土壌治療

「大変です、魔王様! ヘルグリム様のお姿が見えないのですが」

「……ちっ、あのバカ息子が!」



 突然出て行った息子の話を聞き、魔王サタンは怒りをあらわにしていた。

 ヘルグリムはとある特殊な事情があり、ほぼ魔王城に軟禁していたのだ。


 ただ、誰に似たのか活発的な性格になってしまい、存在を隠しきれずに息子がいることだけは国中に知れ渡ってしまったのだ。


 しかし、あのことだけは隠し通さなければならない。

 もし、あのことを知られてしまえば、魔族たちの反乱が起こり、魔王としての責を問われることになる。



 あのこと……。

 ヘルグリムが我と先代聖女の子である、ということは……。



「すぐに探し出せ!! 見つけ次第連れ戻すのだ!!」

「そ、それがその……、ヘルグリム様が向かわれた先はあの忌々しい結界があるというリンガイア公国なのです。結界がある以上あまり近づけなくて……。そもそもヘルグリム様も近づけないはずなのですが……」



 普通の魔族だと近づけず、触れようとすると傷を負う聖なる結界。

 しかし、聖女と魔王の子であるヘルグリムは二つの属性を持っているがゆえに結界によるダメージを受けないのかもしれない。


 もしあの中に隠れているとするならば……。



「我が出るしかないか」



 サタンは体を起こし、ゆっくりとした動きで自身の武器たる巨大な剣を背に担ぐ。



「ま、魔王様自ら出られるのですが!? で、では共のものを……」

「いらん。少し出てくる」



 そういうとサタンはすぐに転移魔法で姿を消すのだった。




 ◇◆◇◆◇◆




 なぜかグリムとガンツは度々衝突をしていた。

 ただそのおかげで仕事がはかどっていたので、俺はこういう仲なのだろう、と納得することにした。



「お前みたいなチビだとこの丸太は運べないだろ!」

「こんな軽いもの、たった一つしか運べないのか? でかい図体をして」

「なにを!? ほれっ、見てみろ。俺の力に掛かればこの程度、何本でも運んでやる。お前だと二本が限界だろ?」

「ふっ、なに寝言を言ってるんだ? この程度、十本でも二十本でも持ってやるよ」

「なら俺はお前の倍、持ってやる!!」



 こんな風に競い合って丸太を運んでくれたために、今日採取予定の木材はものの一時間ほどで全て取り終えてしまったのだ。


 もちろんガンツとグリムは最後には糸が切れたように倒れて、今は寝かされている。

 HPが減ったわけではなく、単に疲れからきているだけなのでしばらくすると復活してくれるだろう。


 エルフというのは線の細い美男美女が多く、あまり力仕事が向いている人が少ない。

 そうした中でガンツに張り合える仕事をしてくれるグリムの存在は大変ありがたかった。


 それから俺とリフィルは畑の予定地へとやってくる。



「やっぱりここも荒れてて作物は育ちそうにないですよね」

「普通にやればそうだろうな。だからこそ普通じゃない方法も試してみようかと」

「普通じゃない方法?」

「例えばリフィルを助けた時のことを覚えているか?」

「えっと、は、はい……」



 なぜか顔を染め上げるリフィル。

 そんなに恥ずかしがることなのだろうか?



「あの時の炎の魔法、すごかったです」

「いや、あれは魔法じゃなくて属性玉の効果なんだ」



 そういうと俺は属性玉をいくつか取り出した。



「これって火玉ですよね? でもあんなに威力がないはずですが……」

「そのままだったら威力はそこまで出ないな。でも、ちょっと付与を加えれば……」



 付与を加えた火玉を投げると以前起こったような炎が巻き起こる。



「す、すごいです。上級の魔法くらいの威力がありますね」

「例えば、同じように土玉に付与を加えて生み出せば、良い土が出てくるんじゃないか、と思ってな」



 言いながら試してみる。

 すると……。



「これは……壁ですね」



 リフィルが現れた土壁を叩く。

 付与がされた土壁は石よりも硬そうであった。



「なるほどな。ちょっと計画が崩れたが、これはこれで使えそうだな」



 城壁づくりに土魔法が必要になるかと思っていたが、土玉でいけるのなら今からでも作ることができそうだった。

 ただ今できた城壁の幅はだいたい両手を広げた程度。

 一体いくつの土玉が必要になるのかは考えたくない。



「領地の誰かが作れないだろうか?」

「戻ったら聞いてみますね」



 もし作れるのなら領地づくりも一気に進展しそうだった。

 もちろん俺が付与を掛ける前提になるので、毎日魔力が付きそうになるまで魔法を使うことが決定してしまうが。



「でも、こうなると畑をどうやって復活させるか……」

「あの、結界の魔道具みたいに治療することはできないのでしょうか?」

「治療? でもあの時は魔道具だったからな……」



 おそらく一か所とかなら付与はできるが、あくまでも対象は絞られている。

 畑にするのにどれほどの回復魔法を使わないといけないか、見当もつかなかった。



「例えば広範囲に使える範囲回復エリアヒールを使ったりとかですか?」

「エリアヒールか……」



 そういえば使ったことないな。



 でも範囲に付与なんてできるのだろうか?



