猫人族

 ご飯の美味しそうな匂いが漂い始めるとようやく猫人族の面々が目を覚まし始めていた。



「お腹減ったにゃー」

「ここはどこにゃ?」

「うちらは何をしていたにゃ?」

「……おなかすいた」



 まるで記憶喪失みたいなことを言い出していた。



「目が覚めたのか?」

「あっ、お前は人間!?」

「う、うちらをどうするつもりにゃ!?」



 一応襲ってきた、という話をガンツたちから聞いたので全員拘束はさせてもらっている。

 これは応急処置的なもので、敵意を向けなくなったら解放するつもりではいたのだが……。



「別に何もするつもりはない」

「嘘にゃ! 人間は嘘つきにゃ!!」

「人間はみんな変態だって聞いたにゃ!!」



 なんだろうか……。

 あまりにも騒がしいなら森へ帰した方がいいような気がしてくる。



 少し冷ややかな視線を猫人族に送ると、彼女らから悲鳴が上がる。



「ひぃっ!?」

「恐ろしい目にゃ!? あれはきっとうちらを食べるつもりにゃ」

「食べられる前にいっぱいのお肉を食べたかったのにゃ……」



 そんな怯えられるような態度をとっただろうか?

 不思議に思っているとミューが肉を手にやってくる。



「嫌われお兄ちゃん、どうしたの?」

「やっぱり嫌われなのにゃ」

「奴隷に重労働を課してご飯すらくれないあの嫌われ王子なのにゃ!?」

「獣人を生きたまま食べるって噂なのにゃ」

「綺麗なまま死にたいのにゃ」



 一体どんな噂だよ……。



 あきれ顔になりながら俺はミューに注意する。



「さっき呼び方変えるって言ってただろ?」

「あっ、ごめんなさい。テオ兄ちゃん」



 今度はニュアンスの方もばっちりだった。



「それよりわざわざどうしたんだ?」

「ごはんの準備ができたから呼びに来たんだよ」

「そうか。わざわざありがとな」



 ミューの頭を撫でると彼女は嬉しそうに目を細めていた。



「嫌われ王子は案外ちょろいのにゃ?」

「騙されたらダメなのにゃ。うちらをご飯にするつもりにゃ」

「ごはん……、おにく……」



 すでに猫人族の数人がよだれを垂らしている。



「それでお前たちはどうする? 一緒に食うか?」

「うちらは誇り高い猫人族にゃ! 誘惑には屈しないにゃ!!」

「うちはお肉、大きいところにゃ!」

「待つにゃ! うちが先にゃ!!」

「……うまうま」



 一人だけ抵抗している猫人族がいるものの後は全員、飯に意識が向いているようだった。



「嫌われ王子のことにゃ。期待させておいて食べさせない気なのにゃ!」

「……うまうま」

「って、もう食ってるのにゃ!?」

「別に襲ってくるつもりがないのなら、なにかしようとも思っていないからな」

「うー……、ね、猫人族の誇り……」



 最後の一人もついには肉の前に屈伏してしまうのだった。




 ◇◇◇◇◇◇




「食いながらでいいから教えてくれないか? どうしてガンツに襲い掛かったり俺たちを敵だと思ったんだ?」



 猫人族はお互いの顔を見た後、それぞれが思いのたけをぶつけてくる。



「集落が炎に飲み込まれて逃げてたのにゃ」

「突然魔族が現れて、森を爆発させてたら攻撃するにゃ」

「……うまうま」

「きっと魔族が森に火をつけたのにゃ。それしか考えられないのにゃ」



 要約すると『魔族が襲ってきて大森林に火をつけたから、攻撃した』ということらしい。


 まさか森の爆発が火をこれ以上広げないためにしていた、とは考えられなかったのだろう。



「爆発させたら火が消えるのかにゃ?」

「訳がわからないにゃ」

「……にくうまー」

「人はいつも獣人をさらうにゃ。敵だにゃ」


「なるほどな。気づかなかったのなら仕方ないだろう。ところでお前たちはこれからどうするんだ? 大森林に戻るのか?」



 俺の言葉に猫人族の動きが止まる。



「えっと、その……」

「集落、燃えちゃったにゃ……」

「ご飯もないにゃ」



 やはり状況は戌人族と同じようだ。



「お前たちが良かったらこの領地に住むところを用意しようか? もちろん唐突に襲わないことは約束してもらうが」

「やっぱり奴隷として捕まえる気だったのにゃ!?」

「テオ兄ちゃんはそんなことしないの!! なんていったって嫌われ王子なんだからね!!」



 いや、だからそれは誉め言葉じゃないぞ?



