なんて入ってないから安心するといい」



 俺が直接肉を渡していく。


 ただ、肉と俺の顔を見回して、なかなか食べようとしない。



「……いらない? たべようか?」



 スズが孤児たちの肉を手に取ろうとする。

 いつもなら注意をするところだが、今回は良い仕事をしたと褒めてやりたかった。


 肉を取られないようにさっと口の中へと放り込んでしまう。

 食べちゃった、という驚きの表情を浮かべていたが、それでも動かす口は止まらない。

 結局丸々食べきるまで孤児たちは何も言わなくなっていた。



「おいしい」

「本当にいくらでも食べていいの!?」

「そんなの嘘に決まってるだろ? あれ一つもらえるだけでも……」

「なんだ、それだけでいいのか? 次の肉を用意してきたのに……」

「食べるー!!」

「……おにく」



 結局孤児たちは腹いっぱいになるまで食事をし、領民たちと楽しそうに会話をして、ここの雰囲気に馴染んでくれたようだった。




◇◆◇◆◇◆




「本当に夢じゃないのかな?」



 孤児の一人が与えられたベッドで横になりながら呟く。


 今まで生きていくことにやっと。

 満足に食事も取れなかったのに、奴隷として売られて行った先で満足できるほどの食事を与えられるなんて思っても見なかった。


 誘拐されて奴隷落ちした人間は、良くて貴族ぶたの餌に。悪いと嗜虐の対象として弄ばれると聞く。


 もう自分たちは死ぬしかないんだ、と人生に絶望していた先の出来事だったのだ。



「俺は夢でもいいぞ!」

「そうだね。こんなに幸せな夢なら……」

「そんなことを言ってると明日から大変ですよ」



 アミルが笑いながら言う。



「や、やっぱり、ただ飯させてくれるだけじゃないよな」

「わ、私たち、何させられるの?」

「太らせて、貴族ぶたの餌に?」

「大丈夫ですよ。テオドール様に任せておけば痛いことなんてされませんから」

「や、やっぱり私たちを食べるつもりなんだ……」

「で、でも話に聞いてた貴族ぶたさんよりはマシ……かも」



 これからも食べ物を与えられて、寝るところも与えられる。痛いこともしないなら多少性的なことをされても……、と孤児たちは考え始めていた。



「あ、あれっ? そ、そういう意味じゃないですよ?」



 アミルはどうしてそんな話になっているのかわからずに困惑する。

 ただ孤児たちは今日のお礼をしようと固く決意して眠るのだった。

 そして翌朝。



「テオドール様、私たちの体、好きにして良いですよ」



 テオドールとリフィルがいる前で孤児たちがそう言ってのける。


 その瞬間にリフィルの表情が固まり、笑顔のまま「テオドール様? 一体どういうことですか?」と無言の圧をかけてくる。


 その迫力は魔王のそれを遥かに上回り、弁明するだけで半日が潰れてしまう。

 そして、孤児たちにはリフィルによる教育が行われるのだった。

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