帰還

 魔王は「また来る」という言葉を残して、消え去っていた。


 そして、俺たちもまだまだ火の手から逃れたとは言い難い場所であったために領地の方へ急ぎ戻って行く。

 すると火避地を超えた先で泣きながらルーウェルを叩くリフィルの姿があった。



「ど、どうしてあそこで逃げたの!? そんなことをしたらテオドール様が……」

「テオドール様のご命令です。テオドール様を信じましょう」

「ご無事ですよね、テオドール様……」

「……」



 何も言わないルーウェルにリフィルの目から更に涙がこぼれ落ちる。



「テオくんの亡き後はちゃんと私たちで街を発展させていかないとね」

「テオドール様は私を置いて死にませんから!!」

「……さすがに相手が魔王となってはいくらテオドール様といえど……」

「そ、そんな……」



 リフィルが今にも後を追うと言い出しそうなほど、顔色を青ざめている。


 勝手に殺さないでほしい。

 ただ、残念ながら今の俺はガンツに背負われたたくさんの猫人族に交じって、担がれているのだ。


 さすがに三本目の魔力回復ポーションは体にきつかったようで、魔王がいなくなってすぐに俺の体は動かなくなってしまった。


 命に別条があるわけではないようで、単なる魔力の過剰回復による副作用だと推定することができる。


 本来ならしっかり体調を回復させた上で動いた方がいいのだが、そんなことをしていたらウェルダンになってしまう。


 仕方なくガンツに頼んで一緒に運んでもらっていたのだ。



「よう、戻ったぞ」

「この勝負は俺様の勝ちだな」

「なにをー。俺の方が荷物が多かっただろ!!」



 ルーウェルたちの傍に猫人族を下すガンツたち。

 そして、毎度おなじみのように言い争いを始めていた。



「あ、あの……、その……、テオドール様は見ませんでしたか?」

「あぁ、あいつか。それなら……」



 ガンツの視線が猫人族に埋もれた俺の方へ向く。

 それに釣られるようにリフィルも見る。



「約束通り戻ったぞ」



 手を挙げて無事をアピールする。

 すると、リフィルは驚き、そのまま俺の方へ飛びついてくる。



「テオドール様。ご無事だったのですね!? よかったです……」



 まだ立ち上がれなかった俺は真正面からリフィルの抱きつきを受け止めることとなる。



「大丈夫だって言っただろ?」

「で、ですが相手は魔王だったのですよ!?」

「まぁ、いろんないざこざはあったな。でも、この通りピンピン……はしてないけど無事だ」



 ゆっくり体を起こすと周りを見てみる。


 まだ目をまわしている猫人族となぜか恐れ敬う態度をとる戌人族。

 それだけではなく、ルーウェルすらも信じられない様子だった。



「ど、どのような手品を使われたのですか?」

「それは追々説明する。それよりも今は領地に戻るぞ。このままここにいても事態は好転しないだろ?」

「わ、わかりました」

「お兄ちゃん、無事でよかったよー」



 ミューが俺のそばに寄ってくる。

 彼女も心配してくれていたようだ。



「ありがとな。心配してくれて」



 軽く頭をなでるとミューは嬉しそうに両親のところへと戻っていく。

 そして、リフィルは……というと。



「……」

「なぁ、歩きにくいから少し離してくれたりとかは……?」

「……ダメです」



 ギュッと腕を掴んだまままったく放してくれない。



「ルーウェルからも何か言ってくれないか?」

「わかりました。リフィル様、そのまま領主様がどこかに行かないようにしっかり捕まえておいてください」

「はいっ」

「いやいや、そうじゃないだろ!?」



 結局手を放してもらうことは叶わず、領地に戻るまでずっとこのままだった。




 ◇◇◇◇◇◇




 俺が領地を離れてから一日と経っていないのに、俺の館とは別に大きな家が二軒建ち、更に道にする予定の場所を掘り始めていた。


 さすがに早すぎる建築速度である。



「あっ、お帰りなさい、テオドール様。みんなでできることをやっておきましたよ」

「道の方はあとからでよかったんだぞ?」



 最終的に各家に上下水道を備えさせたいと思い、計画の中には入れていたがすぐにできるとは思っていなかった。



「最初に仮住まいを建てたから大丈夫ですよ。それに道は最初にしないとあとから大変になるとルーウェル様からご指示を受けましたから。領主様もご存知とは思いますが」

「そ、そうだな」



 俺としてはやりたいことをただ箇条書きにしただけなのだが、ルーウェルたちのおかげで実現できるかもしれない。



「無理しない程度に頑張ってくれ」

「領主様が木材に付与してくださったおかげで、子供ですら運べる重さになってますからね。積木をする要領で簡単に家が作れるんですよ」



 さすがに積木というには大きすぎる気がするけどな。



「でも家が足りなさそうですね。もう何軒か優先して作りますね」



 俺に話しかけてきた人族の男は一礼した後、道路を掘ってくれていた人やエルフたちに何か話に言っていた。

 すると、彼らはすぐに穴を掘っていた手を止めて、付与魔法が込められた余りの木材の方へと向かっていく。


 そして、新たに二件の住宅を作り始めていた。

 すると、今度は土玉を作ってくれていたシィルがやってくる。



「えっと……、新しいお仲間が増えるんです?」