 あきれ顔の俺に対して猫人族の皆はひそひそと話し合う。



「もしかして、人間の『嫌われ』って良い人って意味なのかにゃ?」

「きっとそうにゃ。意味が違うから騙されたのにゃ」

「それなら安心できるかにゃ?」

「……おなかいっぱい」



 内緒話が終わると俺の前に猫人族の皆が並ぶ。



「うちはこの猫人族をまとめるリーダーにゃ!」

「うちのリーダーにゃ!」

「……おにく」

「うちもリーダーにゃ」



 自己紹介してくれているのだろうけど、長が三人と肉が一人という訳の分からないことになってしまっている。



「もしかして、猫人族は名前を付けないのか?」

「名前? そういえばなにかあったのにゃ」

「もう忘れたにゃ」

「使わないからいいのにゃ」



 思わず頭を抱えたくなる。

 でも、新しくつけたとしても覚えていられないなら意味がなさそうだった。


 さすがに猫人族全員にはつけられないが……。


 少し考えた俺はミューがつけていたリボンに目が行く。



「そうか……。これならいけるか?」

「にゃ?」



 不思議そうにしている猫人族たち。

 そんな彼女たちをよそに俺は一度館へと戻ることにした。




 ◇◇◇◇◇◇




 戻ってきた俺が手に持っていたのはたくさんのアクセサリーだった。

 リボンなどたくさんの装飾品。


 それを猫人族一人一人に配っていき、それにちなんだ名前を付けていく。



「うちはシロにゃ!」

「うちはモモだったにゃ」

「……おにく」

「あんたはスズなのにゃ。うちはクロだにゃ」



 約一人、怪しそうな猫人族がいるものの、とりあえずはみんな名前を憶えてくれたようだった。



「猫人族を代表してシロが言うのにゃ。これからは嫌われに付いていくのにゃ」

「ご飯貰うのにゃー」

「……寝るー」

「はぁ……、俺についてくるのはいいが、何もない領地だからな。仕事も手伝ってもらうぞ?」

「もちろんにゃ!」

「ご飯のために頑張るにゃ!!」

「が、がんばりますです。にゃ?」

「いや、ミューは真似しなくていいからな」



 こうして一夜にして俺の領地に猫人族と戌人族が加わることになるのだった。




 ◇◇◇◇◇◇




 たくさんの種族が加わったことで領内の発展が更に加速していた。


 まず戌人族だが、やはり穴を掘ることに優れているものが多く、道路整備の手伝いをしてもらっている。これによってゆっくりとだが上下水完備の道路が徐々に出来上がっている。


 住宅と違い、完全に人の手によるものなのだが適性があるとこうも速度が違うのだなと感心させられていた。


 そして、猫人族。

 彼女たちは自由奔放な性格をしているために、一か所にとどまるということはなかったが、何でもできる器用貧乏であったために、その日の気分でいろんなところの仕事をする何でも屋として活躍してくれている。


 更に全員がアルムガルド王国によってひどい目に合わされたからか、特定の誰かを虐めることなく、みな協力して領地発展に力を注いでくれている。



 一方の俺は……というと。



「なんか日に日に土玉の量が増えてないか? 魔力の限界が来たら休めって言わなかったか?」

「ち、ちゃんと休んでますよ? き、昨日も二時間も寝ちゃいましたから」

「……それは休んでるとは言わないぞ。リュリュ、今日からシィルがちゃんと早くに寝るか見張っててくれ」

「わかった!!」

「うぅぅ……、そんなことをしてたら作るのが遅くなって……」

「それよりもお前の体調が心配だからな」

「わ、わかりました。明日から頑張ります」

「……今日からだぞ?」



 本当にわかったのか不安になるところだ。

 今も土玉で城壁を作っているのだが、完全にシィルの土玉頼りになっている。


 そのおかげで街を覆う分の小さめの城壁はすでに完成している。


 今は領地全体を覆うための城壁づくりの最中だった。

 それもアルムガルド側の四分の一はすでに完成しているのでいきなり襲われたとしても問題なさそうである。


 魔王の一戦以降、領内で戦闘訓練をしている姿も度々見かけるようになった。

 特に身体能力に優れる獣人たちは積極的に参加しているようで、『打倒聖女』を掲げている。


 まぁ、勇者らしい行動は本人たち以外にはただの迷惑行為でしかない上に大森林に火をつけて殺されかけた、とあっては恨まずにはいられないのだろう。


 ただ、色んな種族の連合軍が「聖女を倒せ!」と言いながら訓練をしていると悪役にでもなった気分になる。



「いや、俺は最初から悪役か……」



 思わず苦笑すると腕を掴んでいるリフィルがギュッと体重をかけてくる。



「テオドール様は良い人ですよ。そうじゃないとみんな、ついてきてくれないですよ」



 また鼻の先で褒められると流石に恥ずかしくなり顔を背けてしまう。

 すると、その瞬間に後ろから何かに飛びつかれる。



「テオ兄ちゃんだー!」



 飛びついてきたのはミューだった。



「どうかしたのか?」

「畑の人がテオ兄ちゃんを呼んできてって言ってたの」

「それならすぐ行くか?」



 ミューを背負ったまま行こうとしたのだが、その時王国の方から向かってくる二人の人影を発見する。

 巨大な空飛ぶトカゲ……、ワイバーンに追われているその人物の片方はゲームで見たことがあるキャラだった。



 常に不機嫌そうで他者を威圧している強面男子。

 その割に仲間思いと評判のメインキャラ、バーンズだったのだ。


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