魔王襲来
野生の魔王が現れた!
▶たたかう
まほう
つかまえる
にげる
とかいうゲーム的な選択肢が俺の中で出ていた。
もちろん完全な現実逃避である。
作中だと魔王に対抗するには聖女の力が必須。
聖女なしで魔王を倒すというやりこみ系動画もあったりはする。
しかし、そのどれもがレベル90オーバー。
ほぼカンストさせないと魔王サタンと対等に渡り合えないのだ。
もちろん現実だと永遠の時間がないためにカンストレベルまで自分を鍛えるとかいうことは不可能である。
大量に経験値をくれるという金属なスライムを探しに出かけたこともある。
ゲーム経験者なら銀色のスライムがどこに出るかは把握しているのだから。
ただ、一目見て諦めた。
ゲーム画面だと目の前に姿を見せてくれた上で、逃げるかもしれない。
というものだが、現実だとずっと逃げ回っている。
しかもあまりにも速度が速いために視認すらできずに、金属であるその体と視認できないほどの速度を合わせると岩をも砕く破壊力を持っていたのだ。
視認できない制御されてもいないランダム攻撃をかいくぐって、目にも止まらぬ速度で動き続けているメタルなあいつの急所を的確にとらえる。
そんな神業にも等しい行動ができて初めてあの経験値を得ることができるのだ。
……どう考えても割に合わない。
それなら命の危険がない弱い魔物の相手をする方がよほど楽である。
なんで城の兵士がこんなに弱いんだよ。と思ったことがある。
せいぜいレベル10が関の山。
隊長クラスでも20。
英雄と呼ばれる人間たちですら30ほど。
でも弱い魔物たちからしか経験値を得ていないと考えると無難な数字である。
誰もかれもが頭のおかしいゲーム的レベル上げをするはずがないのだ。
……誰もしないよな?
なにか脳裏にひっかかりを覚えるが、とりあえずそれよりも今の状況が大事である。
俺たちのパーティ……と呼べるかはわからないがメンバーは
テオドール→MP枯渇。吐き気。
リフィル→戦闘に向かない。
ルーウェル→隠密、遠距離系。
リュリュ→爆弾。
ミュー+両親→瀕死から復活したばかり。先頭に向かない。
まともに戦えるのはルーウェルくらいで、しかもルーウェル自身も一般兵士くらいのレベルしかない。
どうあがいても魔王に瞬殺されるのが目に見える。
犠牲になるなら少人数の方がいい。
「下ろしてくれ」
ミューの父親に言うと一瞬立ち眩みがするものの、それを隠す。
魔王の威圧に怯えてしまいそうになるが、それを不敵に微笑んで返す。
「お前たちは逃げろ。ここは俺一人で十分だ」
「テオドール様!? だ、ダメです!? 魔王には勝てませんから……」
「……ほう。お前はあのにっくき王国の姫ではないか。目的とは違うがここでひねりつぶしておくのも一興か?」
「……そんなことをさせると思っているのか?」
完全に無謀な行動である。
一撃でも受けたら即死するような状況であるにもかかわらず、HPMPともにほぼ0。
回避するスタミナすら残っていない。
それでも魔王に対して睨みつけることだけはやめない。
「ルーウェル!!」
「はっ、私も共に戦い……」
「リフィルたちを連れて逃げろ! 命令だ!!」
「っ!? ど、どうして……」
「いいから早く!!」
ルーウェルは俺の覚悟を組んでくれたようで、暴れるリフィルと抱えるとそのまま公国の方へと逃げてくれる。
そんな彼らを追うようにリュリュやミューたちの家族も逃げてくれる。
「お前一人でこの我と戦うつもりか?」
「できれば戦いたくないんだけどな。避けられない戦いなら犠牲は少ないほうがいいだろう?」
「この我がお前を殺した後、奴らを追わない保証がどこにある?」
「今回の邂逅は偶然なのだろう? お前には別の目的がある。当然ながら目の前にいない相手を追いかけるよりはそちらを優先する。本当なら俺も逃げ出したいが、全員が逃げたならさすがに追いかけてきそうだったからな。リフィルがいるならなおのことだ」
「わははっ、なかなか肝が据わっているな。人族じゃなければ我の配下に加えたかったぞ」
魔王が高笑いをする。
それと同時に魔王の魔力が高まっていくのが肌に伝わってくる。
――さすがに数秒でも時間を稼ぎたいな。
俺は三本目の魔力回復ポーションを取り出す。
この際、自分の体調は無視だ。
まともに戦っても勝ち目のない相手なのだから。
蓋を開け一気に飲み干す。
状況が状況だからか、その味をほとんど感じることはなかった。
ついでに普通の回復ポーションも飲む。
他にもバフ系アイテムをすべて使い、更に魔法で自身の能力も強化する。
もちろん俺も戦闘系ではないために付与魔法を使った後、両手には属性玉をありったけの数、持っていた。
「準備はいいのか?」