「ど、どうだろうな……」



 確かに戌人族には助けを出したが、ここに住むとは限らないだろう。あくまでも火事からの避難である。

 猫人族はガンツたちが連れてきたので、事情すらわからないし。



「そういえば土玉の進捗はどうなっている?」

「えっと、ボクの魔力が尽きてしまいまして……。今で十個ほどでしょうか?」



 確かに魔道具を作るなら魔力を消費するのはなにもおかしいことではない。

 できるだけ急いでほしいところではあるけど、こればかりは仕方ないので気長に待つとしよう。



「わかった。魔力がなくなったらゆっくり休んでくれ」

「はいっ、ありがとうございます!」



 シィルは大きく頭を下げると再び魔道具の研究所へと戻っていく。

 その様子を見ていた俺はリフィルに言う。



「あいつ、休むって言葉を知っているのか?」

「それはテオドール様も同じですよ。無茶ばかりされてますし」



 リフィルがあきれた口調で言ってくる。



「俺もやるべきことが終わったらゆっくり休むぞ」

「そんなことを言って、困ってる人を見た瞬間にまた動かれるんですよね?」

「いや、そんなことは……」



 俺の力で誰もかれも助けられるとは思っていない。

 でも、手の届く範囲にいる人くらいなら、助けてもいいだろうな。



 そんなことを思っていると建築中の家を指差しながらミューが言ってくる。



「お兄ちゃん、ここがミューたちの新しいおうち?」

「今作り始めたところだけどな」

「すごーい!! ミューも何か手伝えるかな?」



 さすがにまだまだ子供であるミューにできることは少ないだろう。

 そんなときに隣にいたリフィルが頷いてくる。



「それならミューちゃんは私と一緒にお料理を作りますか?」



 リフィルが俺の腕を掴みながら片方の手をミューに差し出していた。



「ミュー、頑張る!!」



 ミューは嬉しそうにその手をとっていた。



「みなさまもどうですか?」



 リフィルが他の戌人族にも聞いてみた。


 ただ、他の戌人族はどう反応していいのかわからずに困惑していたようだった。

 それでもミューの母親が手を挙げてくれたおかげでぽつぽつと協力してくれる人が現れる。



「その作る料理は我々も食べていいのですか?」

「もちろんだ。当たり前だろう?」

「えっと、なんかすごい勢いで家が出来上がっているのですけど……」

「あれは……そういうものだと思ってくれ。この領地の名物だ」

「は、はぁ……」



 さすがにあのとんでもない速度で出来上がっていく家のことを聞かれても俺には答えようがなかった。


 そんなことを思ってると戌人族の老人がゆっくりとした動きで前に出てくる。



「どうして儂らにそこまでよくしてくれるんですか?」

「どうして……か。困った時はお互い様だろ?」

「人族を毛嫌いして追い払おうとした儂らでもですか?」

「人族にも色んな奴らがいる。悪い奴もな。もちろん戌人族もそうだろう?」

「そうだよー!」



 なぜか老人ではなくミューが答えてくれる。



「まぁ、難しく考えなくていい。ここは集落が復興するまでの仮住まい程度にでも思ってくれ。住み心地が良いなら居座ってくれても構わないが」

「ミューはここにいるの! 嫌われお兄ちゃんと一緒にいる!」

「さ、流石に嫌われお兄ちゃんはやめてほしいな」

「……? それならなんて呼んだらいいの?」

「俺はテオドールだな」

「テお兄ちゃん?」

「なんだか微妙にニュアンスが違う気がするが、まぁそれで良いぞ」

「それでいいぞー」



 ミューが笑いながら俺の真似をしてくる。



「戌人族の子供は大人以上に警戒心が強いんですよ。それがここまで懐くとは。あなたはよほど人が良いのですね」

「そんなことない。俺は嫌われ王子と呼ばれるほどだぞ?」

「本当に嫌な人は自分から嫌われてる、なんて言わないのですよ。わざわざそう言うってことはあなた自身が人と接することを怯えていらっしゃるのではないでしょうか?」



 老人の言葉に俺は思わず息を飲む。

 確かにメインキャラたちや父に散々な対応をされていた過去があるために、自分から人を避けようとしていたのかもしれない。


 もちろん困っている人を助けているのもそこに起因するのだろうが。



「そんなあなた様なら……。いえ、悩みながらも進まれてるあなた様だからこそ信用できます。戌人族一同、この領地の領民にしていただけないでしょうか?」

「えっ?」



 そんなに簡単に決めていいのだろうか?

 そもそもこの老人にそんな決定権があるのか?



「ぞくちょーもミューと一緒の気持ちなんだね」

「ほっほっほっ、このおいぼれ、久々に将来を見てみたいと思える若者に出会ったのですよ」



 どうやらこの老人が戌人族の族長だったようだ。



「……わかった。俺にどこまでできるかはわからない。だから手を貸してくれ」

「そうですな。差し当たっては料理をしてる間に残った連中は仮設建築の手伝いでも……」



 族長が人選を見定めていると、住宅の方から人が走ってくる。



「テオドール様! 仮設の住宅、二軒完成しましたよ!!」

「えっと、仮設建築はもう必要ないみたいだな」



 さすがに予想外に早い完成に俺も族長もぽかんと口を開けるのだった。

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