畑の作物
「テオドール様、本当に二つ返事で承諾してもよろしかったのですか?」
バーンズと会った夜、私室にいる俺を尋ねてきたリフィルが聞いてくる。
「さすがに俺が去った後、アルムガルドの孤児院がそこまでひどい状態になっていたとは知らなかったからな」
「ですが、なにやら悩まれていた様子ですが……」
「それは……」
バーンズから聞かされた話は俺の想像をはるかに超えるものだった。
「まさかあの
ろくに食べるものがなく、飢餓が進んでいた貧困街。
自分たちが食べていくこともできないのに孤児たちに食事が与えられることもなく、それをバーンズが何とか差し入れで飢えさせずにいたのだが、さすがに一人で十人以上いる孤児の面倒は見切れなくなったのあろう。
そもそもバーンズ自体もまだ学生の身分なのだ。
その授業をさぼり、金稼ぎに走っているせいで不良として扱われるのだ。
もちろん、本人の人を射殺すような目つきの悪さも相まっているのだが。
原作だと聖女がバーンズの力になり、彼女の献身的なサポートも相まって孤児たちは独立していくのだが、今回聖女はバーンズのところには行っていない。
主人公に選ばれなかったメインキャラは自身の抱えている問題を解決できずに思い悩んだままなのだろう。
更には原作では書かれていなかったが、リンガイアの貧困街では誘拐事件が多発しているらしい。
そこで攫われた人間はそのまま奴隷商に売られているようだった。
そもそも表向きは奴隷は禁止されているので、目立つところには奴隷商はないのだが、細い路地を入っていけばすぐにでもそういった裏の店が見つかる。
役人とも繋がっているらしく壊滅させるには至らなかったのが心残りでもあった。
「でもこの領地もまだ開拓したばかりで食事もテオドール様の資産で賄っているのが現状ですよ? 確かにあの時の大量の魔石でそれなりに蓄えはありますが、人数が増えてしまっては……」
「そこだな。何かをしようとしてもまず食糧問題を解決しないといけない。ただ、こればっかりは時間がかかるからな」
更にこの領地が不毛の地であることで、どの程度の作物が見込めるかもまだ不明である。
そのあたりの見込みがつかない限りは先に進めないのだ。
「そこはやれることをしていくしかないだろうな。バーンズが連れてくる孤児たちもそれぞれでできることがあるだろうし、協力してもらえばいいさ。あとは近々くるという商人から家畜たちの購入も頼めたら、年々食糧事情は解消されていくだろう」
それに今回ワイバーンを倒せたのは大きかった。
表面は
それなりに巨体であるために数日分くらいの食料を賄うことはできるだろう。
ただ、それ以上となると腐敗が進んでしまうためにもったいないが、食べきれない分は破棄するしかない。
こんなときに冷蔵庫の類があればいいなと思えるが、あれはかなり高価な魔道具である。
そんなものを作れる人間なんて……。
一瞬リュリュの姿が浮かぶが、それと同時に貴重なワイバーンの肉が吹き飛ぶ姿をも想像してしまう。とにかくこれはなしだな。
「待つしかできないなんて煩わしいですね……」
「……あっ、そういえばさっきミューが俺のことを呼んでいたんだったな」
ワイバーン騒動ですっかり忘れてしまっていた。
それはリフィルも同じだったようだ。当人のミューですら忘れている様子だったが。
「明日辺りには様子を見に行くか」
「はいっ!」
◇◇◇◇◇◇
翌日、俺から快諾がもらえたバーンズは孤児たちを迎えに行くために朝早くから出て行った。
アミルはこの領地に残していくようで、一応俺たちの館のメイド見習いとして働いてくれることになった。
とはいえ、メイド自体がアミルしかいないのだが。
「が、がんばります!!」
気合を入れるその姿は愛らしく、良い癒しとなってくれるだろう。
そして、俺は当初の目的通り、リフィルとアミルを連れて畑へとやってきた。
すると農家の人たちの他に猫人族の面々が畑の手伝いをしてくれているようだった。
「……おにく、きた」
スズが俺の顔を見た瞬間に傍に近づいてくる。
ただ、その言い回しだと俺が肉のようだぞ?
「今日は畑の様子を見に来ただけだ。肉なら昨日散々食っただろ?」
昨晩はワイバーンの肉を使ったバーベキューを領民全員で行っていた。
そのときにみんな腹いっぱいの肉を食っていたはずなのだが。
「……足りない。もっと」
「まだ余ってるから昼飯も肉にしてもらうといい」
「……嫌われ、好き」
スズが飛びついてくる。
どう考えても飯につられてるだけのペットにしか思えない。
ただ、俺の前にリフィルが立ちふさがっていた。
「ご飯ならあとでアミルが作ってくれますよ。ねっ?」
「えっ? あっ、はい。頑張ります!!」
「……肉メイド」
それだと別の意味に聞こえてしまいそうだが、スズはそのような意図で言っていないことは明白である。
「ふぇぇぇ!? お肉焼く以外にもお仕事しますよ!?」
「……魚も焼く?」
「り、料理から離れてください!!」
なかなか楽しそうにじゃれあっている二人をそのままにして俺は畑の方へと歩いていく。
目に入った瞬間にその異変には気づいていたが、一応見なかったことにしていた。
ただ、目の前まで行くとさすがに幻ではないことに気づく。
「……どうしてこんなに成長してるんだ?」
つい数日前に耕し始めてもらったはずの畑にはたくさんの作物が出来上がっていた。
この世界だと作物はすぐに育つものなのだろうか?