「あぁ。お前こそ俺がバフしている間、待っていたのか?」
「全ての力を発揮させたうえでそれを超える力を見せるのが魔王であろう?」
しっかりと魔王の矜持というものを持ち合わせているようだった。
お互いが相手に全神経を集中させる。
周りの音が消え、相手の一挙手一投足がよく見えるようになる。
額から汗が流れるが、それを拭うことなく相手の隙を伺うが、当然ながら魔王にはそんなものはない。
攻めるしかないか……。
このままジッとしているのも時間を稼げていいかもしれないが、いかんせんこちらが不利なのだ。
ほぼゼロに近い勝算を少しでも上げるためには、攻めるよりほかなかった。
がさっ……。
近くの草むらが揺れる。
その音を皮切りに俺は魔王に近づき、手に持っていた属性玉を投げようとする。
当然ながら魔王は正面からそれを弾こうとしている。
ただ、そんなときに魔王の背後より巨大な山が二つ現れる。
本来動くはずのない山なのだが、なぜかそれは動いている。
「ぐっ……、負けるものか……」
「何を……。俺様の方がたくさん運べるに決まってるだろ!?」
よく見るとそれは山ではなくガンツとグリムであった。
さらにその背にはたくさんの猫の獣人たちが背負われている。
ただ、二人はさすがに限界だったようで、その大量の荷物を持ったまま倒れこんでくる。
魔王の方へ……。
「ぬ、ぬおぉぉぉぉぉぉ……」
想像もしていなかった攻撃によって魔王の意識は刈られてしまう。
◇◇◇◇◇◇
さすがに魔王には申し訳ないことをした気持ちになるが、今は無事でいられたことを喜ぶべきだろうか?
それとも安堵した瞬間に押し寄せてきた強烈な
はたまた、どうしてここに猫人族がいるのか聞くべきだろうか?
それとも、なぜ猫人族をガンツとグリムが運んでいたのかを聞くべきだろうか?
もしくは、今も迫りくる火の手から逃げることを優先すべきだろうか?
あまりにもおかしな状況であったために何から手を付けたらいいのかわからなかった。
ただ、体調面は叶わずにそそくさと草陰に移動して、吐き気へと対処をまず行うのだった。
そして、青白い顔のまま、ガンツたちの前へと戻ってくる。
「どういう状況か教えてくれるか?」
グリムは魔王の姿を見て青ざめているようだったが、この際それは置いておく。
さすがに魔王を見て怯えないものはいないからな。
「当然こいつらが襲ってきたから返り討ちにした。放っておいたらこんがり猫になりそうだったから運んできた」
「なるほどな」
あまりにも簡潔すぎる説明であったが、おおよその状況だけは掴めた。
元々大森林に住む獣人たちは小競り合いを繰り返している設定である。
急に自分の縄張りに火をつけられ、人間やエルフや魔族がいたのでは襲い掛かってきても仕方ない。
「あっ、火避地はしっかり完成させてきたぞ?」
「それならこれ以上火事が広がることだけは防げそうだな」
さすがに火災の中心にあった集落は全焼してしまうだろうが、生きてさえいればなんとか復興もできるだろう。
「う……、な、なにが起きた……」
不意打ちを受けた魔王が意識を取り戻す。
想像以上に早かったが、受けたダメージは大きく、まだ体がふらついている様子だった。
そして、その瞬間にグリムは俺の後ろに隠れていた。
「お、お前は
「な、何のことだ? お、俺様はただのグリムだからな」
どうやら魔王の目的はグリムだったようだ。
俺は清々しい笑みを浮かべながらグリムに言う。
「感動の親子対面じゃないか。よかったな」
「お前はこの状況を見て本当にそう思うのか!?」
グリムはいまだに俺を盾にしてくる。
領民であるグリムを守る必要はあるが、ここで話し合わないのも問題がありそうだった。
そもそも、親子の問題なら俺が口を挟むのも変である。
「どこかに場所を用意しようか?」
「いや、ここでいい」
魔王が溜息を吐く。
どうやらもう襲ってくるつもりはないようだ。
「バカ息子を味方に引き入れたということは魔族の事情も把握してるのだな?」
「……?」
「いや、みなまで言うな。わかっている」
まったく意味がわからないが、魔王があまりにも深刻に語るものだから俺は黙って聞いていることにした。
「ヘルグリムは我の息子だ。世間には公表はしていないがな」
確かに作中に魔王サタンに息子がいた、なんて話は一切出ていない。
「いや、それならどうしてリンガイア王国の結界を超えられるんだ?」
闇と光の二属性を持っているがために結界を超えていたのだと予想していたが、魔王から光属性を持つ子が生まれるとは考えにくかった。
「それは、ヘルグリムが我と先代聖女の子で、我が人間を滅ぼそうと考えたきっかけだからだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます