元聖女と魔王
そういえばどうして魔族が襲ってくるのか、それが語られることはなかったな。
相手が魔族なら襲ってくるのが当然だ。
そう考えて疑いもしなかった。
でも魔物と違い知能のある相手なのだから、考えなしに襲ってくるとは考えにくい。
魔族だから世界征服を狙っている、と盲目的に考えていた。
いや、そう考えていたのは俺だけではない。
この世界の人族、全員がそう考えていたのだ。
「先代聖女? どういうことだ?」
「確かに人族と魔族は度々衝突していがみ合っていた。それを解消するために我と先代聖女はお互いの友好の証に婚姻した。まぁ、政略結婚だな」
魔王に嫁いでいく聖女か……。
ある意味人質のような気持ちだったのかも知れない。
ただそれだと人族が魔族に襲う理由にはなっても、魔王が人族を滅ぼそうという理由にはならない気がする。
「主の言いたいこともよくわかる。我は聖女になるべく不自由させないように力を尽くした。最初は中々馴染んでくれなかったが、次第に心を開いてくれてな。本当の夫婦になるのもそう遠くはなかった……」
何だろう……。惚気を聞かされている気分だ。
ただそれだけではない、ということは魔王の表情が物語っている。
「ちょうどヘルグリムを身ごもったときから人間たちの様子が変わってきた。魔族は恐るべき相手で滅ぼすべきだという……。まるで人が変わったようにな。だからこそ我は人間たちを説得するために会談に参加した。ヘルグリムが生まれて間もない頃だな」
「それってもしかして、人魔会談のことか?」
ガンツが驚いた様子で言う。
その単語に俺も心当たりがあった。
たしかゲームのあらすじに『人魔会談で各国の首脳を滅ぼした魔王は、そのまま世界の支配に乗り出した』とあった。
国のトップが命を落として混乱している最中での襲撃。
魔族が人間の敵になるのも時間の問題だろう。
「あぁ、その会談だ。結果から言おう。あの会談は仕組まれていた。我が着いたときにはすでに全員が死んでいた。そして、我は全ての罪を背負わされた」
魔王は悔しげに口を噛みしめていた。
「それでその犯人は?」
「それはわかっておらん。ただ人族の誰かではあるな」
「どうして人族だとわかるんだ?」
「それは我が魔族領に戻ってからの出来事だ。人族に追われるように逃げ帰った我を待っていたのは、何者かに襲われて事切れた妻の姿だった……」
その瞬間に魔王の魔力が跳ね上がっていた。
「人族は妻である元聖女を殺したのも我である、と大々的に広めて回った。そもそも死んだことも我や側仕えの者、あとは実行犯くらいしか知らないというのに。そこで今回の事件を引き起こしたのは人族であると理解したのだ。もちろん判断の基準はそれだけではない。人間の中にも協力者はいるのだ」
なるほど、それで人族が悪いと気づいたわけだ。
……いや、待てよ。
「もしかして、その実行犯のことを教えてくれたのが協力者……なのか?」
「あぁ、そうだ。しかも本人を連れてきてくれたぞ?」
弔いのための戦、ということなのだろう。
人族との共存に向けて動いていたにも関わらず、その人族に裏切られたのだから滅ぼしたくなるのもわかる。
ただ――。
「その協力者……あやしくないか?」
「……どういうことだ?」
「なんで実行犯を簡単に見つけることができたんだ?」
「それは……あやつは運良く会談に出ていなかった人族の長で、人族のことならよく知って……」
「国中のことなんていくら長でもわからないぞ?」
言われるまで気づいていなかったのか。
それとも怒りで思考を止めていたのかそれはわからないが、ようやく事の不自然さに気づいたようだった。
「もしかして我は騙されていたのか?」
「それはわからない。俺自身はその協力者のことを知らないからな。その相手はそんなに信じられる相手なのか?」
「……無理だな。胡散臭い相手だ」
「なら、まずはそいつの目的を探った方が良いだろ? 場合によってはそいつが全ての黒幕の可能性があるぞ」
「ふふふっ、まさか我が人間に諭される日が来るとは思わなかったぞ」
魔王が楽しそうに笑い声を上げる。
「しかし、お主の言うことも間違ってはいない。元々今の魔族は壊滅状態ですぐに動ける状況でもない。ならば少し探りを入れてみよう。アルムガルド王国に」
「えっ?」
まさかの名前が挙がったことに一瞬驚くが、確かに人魔会談のときに国王は参加していなかった。
別の用事があったので、代わりの者を派遣したとも言っていた。
でも、他国首脳を亡き者にしようとしていたのなら敢えて出席しないのもわかる。
簡単に他国の力を削ぎ、しかも犯人を押しつけられる。
更に魔族の行動も事前にある程度把握でき、魔族の戦力も削ることができる。
その上で万が一魔王が生き残ったとしても協力者だから自分だけは助かる。
全てが協力者の良い形にまとまっている。
「そういえばかの国王はリンガイア王国を滅ぼしたがっていたな。我々魔族にとっては人族の国に侵攻するのに避けては通れない邪魔な位置にあるから当然なのだが、奴らには一体どんなメリットがあるんだろう?」
「そういえばリフィルが襲われていたのって、もしかして王国の……?」
「あぁ、王国の姫か。それなら我々がリンガイア王国を攻めてその裏でアルムガルド王国が影を派遣する話になっていたからな」
全ての行動の裏にアルムガルド王国がいたらしい。
それなら本気で魔王討伐に乗り出さずに禄に戦闘経験のない聖女を祭り上げて、碌な装備も持たせずに魔王討伐に向かわせたのもわかる。
こうなると魔王や魔族すらも被害者じゃないだろうか?
全ての原因はゲームのメイン舞台であるアルムガルド王国。
これから先も王国の被害となる国や人が現れるだろう。
無意識ながら俺は拳を固く握りしめていた。
するとその様子を魔王が不思議そうに見ていた。
「どうして人族のお前がそこまで怒ってるんだ?」
「俺も元々はアルマガルド王国出身で嫌気が差して逃げだしてきた訳だからな」
「なるほど。どこかで見覚えがあると思えば嫌われ王子だったか」
特に一度も名前を言ったわけではないのに正体がバレてしまう。
魔王にはあったことがないはずなのに、どこかで見たのだろうか?
「お前の下ならば安心できるな」
「……何のことだ?」
「あの
魔王の視線がガンツの方を向いている。
「俺たち人族だけじゃなくて、エルフも獣人もいるからな。グリムもすでに俺の領民だ」
「はっはっはっ、普通は一種族でもまとめきれずに分裂したりするものだぞ? 人族なんてその代表だろう? 同じ種族でありながら行くつも国が存在するのは人族だけだ」
「案外どうにかなるものだぞ?」
俺は皆の手助けをしているに過ぎないからな。
実際にうまく共存できているのは皆のおかげだろう。
「まだ我ら魔族の戦力が減ってることに気づかれていないからな。もしアルムガルドがそのことを知ったら……、お主らも気をつけろよ」
「どういうことだ? まさかアルマガルドがリンガイアを攻めるのか?」
「我々がリンガイアを攻めていたのは人族の国を攻める障害になるから、というのは知っておるな?」
「あぁ……。ま、まさか!?」
そこで嫌な予感が脳裏をよぎる。
「そうだ。リンガイアは人族が魔族領を攻めるときの防波堤にもなっておる。いずれアルムガルドは攻めてくるぞ」
そこでどうしてリンガイア国王が俺をアルムガルド側に配置したのか理解するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます