王国の動向

 アルムガルド王国。

 聖女たちのパーティーがラフィス大森林へ向かったタイミングで、第一王子ルーベルトもたくさんの女性を連れ、同じく大森林へと向かっていった。


 それを見送ったアルムガルド国王はあまりにも事がうまくいきすぎていて、笑みをこぼさずにはいられなかった。



「本当に聖女という駒は役に立つ。最初は初期投資が必要だが、あとは少し命令おねがいをすれば無償で働いてくれるわけだしな」



 こんなこと聞かれていたら大暴動ものなのだが、この部屋にいるのは宰相のみ。

 誰もそのことに異を挟まなかった。



「王子の勇者教育はこの上なくうまくいってますね。戦争では襲った相手の物資を使うことがありますが、聖女の旅はそういうわけにはいかない。それならどうするか? 最初からアイテムが隠されているから探すように言っておけばいい。民衆も聖女にものを漁られたら何も言い返すことはできまい。まさに至高とも言える考えにございます」

「はっはっはっ、そう褒めるでない。我々は何もしていないからな。ただ、聖女たちに説明書旅の心得を授けただけだ」

「魔王によって至る所に隠された財がある、ってやつにございますね。他人家のタンスの中にどうやって魔王が財を隠すのでしょうね。むしろあまりにも愚鈍に信じすぎて国の将来が不安になりますね」

「そんなものはどうでもいいだろ? 我らがいなくなったあとのことなんて」

「全くですね」

「それに第一王子はまた違った教育をしておるからな。王を継がせるのは奴でいいだろ?」

「少々女性関係が問題になっておりますが……」

「世継ぎを確実に得るためには妾はいくらいてもいい。正妻は……魔王討伐後に聖女でもあてがっておけば国民たちの不満も取り除けるであろう」



 国王の不敵な笑みにつられるように宰相も笑う。



「それにしてもあの第三王子……、滑稽でしたよね。なにが『国民のために動くのが王族の役目だ』ですよね。『王のために奴隷のごとく働くのが国民の使命』なのに」

「くっくっくっ、我から生まれたにしては異質な考えの持ち主であったからな。さんざん悪評を広めておいて、今や王国では嫌われ王子としてあやつのことは知れ渡っている。もはやこの国では生きていけんだろうな」

「攻撃魔法も使えないわけですし、よその国にたどり着く前に魔物どもに食い荒らされているのではないでしょうか?」

「違いないな。むしろ食い扶持が一人減ってくれただけありがたいほどだ」

「それに国民たちも嫌われ王子が追放された、と歓声が上がっておりましたな。確かナノワ皇国の方へと向かったとかなんとか」

「あぁ、魔道具の利権でこそこそ稼いでるうっとおしい奴らだな。いずれすべて我のものになるというのにいまだ降伏をしてこんとは」

「そのうち魔族をけしかけてはいかがでしょうか? きっと我々に泣きついてきますよ」

「それはいい。我々との約束を反故にして先にリンガイア王国に入ったことと、我が国にも被害が及んだことを考えるとこの命令たのみは断れまい」



 すでに肝心な魔王軍は崩壊しているし、リンガイア王国は無傷どころか前よりも勢いを増している。

 さらには王国の被害は聖女や第二王子たちの妄想なのだが、そんなことは知らずに王たちは自分の都合のいいことばかり考えるのだった。



「それにしてもラフィス大森林を攻めるとは、目的は世界樹でございますか?」

「あとはエルフだな。どこで見つけてきたのか、ルーベルトが奴隷にしてきた二匹のエルフはなかなか良かったからな。我も数匹欲しいのだ。しかも金になりそうな世界樹とかいう代物まであるそうじゃないか。だからこそエルフの里へ行くための道を開拓してもらわねばならん」

「しかし、ルーベルト様はよくエルフの里なんて隠された場所を発見されましたよね」

「たまたま獣人けもの漁りをしてたときに、うっかり見つかって怪我をしてしまったらしくて、その時に治療してくれたのがエルフだったみたいだ。その礼に城まで連れて帰ってきた、と言っていたな」

「ルーベルト様は簡単に人を魅了する魔性の男ですからね」



 国王と宰相の笑い声が響く。

 実際には無理やりに連れて帰ってきており、飽きたら捨てる、を繰り返しているためにかなりの恨みを買っているのだが、大国の王子であるがゆえに手を出せずに無事であるだけなのである。


 もちろん国内の貴族や平民問わずに声を掛けているナンパな性格のせいで、上位貴族たちの反乱が起こりそうになったこともある。



「これ以上面倒ごとを起こすようなら色々考えないとダメかもしれないな」

「しかし、それでも第二王子よりはいいのではないでしょうか?」

「それはわからん。今のところ聖女に選ばれているのは第二王子やつだからな。もし万が一今のパーティーのまま魔王を倒すようならその時は第二王子に王位を譲るのが妥当であろうな。民衆も目にわかる英雄を求めるわけだからな。力を持ったものが支配階級になった先など簡単にわかるはずなのだが」

