領主の館
エルフたちの協力の下、俺たちは領内の建物を作り始めていた。のだが……。
「な、なんだ、この軽い木材は!?」
ガンツが驚きの声を上げている。
「軽量化のバフを掛けただけだぞ? 支援魔法を使えたら誰でもできることだろ?」
事実、魔道具等に付与されている魔法も支援魔法の一種である。
アルムガルド王国では重要視されていないが、魔道具作りが盛んなナノワ皇国では、属性魔法よりも重要視されていたりもする。
「……あのな、物に魔力を付与するのは人にする以上に魔力を使うんだぞ?」
「確かに倍くらいの魔力を使ってる感覚だな。よく使いすぎて気を失うしな。はははっ」
「笑い事じゃねーよ、まったく。まぁ、お前の規格外は今に始まったことじゃないから今更言っても仕方ないか」
呆れ顔を浮かべるガンツ。
別に大したことしてないのだけどな。
「ガンツ、あまりテオドール様に馴れ馴れしく接するのは良くないですよ。かのお方はこの領地の主なのですから」
「ルーウェル、それは全然気にしてないから良いぞ。むしろあまり堅苦しいのも話しにくい。お前もそうしてくれて良いんだぞ?」
「いえ、私はこのままで」
ルーウェルはエルフの里の一件以来、なぜか俺のことを盛り立てようとしてくれている。
その姿は執事そのものである。
今度、執事服でもプレゼントしようか?
そんなことを冗談で考えているとルーウェルが改めて報告してくる。
「ところで、テオドール様の屋敷が完成いたしました。ご要望通り、3LDK? というものも導入させていただきました。ご覧いただけますでしょうか?」
「もう完成したのか? 一番最後で良いと言っていたのに」
「いえ、やはり領の中心である領主テオドール様のお屋敷を決めないと街の配置もできませんので」
「町の配置か。確かに一から作るとなるとそこも考えていかないといけないわけだもんな」
「一応、今はこのように進めさせてもらっています」
ルーウェルがこの領地の地図を思わしきものを広げてくる。
リンガイア王国の北側一帯。
相当広い土地があるために町としては交通の便を考えて真北の位置に襲撃も考えて要塞都市とする計画らしい。
町の中央には世界樹の苗木を植えて広場に。
それを基準に北には俺の屋敷や兵の詰め所、さまざまな研究施設(予定地。人が呼べたら作るらしい)、あとは組合関連を固めるらしい。
他貴族が住めるように広めの館もいくつか用意する計画とかなんとか。
町へ入るための門は東と南に用意されている。
これは主に人の流れがアルムガルド王国かリンガイア王国のどちらかだろう、と考えてのことだった。
そのことも考慮して東門の近くには宿を充実させ、南門付近には商店関連を充実させている。
南東には職人町が作られる予定である。
そして、街の西は住民町だった。
一応西にも門はあるが、それは町の外にある畑へと向かうためのもので、住民専用の門となる予定である。
ただ、ここに書かれているものはあくまでも案で、つい先日から作り出した町が、この形になるまでは相当数の時間がかかりそうだった。
それにこの地図、あくまでも案だからか、縮尺も色々とおかしい。
こじんまりとした普通の3LDK希望の俺の館が住宅数十件サイズに見える。
まぁ、そこは領主ということでこの辺りに作るよってことなのだろう、と解釈していた。
「問題はやっぱり人不足と資源不足でしょうか? 石材を扱うために土属性が得意な方が必須になりそうです。あとは設備関連で魔道具技師でしょうか? 一応近くの川から水路を引いている最中ですが、そちらも少々時間がかかりそうですね」
「時間がかかるのは仕方ないが、人手か……」
魔道具なら誰かこの街へ来てくれる人がいないか、交渉するのが一番だろう。
それを考えるなら以前に向かっていて、結局行かなかったナノワ皇国に行くのが一番だろう。
「近々探しに行くしかないな」
「その時はお供させていただきます」
「あぁ、頼んだぞ」
「では、そろそろお屋敷の方へご案内させていただきます。ついてきてください」
◇◇◇◇◇◇
案内された先、街予定地の北部にあったのはどこぞの宮殿かと思えるほどに巨大な館であった。
「エルフの全人員を総動員して作らせていただきました。3LDK? 完備のお屋敷になります」
いやいや、これのどこが3LDKなんだよ!? これだけ広くて部屋が三つしかないなんて言ったら逆に驚きだよ!?
俺としてはもっと小さくて落ち着けるような場所が良かったのだが、まるっきり俺の要望が無視された館がそこにあった。
リフィルは嬉しそうに目を輝かせていたが。
「えっと、これは本当に3LDKなのか?」
「もちろんでございます。しっかりテオドール様のお部屋は3LDK? とさせていただきました。お部屋が三つに広めの居間と食堂、厨房機能を備えた部屋、収納は広めというものに……」
「えっと、ちょっと待て? 俺の部屋が3LDK?」
「はい、そのようにお聞きしておりますが?」
どうやら俺とルーウェルの中で食い違いが発生していたらしい。
まさか俺の希望を押し込めた一部屋込みの巨大な館が出来上がるとは予想もしていなかった。
というか完成まで早すぎないか?