思い返せばゲーム中には作物を育てる描写は一切なかった。
つまりこの速度が普通の可能性も……。
「あっ、テオ兄ちゃん、来てくれたんだ。見てよ、これ。なんか急成長してさすがに変じゃないかなって呼んだんだよ」
どうやらこの現象は普通じゃないようだった。
さすがに謎の成長を遂げる作物を食べるわけにはいかないしな。
「……おいしかった」
「もう食べたのかよ!?」
スズがよだれを垂らしながら畑を見ていた。
「特別なことはしてない……はずなんだけどな。付与魔法を使ったくらいだろうか?」
「それじゃないの?」
「いや、でもそんなこと誰でもできることだろ? それで成長するならみんな付与魔法を使ってるはずだ」
「えっと、確か付与させられる魔法って自身の持っている属性だけ、でしたよね? テオドール様なら『支援』と『回復』……」
「そうだな。だからこの土地は瘴気を払うために回復魔法を付与させて……」
「回復魔法って確か傷を癒すための成長促進もなかったですか?」
「あぁ、そうだな。……ということは土地に成長魔法を付与したら食料については……」
「これ以上早く成長しちゃったら収穫が追い付かないほどですね……」
リフィルが乾いた笑みを浮かべている。
思いもかけずに食糧事情の問題が解決してしまうのだった。
「……やさいよりおにく」
相変わらず食い意地の張ったスズである。
ただそのタイミングで猫人族のシロが駆けてくる。
「テオ様にお客さんにゃ!」
「客? 一体だれが来たんだ?」
俺を訪ねてきそうな相手なんて数えるほどしかいない。
公爵かそれとも……。
「商人って名乗ってたにゃ! たしかドゥーレの商人って言ってた気がするにゃ」
「商人か……。それなら公爵が呼んでくれた人だろうな。わかった、すぐに行く」
これで少しは便利な道具が買えると良いのだけど。
そんなことを思いながら俺はシロの後を追いかけるのだった。
◇◆◇◆◇◆
孤児を迎えに来たバーンズだったが、アルムガルド王国の王都へたどり着くと愕然としていた。
孤児たちが住んでいたはずのボロ小屋は壊されており、中を探しても誰もいなかった。
「お、おい、お前たち、どこにいるんだ!?」
がれきと化しているボロ小屋を必死に掘り起こす。
幸いなことに子供たちの姿はそこにはなかった。
ただそうなると別の問題が姿を現す。
一体子供たちはどこに行ったのか?
たまたまみんな外出していた?
いや、そんなことあるはずがない。
一人二人ならまだしも十人以上いるんだぞ?
全員がまるで図ったようにここを出るなんてそんなこと……。
「も、もしかして誰かに連れ去られたのか!?」
焦る気持ちのまま周りを見渡す。
貧困街であるがゆえに誰もボロ小屋のことなんて気にしていない。
それどころかもしここに何か金になるようなものでもあれば一瞬のうちに漁られていただろう。
もちろんここにそんなものがあれば、一瞬のうちに食材へと姿を変えているだろう。
ボロ小屋のことなんて気にしていないだろうから、誰が連れ去ったのか、判断がつかない。
「ど、どうやって探したら……」
せっかくテオドールと交渉して皆連れて行けるようになったのに……。
悔しさで口をかみしめる。
いや、大丈夫だ。おそらくは奴隷商が無理やり誘拐したのだろう。
それならばこの辺りにある奴隷商を片っ端から襲えば……。
そんなことを思ったタイミングで笑顔の少年が近づいてくる。
「やぁ、バーンズ。そんな慌ててどうしたんだ?」
「……誰だ、お前?」
「嫌だなぁ、おんなじ学園の生徒だよ?」
「あいにくとほとんど行けてなくてな」
「しょうがないよね。それならあたらめて自己紹介をしておくよ。僕はユミル。しがない学生だよ」
「それでその学生がこんなところにいったい何の用だ? 俺は忙しい」
「わかってるよ。ここにいた子たちだよね? もうずいぶんと前に奴隷商が運んでいるところを見たよ?」
「ほ、本当か!? 一体どこに!?」
「詳しい場所はわからないけど、南の方へ行ったんじゃないかな? 例えばリンガイア公国とか?」
「こ、公国に!? なぜだ」
「それはもちろん、最近の貧困街での誘拐騒ぎが公国の仕業だった……ってことじゃないかな?」
ユミルがにやり微笑むが余裕のないバーンズがそれに気づくことはなかった。
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