「全くです。魔族たちと同じ道に進みたいのですかね」

「まあ、そのときはもう我々は関係なくなっているからな。好きにするといい。ただ、我らに歯向かうようなら……」

「えぇ、その時は……くくくっ」




 ◇◆◇◆◇◆




 リンガイア国王からアルムガルド国王が密談していた話を聞き、俺は思わず頭を抱えていた。



 確かにゲームはラスボスを倒せばクリアだ。

 最後に一番親密度の高かった相手と聖女が結ばれて、王国に平和が訪れた。で終わる。



 それが当たり前だったし疑問に思うこともなかった。


 でも、やはりあのメインキャラ達がそのまま動くなら任せた先は破滅しかない。


 それに魔王討伐に行くにもかかわらず、ろくに武器や資金を与えない国王。その思考は相当にブラックだったようだ。



「でも、よくそんな話を聞くことができたな」

「これでも一国の長だ。色々と諜報活動はしているさ」



 リンガイア国王がにやり微笑む。

 あまり深く聞いてはいけない話題なのだろう、とその話はここで止めておく。



「ただ少し気になる点があるな。聖女たちが既にこの国は魔族に占拠されていると思い込んでいること。それって、アルムガルド国王なら周辺諸国に散布しないか?」

「……十分にあり得るだろう。でも打つ手がないのも現状だ」

「それなら前もって使者を送って、魔族に支配されていないことをアピールするしかないんじゃないか?」

「……そう簡単にはいかないな。口だけで言うならいくらでも言えるからな」



 確かに敢えて人を誘いだすために言っている可能性もある。


 元々魔族に襲われていて救援を呼ぼうとしていたくらいだ。

 それに元々の力の差もある。


 王国と王国、どちらを信用するかと言われたら、大抵のところが王国となりそうである。



「そこでそなたに頼みたいこともあるのだ。商人を呼んでおくから一つ、頼まれてくれないか?」

「……わかった。俺たちもラフィス大森林に向かってほしいってことだな?」

「あぁ。アルムガルド王国……、いや、聖女の魔の手から獣人たちを救ってほしい」

「――どうしてそこまでするんだ? 確かに聖女たちのやり口は許せないが」

「彼らだけなのだ。魔族が攻めてきた際に援助をしてくれたのは。助けてもらったからには、彼らに危機が訪れている今は助けになりたい」



 なるほど。

 内紛している、と聞いたが案外話はできるのかもしれない。



「それでどこの部族に話をつけてきたらいい? 獣人と言っても猫獣人や犬獣人、熊獣人なんてものもいるだろ?」

「……そんなにいるのか? いつもラフィス大森林へ行ったら出迎えてくれていたから、彼らだけしかいないのかと思ったぞ」



 とりあえずどこの部族かはわからないが、リンガイア王国から一番近くにいる部族に聖女の危機が迫っている、ということを話せばいいわけだな。



「わかった。それなら早急に向かった方がいいな」

「すまない。礼はしっかりするから頼んだぞ」

「任せておけ」



 ラフィス大森林は俺の領地の隣に位置している。

 ここで恩を売ることができれば、大森林で取れる素材とかを定期的に売ってもらえるかもしれない。


 それに獣人たちは排他的なのだ。



 俺が嫌われ王子と呼ばれていることも知らないだろうし、フラットな状態で話せる貴重な相手だろう。

 ある意味、イーブンな交渉ができるのだ。




◇◆◇◆◇◆




 アルムガルド王国にある工房。

 休暇をとっていた工房長の下に部下の男が慌ててやってきていた。



「工房長! 聖女様方が工房長の打った剣が欲しいって来ました」

「……待たせておけ。元々今日は休日だ」

「そんなことお構いなしにすぐに呼んでこいって騒いでます! 呼ばないなら不敬罪で捕まえる、とも」

「ちっ、嫌われ王子がいるのか」

「き、嫌われ王子ではなく、第二王子のジークハルト様が言ってました……」

「……わかった。すぐに向かう」



 慌てて工房へと向かったのだが、なぜか聖女たちの姿はなく、店内の鍵付き宝箱にしまっていたはずの店の売り上げや店内の商品、更には修繕依頼を受け、預かっていた武器や鍛治道具すらもなくなっていたのだ。



「ひ、酷い……。こんな状態でどう食っていけと言うんだ……」



 がっくりと崩れ落ちる工房長に部下の男はかける声を失ってしまう。

 ただ、そこで最近耳に入るようになった噂を思い出す。



「工房長、こんな王都で商売するのも馬鹿馬鹿しくないですか? 税も高いのにこんな目に遭わされるなんて」

「しかし、儂らに行く場所なんて……」

「最近魔族を退けたというリンガイア王国がすごく住みやすいという噂ですよ。あくまでも噂ですが、ここにいるよりはマシじゃないでしょうか?」

「……どのみちここにいても税が払えずに奴隷落ちか。それならいっそよその国に行くほうがいいかもしれんな」



 こうしてポツポツとアルマガルド王国の王都から抜け出す人が現れ始めるのだが、そのことに気づいているのは住んでいる住民だけなのであった。

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