「テオドール様が付与してくださった木材はすごく作業がはかどって便利だったのですよ。だから……」
「追加が必要なんだな?」
大量にあった丸太の山は完全に姿を消していた。
おそらくは俺の館を建てるために全部使ってしまったのだろう。
「申し訳ないのですが、お願いできますか?」
「領地が形になるまでは仕方ないな。リフィルと一緒に木材を確保しておく」
「護衛としてガンツも連れて行ってください。テオドール様方だけではもしも何かあった時が大変ですから」
「そうだな。丸太を運んでもらわないといけないし、頼めるか?」
「おう、任せておけ!」
ガンツは自信ありげに自分の胸を叩いていた。
「あとは食糧ですけど、本当にテオドール様の私財から購入させてもらってもよろしいのですか?」
「当面は仕方ないだろ? 田畑の整備もしてもらっているが、元々ここは土が良くない。土も回復できれば……」
いや、
丸太を集めた帰り、畑の予定地によって試してみるかな?
そんなことを考えているとエルフの一人が大慌てで部屋に入ってくる。
「た、大変です、領主様!! 魔族が襲ってきました!!」
「魔族が!? どうして!? ここは結界に守られているはずだが?」
もしかすると結界で防ぎきれないほど強大な力を持っている相手なのだろうか?
「わ、わかりません」
「とりあえずすぐに向かう。案内してくれ」
俺はルーウェルとガンツに横目で合図をする。
ガンツは俺に付き従い、ルーウェルはリフィルを館の中へと匿ってくれる。
「わ、私も一緒に……」
「いや、どんな相手かわからないからな。リフィルは俺たちに何かあった時、街を取りまとめてほしい」
「で、ですが……」
「安心しろ。何も無様に倒されに行くわけじゃないからな。俺も死にたくない」
リフィルに対してはにかんだ後、俺たちはすぐに魔族が現れたという場所に向かって走り出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
ようやくたどり着くとそこには多数のエルフたちが魔族を取り囲んでいた。
ただ幸い、戦闘が行われた形跡はなかった。
「やっときたか」
腕を組んで俺たちのことを見ていた魔族……の子供。
どうやら俺がくるのを待っていたらしい。
ただその相手は魔王でもなければ四天王でもない。
モブ敵というわけでもない。
原作未登場キャラのようだった。
「魔族がこんなところにどうしてきたんだ?」
「決まっているであろう。魔族軍を全滅させた相手の姿を見たくてな。まさかまだ子供だとは思わなかったぞ」
「お前も子供じゃないか」
「はははっ、違いない」
魔族の子供は高笑いをする。
「ところでどうしてここにいられるんだ?」
「はぁ? どういうことだ?」
魔族の子供は首をかしげている。
もしかして今ここはまともに結界が働いていないのだろうか?
相手の様子を窺うように俺はジッと視線を見る。
「あぁ、そういうことか。この結界のことだな。それなら俺は特別だ、とでも言っておこう」
どうやら魔族が全員この結界を破れるわけではないらしい。
ここでこの魔族を撃退すれば……。いや、相手も戦いに来たわけではないらしい。
それなら話し合いでどうにか解決できるのではないだろうか?
「それで俺を見たうえでお前はどうするつもりだ?」
「そうだな……」
考え込むしぐさを見せてくる。
ただ、すでに答えは決まっているようだった。
「よし、俺もここに住まわせてくれ」
「……どういうことだ?」
「城に引きこもっているより楽しそうだからな」
そんな大雑把な理由で決めてもいいのだろうか?
もしかすると結界を破壊するために来たスパイ、という線も考えられるのではないだろうか?
「お前の考えていることもわかる。俺も同じことを考えるからな。ただ、それをするならここに来ずに直接リンガイア王国へ行くんじゃないのか? 道中に通るわけだからな」
確かにその疑問もあった。
俺の領地はリンガイア王国の北にある。
最も魔族領から遠い地でもあるのだ。
同じスパイをするなら直接リンガイア王国に潜入すればいいだけ。
「どうするつもりだ? まさか領民として迎え入れる、なんて言わないよな?」
ガンツが聞いてくる。
確かに危険な相手ではあるものの、実際にこいつの人となりを見たわけではない。
魔族だから、といって追い返してしまってはアルムガルド王国で俺のことを蔑んでいたメインキャラたちと同じになってしまう気がしていた。
『嫌われ王子』だから、とさんざん言われ続けてきたことを思い出す。
見たこともない相手を、噂だけで評価されてきた俺だからこそ、同じことをしてはいけないということがわかるのだ。
「いや、仮領民という形で迎え入れよう。皆のこともあるからいきなり全幅の信頼は寄せられないが、来たいと言っている者を種族で断る、ということはしない。エルフの時にも宣言したことだ」
「た、確かにそれは言っていたが、虐げられていたエルフと圧倒的強者の魔族だとまた意味が違うだろ?」
「いや、同じだな。あくまでも俺は個人で見る。今のところ何かしたわけじゃないだろう?」
「それは……そうだが」
なんとか食い下がろうとしていたガンツだが、反論ができずにうつむいていた。
「自分で言っておいてなんだが、本当にいいのか? 反発が大きくなるんじゃないか?」
「それはお前がこれからの態度で解消してくれたらいい。人手が足りないから俺は歓迎するぞ」
手を差し出して握手をする。
「テオドール・ガルドだ。ただしばらくは反発も出るだろうから俺と共に行動をしてもらうがいいか?」
「俺はへ……、いや、グリムとでも呼んでくれ」
鑑定で表示されている名前と少し違うのが気になるところではあるが、言いたくない理由でもあるのだろう。
そのあと、ガンツが手を出してくる。
「俺はガンツ。この領地の兵士長だ」
「なんだ、木こりかと思ったぞ」
「何をー!!」
グリムとガンツは互いにバチバチと視線を飛ばしあうのだった。
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