 疑問に思いながら土にエリアヒールを付与してみる。

 するとおそらくエリアヒールの範囲内と思われる土が一瞬光輝く。


 その光はすぐに収まったものの明らかに土の質が回復していた。



「これならいけそうか?」



 そういえばこの辺りの土質が悪い原因は瘴気にあった、という設定になっていた。

 瘴気は考えようによっては病の原因たるものになりうる。

 それならば治療できたとしても何ら不思議でもなかった。



「えっと、だいたいこのくらいの範囲をエリアヒールしたわけですから……、あと十回ほど使えば畑の予定地は全部賄えそうですね。明日にでもルーウェルさんに来てもらって、これで畑ができるか確かめてもらいましょう」

「それが良さそうだな。見た目は良くなった気がするが、さすがにこれ以上は判断ができん」



 こうして俺たちはリフィルの指示の下、土を治療しながら領地へと戻っていくのだった。




 ◇◇◇◇◇◇




 領地へと戻ってくると何やら騒がしかった。

 すると俺のことを見つけたエルフがすぐに駆け寄ってくる。



「テオドール様……」

「何かあったのか?」

「それが……」



 エルフの視線の先には老若男女、たくさんの人の姿があった。



「こんなところにどうしてエルフが?」

「ここはリンガイア王国じゃないのか?」



 どうやらリンガイア王国へ向かっていた一行のようだ。



「でも、エルフの村なら奪っても……」



 なんだか不穏な空気も流れている。

 仕方ない……。



「待て! お前たち、俺の領地で何をしてるんだ!!」



 俺が前に出ると人間の中から体つきの良い男が前に出てくる。



「子供が何の用だ! 邪魔だからどいてろ!」



 俺のことを払い退けようとする。

 当然ながら俺に手を出そうとした瞬間にルーウェルとガンツ、更にはグリムすらも俺の前に立ちふさがっていた。


 そんなことをしなくても支援魔法で俺の体は鉄のように固くなっていたのにな。


 実際に自分の体がどのくらい硬くなったのか、の実験の機会を失った俺は少しだけしょんぼりしていた。



「な、なんだよ、やるのか!?」

「一応言っておく。俺は正式にリンガイア王国の貴族だ。貴族子息でも大変なことになるのに、貴族本人に手を出したらどうなるか、わかっているのだろうな?」



 俺の一言にようやく事の重大さに気づいたようだった。

 真っ青な表情を見せてくる。

 すると、集団で一番年老いている老人が前に出てきて頭を下げてくる。



「も、申し訳ありません、お貴族様。こやつは何も知らなかったものでして。十分に反省させますゆえなにとぞ寛大なご処置を……」

「エルフごと襲おうとしたことは見逃せんな。こいつらが何かしたのか?」

「そ、それは……」

「お前たちがどうして集団でここに来たのかは知らない。何か事情があったのだろうが、それでも元から住んでいる者を襲っていい理由にはならないだろ?」

「お、おっしゃる通りにございます。深く深く反省しておりますゆえ、どうか……」



 老人は真っ青を通り越して、もはや白に近い顔色をしながら何度も頭を下げてくる。

 そこまでされてしまうとなんだかこちらが悪いように思えてくる。



「はぁ……、わかった。罰は与えんから安心しろ。その代わりに質問に答えてもらう」

「ありがとうございます。ありがとうございます。なんでも聞いていただいて構いません」

「どうしてお前たちは全員で大移動していたのだ?」

「それは全て聖女様方のせいになります」



 それからゆっくりと老人は何があったのかを話してくれる。




◇◆◇◆◇◆




 聖女たち一行が村長の家に住むようになって数日が過ぎた。


 彼女たちは無料で泊まっているにも関わらずその態度は傍若無人であった。



「おいっ、飯がまずいぞ!! こんな魔物の餌、この俺に食わせるつもりなのか!」



 村長からしたら出せる最高のものを出しているのだが、それを魔物の餌扱いされて気持ちのいいものではない。


 そもそも城の最高の料理を食べ続けた第二王子に田舎村の料理が口に合うわけもない。


 それなら早く出ていってくれたらいいのだが、居座ったまま全く出ていく気配がないのだ。


 しかも最近ではレベル上げと称して、付近の魔物を悪戯に挑発しては村まで逃げてくるのだ。


 当然ながら村の中に魔物が入られないように対処しないといけないため村民も疲弊していたのだが、そんなことまるで気にした様子もなく今日も呑気にレベル上げをしに行っているのだ。


 その姿が見えなくなった後で、村民が集まり内緒の会議をしていた。



「もうやってられるか! あいつらがいるせいで俺は毎日毎日魔物と戦わされてるんだぞ!」

「私も昨日、勝手に家のタンスを漁られてたわ」

「うちなんて水瓶を全て割られたぞ! 水無しでどうやって暮らせっていうんだ!」



 聖女たち一行の悪口がとめどなく溢れてくる。

 何日も今の状況が続いたせいでみんな我慢の限界であった。


 そんな時、村民の一人が呟く。



「なぁ、いっそのこと、この村を出ないか?」

「そ、そんなことをして、どうやって暮らしていくんだ!?」

「聖女たちって国の依頼で動いてるんだろう? その助けにならないと罰があるんじゃないか?」

「……それなら他国に行くのはどうだ? 幸いここは国境近く。隣国のリンガイア王国までは数日もかからずに行けるはずだ」

「……よし、今晩、聖女たちが寝静まってから動くぞ。みな、準備しておくように」



 こうして聖女たちが止まっていた村は一晩のうちに逃げ去るように村人が一人もいなくなるのだった。


 また、これを見た聖女たちは「ここは魔族が見せた幻惑の村だ! 最初から村民たちはいなかった!」と言いふらすのだった。

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